「物乞い」の代替行為をつくることはできるのか?

Tomo Kihara
Nov 3, 2017

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Summary

*English report here

ストリート・ディベートは路上で問題提起をし、世論を硬貨で可視化する職業である。これは、路上での「ものごい」に代わる行為でもあり、尊厳を損なわずにお金を稼ぐことができる誰もが出来る方法である。

路上で暮らすことを余儀なくされた人々が、友好的な会話を通して社会へ対等な立場で再接続する最初のステップとなることを目指している。

ロンドンではストリート・ディベートで1時間に平均13.5ポンドを稼ぎ、12.5人を議論に巻き込むことが明らかになっている。

Why I started designing the act of begging

もしあなたが、ロンドンやパリといったヨーロッパの都市を訪れたなら、道端で「ものごい」を行なう人を見ることは、そう珍しいことではないだろう。

そしてそれは、あまり良いイメージを喚起するものではないかもしれない。現在オランダの大学院に通う留学生である私も、当初は路上で物乞いをする人々をみて、しばしば戸惑ったものだった。

しかし、アムステルダムの路上で通りすがりの人々にコピーCD を売るRennae というスリナム人との出会いが私の物乞いに対する考え方を変えた。彼と音楽の趣味で意気投合した私は、CD の販売を手伝うことにした。

だが、彼とともに路上で4時間がんばってみたものの殆ど売れなかった。日が暗くなり、収穫のない1日が終わろうとすると彼はポツリポツリと語り出した。

「どうしようもなくなった時は物乞いをする。CD売るより全然お金が手に入るんだよね。

でもCDを売る方が良いんだ。

路上にある糞みたいな気分にならなくて済む」

この発言に私は衝撃を受けた。そのときまで考えもしなかったが、物乞いは人としての尊厳を著しく損じるのである。彼のような人々はなにもそうしたくてしてるわけではないのだ。

ロンドンのマクドナルドで、私に1£ を恵んでくれないかと静かな声で聞いたきたJ は私と同い年であったが、9 ヶ月にわたって住む家がなかった。

なぜ物乞いをするのか、路上生活者のための支援活動があるのではないかと、私が聞くとJ はこう言った。

「ストリート雑誌(Big Issue)も売ってたんだけどね。物乞いをするより恥ずかしいと感じたんだ。」

※ Big Issueは広く認知された立派なビジネスモデルであり、販売者全員が路上で雑誌を売ることに抵抗を感じているわけではない。ただ、「ホームレス」向けの職業であると広く認知されているが故に、始めることに抵抗を感じてしまう人がいるといったジレンマがある。

彼らとの出会いを通して、路上で暮らす人々にとって最も足りていないのはお金ではなく尊厳であることに気づかされた。

彼らには尊厳を損なわないままお金を稼ぐ手段が、殆どないのである。

この状況に興味を持った私は、ロンドンとアムステルダムで物乞いをしている人26人にインタビューを行った。このリサーチから、物乞いにも3種類あることがわかった。

Temporal begging : 一時的な物乞いの行為
Continuous begging : 恒常的な物乞いの行為
Professional begging : 職業としての物乞いの行為

ほとんどの物乞いの行為は一時的なものとして始まる。しかし徐々にその行為を続けることによって、一時的に物乞いをする状態から、恒常的に物乞いをする状態に変遷してしまう。

路上で物乞いをする状態が続くと、自身に対しての肯定的な感情が徐々に失われていく。

物乞いが日常の一部になってしまうと、自力で日々の賃金を稼ぐ状態に戻るのは非常に難しくなる。

恒常的に物乞いをする状態に落ちると、自力で稼ぐ状態に戻るのが難しくなる

スキルがない人でもできて、尊厳を保ちつつお金を稼げるよう方法はないのか?

このような考えを持った私は、ロンドンとアムステルダムの路上で暮らす人々とともに、ものごいの行為をハックし始めた。

物乞いを止められる、最初のステップの部分を作れないだろうか?
仲良くなった路上生活者の人々と共に新たな物乞いのプロトタイプを始めた。
1.缶の上にコインを投げて乗せられたら、場のお金を回収できるゲーム。 ※楽しかったが賭博行為に見えると警察に注意されたので断念
2.めくるとジョークの続きが見えるカードを電車内で配った。※誰も笑わなかったので断念した
3.希望した人に花を貸してチェキで撮って売る。上手くいったがフィルムが高いので断念 ※これを真似して独自に続けている集団がいる

様々なものごいのプロトタイプを路上へ実装したが、最もうまくいったのがアメリカの大統領選の前に試したハックであった。

コップを2つ用意してヒラリーとトランプの写真を貼り、どちらが次の大統領にふさわしいか、お金で投票するように通りゆく人々に促した。

すると、通行人が立ち止まるようになり、大統領選についての議論が周囲で立ち上がった。中にはお金をコップに入れて意見を表明する人もいた。

マスターヨーダを候補に追加するとさらに多くの人が止まって、大統領選とスターウォーズの新作の話を始めた。

やはりマスターヨーダが選挙に勝った

そこには物乞いに金銭を渡すという構造は既になかった。

ただ、アメリカの政治について軽口を交わし合う、人々の対等な会話だけがあった。その場で起きた対等な会話こそが、尊厳を保つために必要であると感じた。

いつも助けられる側である路上生活者にとって、対等な立場での会話は少ないのだ。

私はこの場で起きた行為をストリートディベート(StreetDebate)、議論を巻き起こす人をストリートディベーター(Street Debater) と名付けることにした。

ストリート・ディベートは硬貨で世論を可視化して、路上に議論を発生させる行為全般を指す造語である。これは誰もが社会に問いたいことさえあれば、コップなどを使ってできる、物乞いの代わりとなる行為である。

ストリートディベーターは「ベーシックインカム — 賛成/ 反対」や「旨いバーガー — マクドナルド/ バーガーキング」といった1つの質問とそれについての様々な意見を設定し、路上で議論をおこす。

意見として回収した硬貨はストリートディベーターの収入となる。

ストリート・ディベートでは、道をゆく人と友好的な対話を通じて、ものごいをせざるを得ない人の尊厳を回復し、社会との繋がりを取り戻すことを目指している。

私はストリートディベートの一手段として天秤型のデバイスを作って、ものごいをしている人たちに配ることにした。

ロンドンで実際に4人に天秤型のデバイスを渡してストリートディベートをしてもらったところ、平均で1時間に13.5 ポンド( 約2000 円)を稼ぎ、12 人との会話が発生することが明らかになった。

ちなみに警察もストリート・ディベートに参加した。“Freedom of speech”の範囲内だそうだ

そこには、Brexit に賛成する富裕層の英国人と、それに反対する低賃金の移民と、路上で暮らす人がお互いに率直に意見を交換するという、通常では決して交わることのない人々が対話する場が形成されていた。

足を止めて、議論に参加し彼と言葉を交わした人のなかには、英国の議会で働く職員もいた。彼はストリート・ディベーターの身の上に起きた話を真摯に聞き、行政の力で路上生活者のために出来ることはすると約束し、その場を去っていった。このような議論が1時間の内に何回も起きていた。

EUから出ることはオレ達には良いことなんだ。
仕事が俺みたいなのにも回ってくる

現在も、ロンドンでは1 人のストリート・ディベーターが、通りすがりの人々にベーシック・インカムの是非を問いながら日々の生活費に当てている。

今後はストリート・ディベーターという概念を、ものごいをしている人だけではなく、社会への問題提起を行いたい人なら誰もが行える新たな職業として世界中に広めていきたい。

長時間労働の是非を問いたい会社員から、新しい本のタイトルをディベートで決めたい小説家まで、ありとあらゆる人が、それぞれのストリートディベートができるのではないだろうか?

あらゆる社会階層の人が都市でストリート・ディベートを繰り広げられるようになれば、ものごいの行為は減るだけでなく、路上から始まる問題提起と対話を通じて社会が良い方向に変わっていくと信じている。

私たちはかつてないほど思想的に分断された社会の中を生きている。SNSがもたらしたエコーチェンバー現象による思想の分断が社会に歪みをもたらし、世界中の国の政治が極端なイデオロギーに傾き始めている。

社会の両極化を是正できるのはデモによる一方的な方法での思想の押し付けではなく、様々な背景から来た人が顔を合わせ、異なる立場を保ちつつ意見の違いを議論することではないだろうか?

「新しい美は状況の美でしかありえない」
都市地理学批判序説 — ギー・ドゥボール- 1953

ストリート・ディベートは都市において新たな状況を構築する試みでもあり、1960年代にパリを中心に活動した前衛芸術集団シチュアシオニスト・インターナショナルの実践を参照している。

『日常的実践のポイエティーク』でミシェル・ド・セルトーが論じているように、「戦略」は権力者の有無を言わさぬ手段であり、「戦術」はそれに対抗する無力な者の手段である。ともすれば、ストリート・ディベートは都市において最も無力な存在である人々からの社会に対するささやかな戦術的な介入とも言えるであろう。

ショールームやラボの中で完結する作品ではなく、日常と地続きの路上から始まる問いと対話こそが、私たちの社会を変革する力を持っているのではないだろうか?

ものごいの行為のハックから始まったこのプロジェクトは、都市の至るところで「問い」と「対話」が立ち上がる未来の実現を目指している。

John Zimmerman(2007)Research through design as a method for interaction design research in HCI

C.Lapavitsas (2010) Eurozone crisis: beggar thyself and thy neighbour

Zenzi Werken (2012) Thigverse — Kids Toy Scale

Anne Britt Djuve (2015). When Poverty Meets Affluence — Migrants from Romania on the streets of the Scandinavian capitals

Namiko Chinen(2015). Assessment tool from a social welfare perspective

Chief Street Debater : Tomo Kihara
London Street Debater : John
Amsterdam Street Debater : Rennae

Consigliere : K
Photo Illustration : Minami Kawasaki
English Editing : Max Kortlander

2017年11月段階におけるリサーチプロセス

[2017 11/8 追記 ]

FAQ

Q.どうやったらストリートディベーターになれるのか?

A.社会に問いたいことがあれば、誰もがストリート・ディベーターになることができます。1つ以上のコップを用意し、ダンボールに問いを書いて路上に立つだけで、簡易的なストリートディベートを始めることができます。私たちが使ったような天秤型のプロダクトを使うのも効果的です。

Q.ストリートディベーターの手法が広く行き渡って一般化された場合、この手法の特別さは失われてしまうのではないか?結局また差別されるのではないか?

このプロジェクトのスタートは、ネガティヴな物乞いの行為に、何らかの代替行為(オルタナティブ)を探ることでした。結果として、新たな手法が生まれ、これまでになかった対話の状況が生み出されています。少なくとも、路上でお金を乞うだけの物乞いの現在の負の状況から、通りすがりの人に意見を求め、対話が発生するような状況に変化することは健全だと思います。また、ストリートディベートは路上生活者だけでなく、あらゆる社会階層の人が参加できるかたちに開かれていることで、差別が起こらない状態を目指せるのではと考えています

[2017 11/9 追記 ]

Q.路上で物乞いをする人にお金を与えることは、彼らの多くが依存しているドラッグやアルコールを買うことに繋がるから、辞めたほうがいいのではないか?

この問題については現地のソーシャルワーカーの方とも議論しながら慎重に進めています。私は対話を通してその人が薬物依存者なのかが、ある程度分かると思っています。また、お金を渡さなくても、常に対話が発生するような状況が、彼らが薬物依存に陥る原因となりうる尊厳の低下と社会からの孤立を防げると思っています。

[2019 4/1 追記 ]
このプロジェクトを通して一人の方が路上生活の状態から無事に家と安定した職を得ることができました。詳細はWIREDのこちらの記事をどうぞ!

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