「謎水事件」日本システム企画社のNMRパイプテクター問題

I_Yamamoto
15 min readSep 2, 2019

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株式会社日本システム企画(以下、日本システム企画社)が販売している商品で、マンションなど集合住宅において水道管に外側から「NMRパイプテクター」と名付けられた装置を取り付けると、管の中の赤錆が黒錆に変わるため配管設備を更新しなくても数十年保たせることができる、という通称「謎水装置」と言われる機器が販売されています。

そもそも仕組みが良く分からないので、私たちのような大規模タワーマンションの管理組合などでは「そのような機序が不明な装置を入れるべきではない」という判断も働くのですが、老朽化が進み、管理組合や住民に科学リテラシーがない人たちが多いと「少しでも配管保守工事が先延ばしにできるなら」とこの機器を採用してしまう物件があるということで、問題になっていました。

単に、科学的根拠が分からない製品がそれなりの高額で売られているという案件であるというだけでも大変なことなのかなと思います。しかしながら、科学雑誌『Rika Tan』(左巻健男先生が編集長)で日本システム企画社のビジネス(装置の科学的根拠)に批判的な記事「『謎水装置』NMRパイプテクターに翻弄される人々」(小波秀雄先生執筆)が掲載されるや、ホスティングしているロリポップ社への日本システム企画社からの抗議で削除されるという事件が発生しました(謎水事件)。

当たり前のことですが、小波先生の記述は「宇宙の法理であるエネルギー保存の法則に逆らう仕組みで『水道管内の赤錆を黒錆に変える』ことができるような宣伝で装置を売ることは好ましくない」という内容であって、普通に科学的なリテラシーのある国民であれば「このNMRパイプテクターという製品は変だな」と気づくものです。しかしながら、前述の通りこれらの製品が売れている理由というのは、それらしい科学的根拠がある、と宣伝して、強く売り込みをしているからにほかなりません。

例えば、東京メトロにおいてはこの「NMRパイプテクターがいかに優れた製品で、画期的な技術に基づいているか」が謳われた宣伝が多く掲載されています。画期的に見えるのは当然ですね、物理的に不可能な機序を実現するかのように説明しているんですから。そこだけ見れば夢のような製品であることには間違いありません。

その小波先生の記事は、『Rika Tan』の公式サイトではロリポップ社に削除されてしまったため見ることができませんが、左巻先生のご了承もあって、小波先生の個人サイトで記事PDFをみることができます。

http://konamih.sakura.ne.jp/blog/2019/05/04/nmrパイプテクターの非科学的な正体/

小波先生のお考えに、私は全面的に賛同します。このような製品が平然と売られているようではモラルもへったくれもなく、いずれ黒錆に変わると信じて装置を稼働させ続けるマンション住民が「効果がなかった」と気づくその日まで、騙され続ける危険性はやはりあります。

さらに、これらの日本システム企画社の企業姿勢や科学への向き合い方、製品に対する不明点や批判に対しては、日本システム企画社は率先して記事の削除、抗議を申し入れて、問題がネットなどで解説され流布されないように企図していると見られます。実際、今回の『Rika Tan』については、ホスティングしているロリポップ社に記事削除を申し入れるなどの問題を引き起こしており、マンション管理組合を相手に相応の費用を投じさせて設備を設置している会社とはちょっと思えない部分があります。

今回の小波先生のPDFについても、さくらインターネットに日本システム企画社から抗議と削除要請が行く可能性があるため、念のため、記事内容の保存を目的として全文をMediumに引用し、検索エンジン除けが起きないよう手配をしておきました。もちろん、驚天動地の事態が発生し、日本システム企画社の売る「NMRパイプテクター」が電気を使わずに電磁波を発生させ、フェライト系磁石の弱い磁力でも赤錆を無害な黒錆に変えるほどの効果があるというノーベル賞級の大発見が行われた超絶イノベーションであった可能性はゼロとは言いません。

その可能性がわずかでもあるのならば、やはり日本システム企画社は可能な限り科学的根拠を人類のために公開するべきだと思う次第です。

以下、小波先生の記事全文を転載してみたいと思います。

「謎水装置」NMRパイプテクターに翻弄される人々

おことわり 本記事では、告発者の保護のために人名等を変え、情報源が特定されないように表現をぼかしたところがありますが、すべて実際に起きた事実をもとに書かれています。また装置の写真は、匿名で寄せられたものです。

大規模団地で起きた赤水をめぐる対立

2014 年 2 月、首都圏にある世帯数 702 の団地の住人のブログ (URL1、末尾の QR コードを参照 ) で、「日鋼団地を守る会」という住民のお知らせが紹介された。そこでは、団地で起きている事態についての説明と住民の総会に向けての訴えがなされていた。

・管理組合が進めている団地の建替えの再開には反対する

・3 年間も遅れている大規模修繕

・14 年間も放置されている給水管の更新

団地内で何か住民が対立する事態が起きていることがうかがわれる話である。気になるのは「最後の 14 年間も放置されている給水管の更新」というところ。何かいわくがありそうではないか。
状況の進展を追うと、実はここに、「NMR パイプテクター」と称する装置が関わっていることが見えてくる。これは日本システム企画という企業が製造販売しているもので、「NMR 現象により、配管内の赤錆を黒錆に変えて赤水を解消します。また、『配管』内に発生した赤錆を黒錆に還元させることにより、配管内の強度を維持し、赤錆閉塞を改善させます」と効能が説明されており、英国バッキンガム宮殿にも設置されたという触れ込みもある (URL2)。
赤水が出るようになったが、給水管の更新を拒否する理事会「お知らせ」によると、この団地では 2004年 5 月に、NMR パイプテクターを導入した。ところが、2009 年になって団地では赤水の発生が多発するようになった。NMR パイプテクターが説明通りに機能していればありえない現象が発生したわけで、水道水を利用する住民にしてみれば大問題である。調査の結果、保健所から着色している水の飲用を避けること、給水配管の老朽化が原因と思われるので、配管の更新等、有効な対策を検討するようにという指示がなされた (2010 年 1 月 8 日 )。
一方、管理組合側は配管の更新には反対し、団地の建替えを提案しているとのことで、配管の更新を求める住民と対立する状況に陥った。その後、2018 年 2 月に管理組合による建替え案が総会で承認されて、実施計画が進んでいるようである ( 建設通信新聞 2018 年 5 月 7日 )。結局、配管の更新が行われることはなく、NMR パイプテクターによる赤水防止効果については謎のままに残ることになった。

マンション管理組合理事長が強引に推進する謎の水装置

2018 年 3 月になって、他の政令市にあるマンションで別の事件が明るみになった。マンションの給水管に赤水の発生を防止するためにNMR パイプテクターを設置するという方針を、管理組合の理事長名で住民にアナウンスしたのである。この装置の有効性に疑いをもった住民がツイッターで次のように訴えた(以下、この住民を澤田氏という仮名で呼ぶことにする)。

本当に困っています、誰か助けてください。現代科学で理解不可能な水処理装置の営業を受けています。集合住宅の管理団体がすっかり騙されてしまい、明日にも支払ってしまいそうな勢いです。行政に相談したのですが、何も動いてもらえません。誰か助けて!

このツイートを見て澤田氏に連絡をとってみたところ、次のような状況であることを知らされた。―最近、住んでいるマンションの水道設備が古くなってきているので、設備の更新を計画しているのだが、管理組合の役員の方で業者から NMR パイプテクターについて説明を受けて強く推す人がいて、非常に積極的に発言されている。通常の配管の更新の費用は 2 千万円は下らないと思われるが、こちらは価格的には数百万円ということである。管理組合の役員たちも「破格の安値であるから」、「熱心に推しているならむげには否定するわけにはいかない」などといって導入しようという空気が醸成されてしまい、このままだと何の効果もない装置に数百万円の出費をする羽目になりそうだ。
澤田氏は大学の工学部で電子工学を学び、技術系の企業に勤めているということである。その知識を基礎に、売り込まれている装置はまったく役に立たないと確信していた。そのため、マンションの住民にもこの装置の問題点を訴えて、理事会の方針を撤回させようとして活動してきたということである。しかし、ツイートした時点ではすでに管理組合の総会を目前にしており、ほどなくして理事会が提案した装置の導入が決議されてしまった。マンション側が払った金額は 400 万円ほどである。建物の配管の更新となると、その一桁上の費用となると考えられるので、マンション住民は「節約」に成功したことになる。しかし、そういっていいのだろうか?

NMR パイプテクターを解剖する

NMR パイプテクターというのは、いったいどんな装置なのだろうか?その本体や実際に建物の配管に取り付けられた装置の写真を見てほしい。
図 1 上は取り付けられる 3 個の部品で A が主要部、B はカバー、C は外側を覆う断熱・防水材である。下は水道管に取り付けられた装置のようすだ。外形が 20 cm 程度の円筒形をしていて、どこにも電源コードはない。

特許書類から装置の効果を検討する

日本システム企画のウェブサイトにあるNMR パイプテクターの宣伝によると、この装置が日本の特許 ( 特許第 3952477 号 ) 他、各国の特許を取得しているとなっている。特許公報に掲載された説明 (URL3) をもとに、この装置がどのようなものなのかを検討してみることにしよう。
図 2 の左と中央は、この装置の主要部のおよその形で、左は真ん中の筒に対して横から見たもの、中央は筒の断面方向から見たものである。番号がたくさん振られていて複雑に見えるが、筒を間にはさんで小さな円筒形の部品が向い合って並べてあるだけの簡単な構造だ。「機能」を発揮するのは21の「黒体放射焼結体」と22の「電磁波収束体」で20 は両者をまとめた「流体活性体」という部品名になっている。21は遷移金属や希土類金属などの酸化物を焼き固めたもので、よく見かける黒いフェライト系磁石と同様の材質でできている。これは幅広い波長の電磁波を発生するということになっている。右の22はリングを切った形の磁石を重ねたものであり、中心の穴に21で発生した電磁波を通すと、波長の位相が揃えられてレーザー的マイクロ波が得られ、それは筒を貫通して、中の水を活性化できるという説明になっている。

物理的には何の意味もないガラクタでしかない

さて、特許書類の説明にお付き合いしてみたが、たった数行読んだだけでもまったくのデタラメだらけである。まず、電源もなしに電磁波を発生する素材はない。あえて言えば、室温での黒体放射という遠赤外線を中心とした弱い電磁波が、まわりの環境から吸収するのと同じだけ出ているのであって、電磁波が「発生」することはない。エネルギーが無から生じることはないという、熱力学第一法則にまったく反しているのだ。
さらにそれを受け取って、磁場に通すと、レーザーのように波長が揃ったマイクロウェーブになるなどということもない。もしも、室内の空気の乱雑な分子運動を揃えて風を起こす扇風機なんて売り込まれたら、人は信じるだろうか?それと同じことで、光の波長や位相をエネルギーを使わずに揃えることは熱力学第二法則に反するので不可能である。
また、仮にマイクロウェーブを発生させることに成功したとしても、外から金属の管の中に向けて照射しても、まったく通過できない。電子レンジは強いマイクロウェーブを発する装置だが、全体を金属の板や網で覆って外に出ないようにしていることは誰でも見ていることだ。
さらにいうと、仮にマイクロウェーブを水に当てたとしても赤さびを還元して黒さびにすることはできない。もしもできるのであれば、マイクロウェーブによる赤さび処理装置が実用化されているはずだ。
NMR という用語もまったくでたらめに使われている。これは磁場の中に置かれた水素の原子核などが、核のスピンと磁場の相互作用でエネルギーの分裂を起こして特定の周波数のマイクロウェーブと共鳴する現象だ。しかし、この装置の構造にはそのような仕掛けはまったく備わっていない。
以上のように、この特許でうたわれている機能は、物理的、化学的にありえないものであって、お話にならないのである。それでもこの装置に効果がありえないことは世に知られておらず、それどころか、首都圏では堂々と車内広告が出ているし、メーカーの宣伝をそのまま代弁する記事を掲載する新聞もあった (2018 年 3月 15 日付北海道新聞 )。もっとも、マンション等の住民に科学知識を持つ人がいて、そこで装置の導入が阻止されたケースもあって、私のもとに情報が寄せられている。

行政の無力、住民自治の形骸化

日本では消費者庁のもとに、国民生活センターや各地の消費生活センターが、問題のある商法や商品についての相談に応じる体制が整備されている。しかしながら、NMR パイプテクターの件について関係者が相談を持ち込んでも残念ながら対応してはくれない。業者と契約しているのはマンションの管理組合であり、一般消費者ではないために、消費者法にもとづく調査や保護の対象にならないのである。
一方、製造物の欠陥によって他人の生命、身体、財産を侵害した場合には製造物責任法にもとづく賠償責任が負わされることになるのだが、管理組合が積極的に調査して被害を訴えるということはなかなか起き得ない。
管理組合の運営にしても、住民のほとんどは無関心な中で、少数の理事会メンバーがすべてを決定しているというのが、今どきの集合住宅の姿である。まして、数千万円の工事費の代わりに数百万円の出費で済むなら、科学的な真実などどうでもよい、それでいいじゃないかということにもなってしまうだろう。無関心のうちに、何の働きもしない金属と磁石の塊に何百万円もの金が払われ続けているのである。
澤田氏は、この装置の取り付けを止めさせるために、管理組合に対して科学者や技術者の見解を伝えたり、消費生活センターなど行政の窓口に対して問題を訴えたということであるが、徒労に終わった。この時になめさせられた澤田氏の苦渋は、ネットに公開されているマンガに描かれている (URL4)。作者の許可を得て一部を転載させていただいた。

科学者の責任を問う

NMR パイプテクターについては、単なる赤さび防止以外に驚くべき応用が宣伝されている。同じ原理で装置が発生する電磁波を人の指に10分間照射すると、血液の酸化ストレスが有意に低下するというのである。2013 年に日本システム企画とある大学の薬学部の研究室との共同でなされた研究発表では、「NMR パイプテクターは酸化ストレス・リムーバーとして利用できると考えられる」という結論を出している。
もしもこの成果が事実であれば、生活習慣病の予防や治療に大きな恩恵をもたらすものだが、論文化されたものを世界的な検索システムの PubMed を使って探してもヒットしない。
そもそも電磁波が出るはずもないのに出ると主張し、それによって抗酸化作用が起きるということ自体、科学的にはまったく受け入れがたい話だが、ここで問われなければならないのは、この企業に協力して研究発表を行った大学の研究者の姿勢である。
論文化するには専門家によるチェックをパスすることが必要であり、特に医学・薬学系の研究であれば、そのチェックは厳しい。この研究は間違いなくはねられるだろう。それでも企業との共同研究を行えば、研究室には寄付金が入る。科学的に疑問を抱かざるをえない製品の宣伝費の一部であると認識しながら、企業の意向に添った結論を出したとしたら、研究倫理でいう利益相反に相当する可能性が高い。科学者としての責任はどこにあるのだろうか?

健全な科学の常識が通る社会へ

科学的な常識をいろいろな分野で担当者が理解して対応を行うことは、今の日本では難しいのが現実だ。とはいえ、特許法の規定では、自然科学に反する永久機関のような発明は原則として受理されない。特許は発明と技術に関する制度なので、一応は科学的な説明が求められるのだ。しかし、消費者法も製造物責任法であっても、扱われる製品の有効性や危険性は科学的に検証できるはずのものである。国民や行政担当者の科学リテラシーが不十分であることが、問題の根源にあるともいえる。
問題は NMR パイプテクターだけではない、配管のサビやスケール ( 水垢 ) の防止機能、あるいは浄水機能をうたうあやしげな製品は、数多く出回っている。しかし、消費者庁が警告などの処置を行うケースは限られていて、事実上野放しになっているのが実情だ。この状況を放置すれば、まっとうな製品を作っている企業が駆逐され、消費者は無駄な金を払わされることになってしまう。良識ある市民が科学リテラシーを暮らしに活かし、科学者たちも協同して行動することが求められている。

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I_Yamamoto

Ichiro "Ralph" Yamamoto- Investor, Researcher and Writter regarding ICT technologies, Digital Information Law and Policies in Japan.