多分おそらくパイロット版のような何か
今日も今日とて退屈な学園生活だった。ただ学校に通って出された宿題を提出して勉学の合間にクラスでの立ち位置をうんぬんしながら割りとギスギスとした心持で過ごす日々を学園生活と言えるのか、なんて思ったりもするが適切な語彙が見当たらない辺りが私の脳みその限界なので、脳内探索は終了して教室の掃除を続けるのだ。
掃除当番というのは結局、やりたくない事をやらないで済ますことが許されると考える傲慢な輩が、逃げ遅れたというそれだけの理由で割を食う最悪のイベントで、私はもちろん逃げ遅れる側だ、今こうして掃除をしているというのはそういうことだ。いやいやながらもやるだけのことをやろうとしていると、当番事から真っ先に逃げる人種であるところの馬鹿共が、なにやらバナナを片手に騒いでいた。
猿だ、猿がいる。腐れ縁の松原を筆頭に、林田に金城、黒田。悪がきだ。私みたいながきをして悪がきと言わしめるような彼らは、またクソしょうもない事で盛り上りながら、他のクラスの友達を待っているのだ。手に持ったバナナが余計に猿らしさをかもし出してる。ちょっと位こっちを手伝えよと思わなくもないが、普段から逃げ慣れている彼らにかなうはずも無く、場合によっては殴るコマンドを使うこともいとわない阿呆こと松原がそこにいるので、私を含め逃げ遅れた羊達である掃除当番の面々は、ただ粛々と机を運んだりなんだり床を掃いたり塵を捨てたりなりを繰り返すのだ、こいつら早く消えろと声に出さずに祈りながら。ああ一体感。普段クラスから浮いている私ですら感じるこの気持ち。思いで人が殺せるのなら、今こそその時なのに、なんて。
あいつらが傍にいると危なっかしくて掃除なんてやってられないから、悪がきどもの所作をちょくちょく窺いながら掃除をする。でも近づかないで全てを終わらせることも出来ないから、ほとんど消去法で私が松原たちの近くを掃くことになる。あいつと顔なじみだろ、やれよ、と無言のプレッシャーを勝手に感じてしまうのだ。ああ悲しきは腐れ縁。何度と無くこの手の厄介を押し付けられて来た経験から、こういうのはもう唯々諾々とやるしかないのだと気付いてしまった。弱いやつには強い人々の何と多いことよ。ああ、こんなやつでも女にもてるんだよな、どこを見てるんだろう女子という生き物は。私も同じ目を持ってるはずなのに、魅力なんて微塵も見出せないぞ。
ちらと見ると、松原の手からバナナは消え、金城と林田がバナナをほうばって悶絶していた。笑いながら手を叩く松原と黒田。それを見た私の率直な感想は、醜い、だった。自然と鼻で笑っていた。自分の顔が歪んでいるのが分かるから、そっぽを向いて、掃除をしているフリをする。もう掃く場所なんて、あいつらの近くしか残ってないのに。
足元で固いはずの地面がぐにゃりとした。踏みしめるはずの床は床でなく、どうにも妙に柔らかいものだった。視界が、すこし傾く。徐々に傾く。不思議なストップモーション感覚のなか、冷静なのかっどうかわからないが状況を分析しようとする私。そういえばあいつらがバナナを食う前に高谷がゴミ箱を持って行っていたことと、あいつらはどこに捨てるなんて考えずにものを捨てるやつらだということに思い至り、少ない状況証拠から暫定的な結論を導き出す。私はバナナの皮を踏んで滑って転びそうになってる。なるほど面白い推理だワトスン君。古典的名探偵ごっこなんてしている余裕なんて無いはずなのに、ね。
いよいよ視界の傾きが直角に差し迫ろうとしていた。もう覚悟は出来ている。けっこう痛いんだ。前転んだ時もそうだった。スカートがめくれている気もするが、そんな事は問題ではない。とにかく痛みだ。肩、変に打たないといいなぁ。私が転んだ事に気付いた松原たちが好奇の目を向けている気がする。でもなんてったってこっちはそっぽ向いていたんだ、背後の彼らの視線なんて分かるはずが無いのだ、でも、なんだか感じてしまう。しばらくは、これでいじられるんだろうな。くそが。羊達の群れの中に、一瞬何か見えた気がしたのだけれど、その何かが何なのか、理解するよりも先に、私はこけ終えてしまった。
思いのほか柔らかい感触に迎え入れられて、私の頭は混乱した。頭どころじゃない。手足も、なんだかおかしい。床があるはずの場所にあるのはなんだこれ。何かがある事は確かなのだけれど、何があるのか私には分からない。見る。床は数センチ先だ。つまりは、私は今、床から数センチ上に居る。浮いてしまった。掃除時間中に、どこぞのアホが捨てたバナナの皮で、滑って転んで、浮いた。クラスで浮いてる私が、名実共に浮いた存在になったわけだ。