それは星降る夜に死んだ一匹のおじさんのようで

おじさんは一匹でいいのだ。数え方としてはこれでも上等な部類なのである。虫けら扱いでも上等なのである。命があるものとして扱われるだけましなのである。そういうものなのである。おじさんとは、かくも儚き生き物なのである。でも金は持ってる。嘘だ。金を持ってる個体もある、というだけなのだ。金のないおじさんは悲惨である一匹ですらない。一匹扱いすらされない。そこら辺の塵芥、もっと言えば、塵芥よりも場所をとる分害悪ですらある。ではちっさいおじさんはどうかというと、これはまた別ものなのである。ちっさいおじさんはちっさいおじさんなりの扱いを受けてしまう。中途半端なサイズのおじさんからのいじりである。中途半端なサイズのおじさんは、自分よりも小さいおじさんを見つけると積極的に身長の話題を振るのである。底意地が悪いのであるる。中途半端なサイズのおじさんは、普通サイズのおじさんが特に何を言うでもないのに、大きいサイズのおじさんが特に何を言うでもないのに、何故か自分よりも小さいサイズのおじさんに積極的に身長をネタに絡んでいくのである。虫けらである。まこと虫けらである。中途半端なサイズのおじさんこそ、まことにおじさんらしいおじさんであり、おじさんが一匹と数えられる主因であるとまでいえる。中途半端なサイズのおじさんのせいなのだ。中途半端なおじさんがいることで、他のサイズのおじさんまで一匹扱いなのである。中途半端なサイズのおじさん死すべし、なのである。しかし、中途半端なサイズのおじさんが消えた場合、残ったおじさん達の中から比較的中途半端なサイズのおじさんが選出され、また似たような事を行うのである。まっことおじさんは虫けらである。おじさんは虫けらなのである。故に、星降る夜に死のうが何しようが、おじさんは虫けらなのであって、無意味に死んだ仏は、おじさんなのである。おじさんは虫けらでも、五分の魂を宿しているのである。ずうずうしい。