印刷業界について自分が想うこと

印刷業とはどんなビジネスなのか?

印刷業の本質は何か?

この問いにはどのような視点で見るかにより、様々な答えがあるに違いない。この業界の発展とともに長く貢献されてきた方からすれば何を偉そうにと思われるかもしれないが、どっぷりと浸かっていない私たちだからこそ、外から冷静に見ることができるかもしれない。

TEDでサイモン・シネック氏はアップルやキング牧師、ライト兄弟などが成功できた要因を、ゴールデンサークルというフレームワークで解説した。「何(What)」を提供するかではなく、「なぜ(Why)」から伝えるべきだという考え方である。

これに当てはめると紙に文字を刷ること自体はまさに「何(What)」に当たる。それでは「なぜ(Why)」には何が当てはまるのだろうか?
それこそが印刷業の本質であり、印刷業界が果たすべき使命であると私は考える。

そもそも印刷技術は1450年頃、ヨハネス・グーテンベルクにより活版印刷が発明され、その後急速に広まり、発展していった。発明した理由のひとつに「聖書を多くの人に読んでもらいたい」という動機があったと言われている。当時聖書は大変貴重であり、教会がそれを保持していたため、信者は自由に読むことができなかった現状を変えたいという思いが偉大な発明に繋がったと言えるだろう。

つまり、印刷の使命とは「情報や思い、考えを伝えたい相手に伝達する」ことであると言い換えることができるのではないだろうか?
これが前述したサイモン・シネック氏のゴールデンサークルでいうところの「なぜ(Why)」に当たる。

1500年頃、多くの人に伝達する手段として紙の印刷物がまさに最善だったのである。しかし、時は流れ、インターネットという新たなイノベーションが起こり、情報伝達の手段が多様化した今、印刷業の本質が再び問われようとしている。

印刷業とはどんなビジネスなのか?

印刷業の使命が「情報や思い、考えを伝えたい相手に伝達する」であるならば印刷業のビジネスドメインを「紙に文字や絵を印刷すること」から再定義しなければならない。
我々の手にはスマートフォンやタブレット、PCといった素晴らしい情報をやり取りするためのデバイスが握られている。すべての人がこれで事足りるわけではないが、すべての人が紙媒体のみで満足のいく情報収集ができるわけではなくなった事実があることに、目を向ける必要がある。そして次の世代に生き残るためには必ず変化に対応していかなければならないのである。

「情報や思い、考えを伝えたい相手に伝達する」ために、「紙媒体のみならず、インターネットやアプリケーションを活用し顧客のニーズにマッチした提案を行う」これこそ私が考える次世代の印刷ビジネスである。
誤解のないように申し上げておくが、印刷業を「製造業のものづくり企業」として定義することが必ずしも間違っているとは思わない。実際にそれで大きく成功を収めようとしている分野がある。印刷通販である。

印刷通販はインターネットを活用し、ウェブ上で発注・データ入稿した後、ユーザの指定した場所に印刷物を納品するサービスである。人間を介すことなくウェブとインターネットの力で極限まで自動化し、原価を下げることでユーザへの提供価格を下げ、あらゆる場所に商品やサービスを届けることができるというしくみだ。

しかしながらすべての印刷通販事業者がうまくいくわけではないだろう。インターネットは比較にさらされる業態であり、最終的には他のネット業界と同じように強者が数社生き残るのみだと考えられているからだ。
もし印刷業を「製造業のものづくり企業」と定義したならばこの熾烈な競争に打ち勝つ必要があるのだ。しかも皮肉なことにインターネットからは逃れることができない。

もちろん、私が前述した次世代の印刷業への業態変革も容易ではない。まずはテクノロジーの壁。紙媒体への印刷とデジタルデバイスへの情報の発信には技術的に大きな隔たりがある。
アプリケーション開発のためのエンジニアが必要になってくるのはもちろんのこと、コンテンツの制作方法ひとつとっても違ってくるため、紙とウェブのデザイナーにはそれぞれまったく別のお作法が求められることが少なくなく、リソースが共有しにくい。それでも大手印刷会社はITや人材への莫大な投資によりそれらを実現しようとしている。だがそれが許されない場合はどうすれば良いのか?

私たちは自前でIT技術への莫大な投資が難しい印刷会社に対して、印刷業に所属するDTPデザイナーがもともと強みとしている紙媒体へのデザイン技術を活かしながら、ウェブコンテンツを簡単に作成できるクラウドのアプリケーションサービスを提供している。
印刷ビジネスを行うために印刷機器が必要なように、印刷会社が次世代のソリューション企業に業態変革するためになくてはならない環境を提供したいと考えているのである。私たちは電子ブック制作ソフト「ActiBook」を10年ほど前に開発したことを皮切りに、ARアプリを制作できる「COCOAR」やO2Oアプリを制作できる「AppGoose」など、印刷会社をはじめとしたクリエイティブ企業にITエンジニアがいなくても「誰でも簡単に」、クライアントにオリジナルサービスとして商用利用できる「作り放題」という一貫したコンセプトで提供している。お陰様で累計4600社以上に導入いただき、エンドユーザがアプリケーションをダウンロードした数について、ActiBookは200万、COCOARは60万と多くの人々に利用いただくプラットフォームサービスに育てることができた。
そして多くの導入事例とお客様のお話しを伺う機会に恵まれたことによって、成功する企業と残念ながら現時点では苦戦されている企業がそれぞれどのような取り組みをされているのかについて知ることができたことが非常に大きかったと思っている。

ようやくここからが本題となるのだが、ITサービスを活用できて本業である印刷業にシナジーを出し、良い結果につなげている企業はどのような考え方でビジネスを行っているのかについて考えていきたい。

そもそもではあるが、カタログやパンフレット、チラシ、DM、ポスター、POPなどのあらゆるペーパーメディアやSPメディアといった印刷物を発注する企業の目的はなんだろうか?
自社の商品やサービスの販売につながるかどうかといった「販促効果」であることは今更説明するまでもないだろう。残念ながらデザイン性や紙質が高い納品物を期待しているケースは少ない。

そんな中、紙媒体のみの市場規模は年々縮小していっているのも周知の事実だと思われる。今から10年以上前には7兆円以上あった印刷業界も2012年には5.6兆円となっており、さらに10年後には4.1兆円にまで市場が縮小すると言われている。また人件費が減少する中、原材料費は値上がりする予測となっており、利益を圧迫するという状況が見込まれている。企業はそんな高単価な紙を減らすことでコストを削減しながら、デジタルメディアやITを活用することで販促効果を逆に高める提案を求めているのである。

広告業界としてみた場合はどうだろうか?2015年度の広告市場は4年連続のプラス成長となっているが、セグメントを分析してみるとやはりインターネット広告が二桁成長の中、折込広告、フリーペーパー、DMは微減となっている。インターネット広告が大きく数字を伸ばしているのは費用対効果が明確であり、コストパフォーマンスが優れているからである。

しかし、人口や事業者数が減少していく中で、広告予算全体が上がるわけではない。そうなれば自ずとなんらかの予算が削られていくことになる。つまり、従来の費用対効果が明確ではない紙広告に関しては、インターネット広告に予算を奪われていると言い換えることができるだろう。デジタルネイティヴが増え、エコ意識やスマートデバイスの性能向上がペーパーレス化に拍車をかけている。

これから先、印刷市場がプラスに転じることはなく、ペーパーメディアの未来は非常に厳しいものとなっているのが現実だ。

しかし、私たちは印刷を捨て、IT企業なりましょう!と言いたいわけではない。逆を言えば「時代が変わったのでITサービスを販売しよう」という安易な発想では難しいと考えている。確かに新規性が高く他社がやっていないITサービスは話題となり、一定時期は注目を集めるだろう。
一部のイノベーターやアーリーアダプターといわれる層ならば、それだけで導入してもらえるし、確かにそういった顧客層は自ら面白いアイデアを打ち立て、効果の高いプロモーションを行ってくれるかもしれない。ただ、多くのマジョリティー層が求めるものはあくまで「費用対効果」を証明する根拠であり、「成功事例」なのである。ARが面白いからといって安易に導入するかと言われればまた別の話になることが多分にある。

よって、私たちが提唱する印刷業のあるべき姿は、これまで蓄積したナレッジや顧客との信頼関係といった強みを活かし、あくまで印刷に軸足を置きながら、今後ますます伸びるであろうIT分野に進出し、顧客に費用対効果の高い販促やマーケティング企画を提案する企業だと考えている。

つまり、顧客に対して費用対効果を考えて企画提案できる「人」自体が重要になってくるわけだ。御用聞きスタイルではインターネットに代用され、コスト競争に勝てない。人がやる意味、付加価値をつける必要があり、顧客の潜在的なニーズや課題をヒアリングして解決策を提示できるコンサルティング力を持ったソリューション営業が必要になってくる。ここで勝負できるからこそ印刷通販に太刀打ちできるし、逆に自分ですべてのマーケティングをデザインできるマーケッターがいる企業は印刷通販に流れていってしまうことを覚悟しなければならないのだろう。

とはいえ、なんだかんだで紙は完全になくなりはしない。第28回全日本DM大賞ではIT企業であるGoogleがグランプリを受賞している。タッチポイントにはインターネットのみならずDMも有効であることは、世界に名だたるIT企業が証明してみせている。私たちが「売りたいもの」から発想するのではなく、顧客の立場に立ってコストパフォーマンスを最大化するにはどこで印刷物を使い、どこでITを活用するのか?実際に私たちのお客様で成功している企業とは、そのような考え方に基づいて、「印刷物の製造業」からの脱却を図っている。誤解を恐れずにあえて言うならば、ARや電子ブックそれそのものには価値はない。あくまで手段に過ぎないのだ。そしてそれは印刷も同様であり、顧客のニーズを満たすための手段の一つなのである。

それでは、具体的にペーパーメディア×ARを例にとって、印刷会社としてどのようにIT利用すれば良いか、顧客にとってどのように有効なのかについて紹介したい。私たちはARアプリを使った経験がある20~49歳の男女447人を対象に、「ARアプリに関する意識調査」を2016年1月22日から1月23日にかけて実施した。

ARはどのような用途で利用され、どんな効果をもたらすのか。これまでゲームや凝った3Dコンテンツを見ることができるなど、エンターテイメント分野での活用が目立っていた。しかし、昨今では商品やサービスの販促・プロモーションに活用されることが多いようだ。Q2ではこれまでユーザが何に利用されているARを閲覧したことがあるかについてアンケートしているが、1位は圧倒的に商品パッケージ(ペットボトル、お菓子など)となっている。それ以外でも3位が商品カタログ、パンフレット、4位はチラシ(DM含む)、5位はポスター、看板と続く。このように印刷事業と関連が深いことがうかがえる。前述したが、顧客とのタッチポイントにはリアルの印刷物が有効だ。しかし、顧客の記憶に残り、それを購買に繋げたり、知り合いに口コミするために必要な要素である「インパクト」をデジタルコンテンツの力で与えることが目的である。

実際に効果があるのかを調査する目的でQ3ではARコンテンツを見た後の商品サービスに対する興味関心・購買意欲について聞いているが、「非常に上がった」「上がった」と59.5%が答えているためこの目論見は正しかったといえる。

更にQ6にではARコンテンツを見た後、その内容を人に紹介したかについて調査した。これによれば1、2人に紹介したが23.9%、3人以上に紹介したが15.2%と実に39.1%が口コミを行った結果になっている。以上からも販促に非常に効果的であり、活用実績が多いということがうかがえる。

ちなみに私たちは前回、「企業向けに印刷会社と取引経験のある20歳~59歳の経営者・役員、会社員442人を対象に、印刷・販売促進におけるARの活用に関する意識調査」を2015年10月27日から10月30日にかけて実施したが、AR を販売促進として採用した企業の反響は、「非常に良かった」(44.9%)、「良かった」(42.9%)と合わせて87.8%を占め、非常に高い結果となった。

また、採用した企業の目的は他社との差別化と答えており、現時点では全体の2割しか販促にARを導入したことがないが、今後ARの販促に対する効果が認知されてきた場合、利用する企業も増えていくことが期待できるだろう。

このようにARは新規性、効果、ペーパーメディアとのシナジーとあらゆる面から、今印刷会社が積極的に活用すべきITツールであるとご理解いただけるはずだ。

ただ、これだけではまだまだ十分とは言えないと考えている。

顧客が本当にのぞんでいることは、広告や販促、効果を追求していくと見込み顧客の発掘そのものだからだ。そのためにはリアルとデジタルのマーケティングを切れ目なくデザインし、ツールと高度な分析が求められるようになる。そこで重要になってくるのは「ログ」である。

顧客の行動履歴をきちんとつなげて読み取り、顧客ごとに適切なアクションやフォローを行うことで見込み顧客として育てていくことが必要なのだ。DMやチラシを配布し、興味を持った人がARをかざし、動画を見たあとウェブサイトに引き入れる。そして繰り返しコンテンツを閲覧したことで興味が高まった顧客が資料請求をして他社と比較検討に入ったときこそ「見込み顧客」として育ったときだ。

いきなりこのすべてを企画し、提案することは難しいが、ペーパーメディア周辺の本業との連携性が高いITサービスから始めてみるのはどうだろうか。「それは我々のビジネスの領域ではない、あまりにもこれまでやってきたことと違う」、そう感じられるかもしれない。これまで印刷会社は製造業に位置し、顧客からは品質と納期、明確なニーズに対して正確にスピーディに対応することこそが求められたので、そう感じられることに無理はない。

もう10年以上昔の話しになるが、江戸時代から続く伝統ある人形づくりを営んでいる会社の社長にお会いしてお話しを聞いたことがある。
五月人形や雛人形の作成と販売が主軸ではあるが、お客様が自分で人形づくりをするキットを販売したり、人形づくりの師範資格の検定や学校の運営を行ったり、日本文化に興味がある海外の人にインターネットで販売をしたりとアグレッシブに新しいことにチャレンジしていた。

私は少し驚いてしまい、「古き良き時代の工芸品の制作に携わり、伝統を守るお立場だと思いますので、正直言ってこんなに新しいことにチャレンジして変わろうという発想を持たれているとは思いませんでした」と思わず聞いた。

「それは逆だよ。古き良き文化を未来永劫まで残すためには変わらなければならない。時代に合うように変わらなければ、我々は今も存続できてないし、これからも生き残っていけないんだよ。」

守ることは変わること。

これは真理であり、おそらく私たちが置かれているIT業界もそれは同じで、何かのものを作り、納品して対価を得るというビジネスは最終的にはコモディティ化して価格競争に巻き込まれて、新しいテクノロジーに飲み込まれ、古いサービスは消えていく。そのスパンが驚くほどのスピードで年々早くなっているのが現状だ。

私たちも変わり続かなければすぐに淘汰されるという危機感を抱きながら、同時に変えてはいけないものを守り続けていかなければと思っている。

冒頭に申し上げた「情報や思い、考えを伝えたい相手に伝達する」これが印刷業の使命であると共感いただけるのであれば、そこにチャンスを見いだしていただけるのではないだろうか?

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