ソフトのバージョンアップを今すぐ理論化すべき、マズローやコトラーを引用して

プログラマーは世界を作れるけど、残念ながら万能の神ではないということはここで書きました。そして、万能の神ではない残念な神様が残念な理想に基づいてソフトをバージョンアップさせてしまうと、本当にどうでもいい学習をユーザが強いられてしまう。

最近twitterのアプリがバージョンアップしましたが、多分twitterを開発している人はそれほど熱心なtwitterのユーザではないのだと思われます。使いにくくなったというツイートが溢れています。

公正を記すために言っておきますと、もちろん使いやすくなったというユーザもいます。大勢。

また、例によって、なんで一定期間ごとにバージョンをあげないといけないのか、iphoneのバージョンアップも近づいてきまして、iPadが生まれ変わるんだそうです。これによって、iPadユーザは否応無く、今までの使い方を捨て、新しい使い方を学ばないといけなくなります。それが便利かそうでないかに関わらず。

ソフトをバージョンアップするということがユーザにとってどのように作用するのか、学習と便利さのトレードオフ、またはビジネスとの関係について、専門家が速やかに理論化すべきだと思います。ユーザ側のマズロー的欲求5段階、開発者側の欲求5段階についても語られるべき。そして、コトラーのマーケティング4.0はバージョンアップを理論化する点でとてもいい教科書になるでしょう。

とにかく、今のまま、企業もしくは開発者が場当たりにバージョンアップをするような社会は到底容認できない。度を超えてひどい。例えば、自動車や洗濯機などは安易に仕様変更を行って問題が発生すればリコールという手段が取れるが、ソフトはなかなかそういう手段がとりにくい。よってフェイルセーフの機構がない。

ソフトの安易なバージョンアップに私は反対いたします!そういう運動のための画像とか、リボンとか、誰か作ってくれないかなー

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