生きてるだけで罪悪感

KoHey Nishi
Aug 27, 2017 · 4 min read

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生きてるだけで罪悪感がある

生きてる。

それだけで罪悪感がある。

3歳の頃、ぼくは国立がん研究センターにいた。名前の通り、日本最先端のガンの病院。ぼくは横紋筋肉腫という小児がんが脳に出来て、国立がん研究センターの小児病棟にいた。日本中の極めて悪性の高いガン患者がどうにか生きたいと押し寄せる病院。有名で人気があり定員もあるからそうすんなりとは入れない病院。言うまでもなく、ぼくの周りには治すのが困難ながん患者、しかも小児しかいない。そして、当時の友達の多くはもうこの世にはいない。

なぜ生き残ってるんだ

ぼくの一番古い記憶は、3歳の時で目を覚ましたら左半分の顔の表情から足まで動かなくて救急車で運ばれた記憶だ。3歳だと、まだそこまでしっかりした動きや意思疎通は出来ないし、身体の細胞の成長が早い分がん細胞の成長も早くて、気づいた時には身体左半分が完全麻痺するほど脳がやられていた。今ですら、がんの5年生存率は65%らしいが、1996年の国立がんセンターの小児病棟だから極めて危ない状態だった、抗がん剤、自家骨髄移植、放射線治療の一通り、そして、ぼくは生き残ってしまった。そしてがんが完治したあと、6歳の時。ムコ多糖症モルキオ病という難病が見つかるのだけれど、そこでも骨髄バンクのドナーがすんなり見つかった。しかも、骨髄移植をしたらピッタリと難病なのに進行が止まった。ぼくが骨髄移植で進行が止まったあと、世界的にはこの病気には骨髄移植はリスクが高すぎる上に効果があまりないと言われて使われなくなったのだからもはや奇跡だった。小児がんも難病も異常で奇跡で克服してしまった。幼少期の友達の多くは天国にいるのに。

小学校でも、中学校でも、影で広まり言われた言葉がある。

「生き残り」

ぼくの過去の病気を調べれば、間違いのない事実だ。もう一つ小学生の時も、中学生の時も、影で広まり言われた言葉がある。

「寿命3年らしい」

これも、ムコ多糖症について調べればありえなくはない推測。子供だったから、イジメで言った人もいれば、心配や好奇心、ただただ純情に言った人もいるかもしれない。そして、その言葉は、辛いや悲しいより、重かった。なんでぼくだけ生きてるんだろう。なんで十何年も生き続けてしまったのだろうと。10代後半になり、大学生や大人とも接する機会が増えて過去の話をすると「にしくんには何か使命があって生きてるんじゃないかな」と言われた。優しさや応援で言った言葉なのかもしれないけれど、これはより一層重い言葉だった。ぼくは自己中で、面倒臭がりで、てきとーだ。幼少期の天国に行ってしまった友人達の方が、真面目で優しくて努力家で、、、すぐ泣くぼくと違って、いつも元気に笑っていた。ぼくは死んでいておかしくないし、生きていても出来ることは少なくて、何も成し遂げなければクズで、生きてるだけじゃ粗大ゴミだと感じてしまう。

なんで?なんで、ぼくは生き延びてしまったの?彼らは死んだのにぼくだけ生きていて良いんだろうか。ぼくはまだ死ねていない。生きていることが罪悪感だった。生きていることが今でも罪悪感。ちょっと人生をサボると、幼少期の天国の友人達の顔が浮かぶ。彼らの分まで自分が生きるなんておこがましいけれど、彼らのことを忘れるよりは彼らの分まで生きて社会に影響を与えてやると感じ行動しなければと思い、やっぱり生きてるだけで罪悪感がある。

全生物で見ても、世界中の人類で見ても、生きてるただそれだけで貴重で恵まれている。だから、せっかく使える命を無駄遣いするべきでないのは確か。しかし、ついついただただ生きてるだけになってしまう自分がもどかしい。

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