「人材輩出企業」のしくみ

Koichiro Honda
8 min readDec 9, 2018

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巷によく、人材輩出企業と言われている企業群がある。

社員が若くして会社を辞め、他社に行って活躍したり、起業したり、海外にいってしまったり。どんどん社員が流出しているにもかかわらず、それをよしとしている会社である。それどころか辞めることを後押しすらしている。

「卒業生」と呼ばれる元社員は、事あるごとに出身企業に感謝をし、会社もまたその卒業生を誇らしげに紹介したりしている。

だがよくよく考えると、変な話ではある。普通に考えれば「ただただ社員がやめているのに、強がっているだけなんじゃないのか」「なんで辞めさせたいのか?」と思うはずだ。

でも実はあれ、ぜんぜんそれでいいのだ。

巡り巡って、このモデルはとてもうまく機能している。社内に政治家がはびこるのを防ぎ、ちゃんと組織に貢献しようとする人間だけを残すのに貢献しているのである。

だがどうして辞めさせるだけでそんな結果になるのかおわかりだろうか。このメカニズムはあまりビジネス書などにも書かれていないし、直感的にはえらい不可解な話なので、すこし解説してみたいと思う。

会社を辞めたくない人間

この不可解な現象は「社員が辞める理由」をいくら考えても一向に答えにはたどり着かない。考えるべきは「社員が辞めたくない理由」である。

人が辞める理由は無限にある。自分のやりたかったことをやりたい。旅に出たい。地元に帰りたい。結婚して転勤についていく。起業したい。それこそ人の数だけ存在する。

でも会社を辞めたくない理由にはざっくりいって2種類くらいしかない。

  1. 残っている方が辞めるよりも利益がある
  2. いまの会社で何かしらやりたいことがあってとどまりたい

ずいぶんと荒っぽいくくりかもしれないが、一旦こういうふうに区切ってみよう。

(1)の残っている方が利益がある人というのは、要するに「実力に対して身の丈以上の好待遇をもらってしまっている人」である。転職市場に打って出るよりも、残った方が明らかによい給与・福利厚生をもらえる人。

こういう人が生まれる理由はいろいろあるが、よくある理由は、簡単な仕事ばかりを繰り返しているのに年次が上がっていき給料も上がってしまった場合。能力と関係なく年次で給料が上がってしまう場合は極めて起こりやすい。もしくは、能力に対して明らかに分不相応な給料で転職入社してしまった場合も当てはまる。

(2)のやりたいことがある人というのは逆に、実力からいって転職したほうがよりよい待遇が得られるにもかかわらず、あえて選んで社内に残っている場合。

転職したら給料がアップすることはわかっているのに「今やりたいことはこの会社でやったほうがインパクトがある」「まだここで学ぶことが残っている」とか「明らかに身の丈以上の大きな裁量を与えてもらっている」とかそういう理由で残っている。

この(2)の人間は取扱い上、すこし興味深い。

選んで残っている人間は「意志を持ってわざわざ残るのだから、ここにいて意味のあること以外したくない」と思っていたりする事も多い。何しろ会社の方針に賛同できなければ、いつでも辞められる人なのだ。経済的にもっといいオファーを蹴ってまで残っているからこそ、しがらみなく会社にとって正しいと思う提案ができる。

正論を迷いなくぶつけに行く半面、会社の不可解なことに楯突く人間が極めて多いので、こういったことを言ってくる人間は、社内政治家には疎まれやすい。

だが一方で、トップマネジメントからは重宝されることも多かったりする。トップマネジメントは普通、うまく行っていることよりも、うまく行っていないことに興味があるし、同じ提案をされるにしても、会社に残ることが前提の(1)の人の意見よりも、いつ辞めてもいい状態で言ってくる(2)の人の意見のほうが、中立的で信頼できるのは明らかだろう。

“人材輩出企業”のめざしていること

ここまできて本題に戻ると”人材輩出企業”が目指しているのは、(1)の残りたいだけの社員を排除し、(2)の意志をもって残る社員だけで会社を組み立てたい、と思っている企業なのである。

どうしてそんなことができるのだろうか。

それは理想で言えば全社員が「他社の同年代と比べて明らかに経験を積んでおり、かつ相対的に低い給料をもらっていればよい」

自分の実力や経験が、他社の同世代より明らかに上であれば、いつでも転職はできる。

辞めたくても大した経験がなくてよい転職が望めず、結局居残るというようなことはまずない。特に若いうちは給料も上がっていないので、少しでも良い経験ができれば、簡単に錦を引っさげて辞めることができる。

一方、自分の給料がとても低くても、残る人間は残る。給料だけがリテンションに効くわけではないのだ。「意味のある仕事がある」「身の丈以上のプロジェクトをやらせてもらえる」「経営者が尊敬できる」そういったファクターでも人は残る。(むしろお金で残るより全然いい話である。)

こういった状況を作り出すためには、よく下記のようなやりかたがある。

  1. 強制的に若いうちから分不相応の経験を積ませることにフォーカスする (特にリーダーシップ経験)
  2. とにかく古い社員に転職を促して上位ポストを空け、若手にプロジェクトを回す。かつ平均年齢を低く保つ。
  3. 多くの社内表彰を行い、良い条件で転職しやすくしてあげる。
  4. 給料をできるだけ低く保ち、必ず実力を超えないようにする。

これらが本当に徹底できていたとしたら、高給に囚われて辞められなくなる社員(1)がいなくなり、残っている社員は極めてモチベーションが高く会社がやるべきことを考えてくれる社員(2)という状況ができる。

これは、特に社内カルチャーの面で相当にインパクトが大きく、とても活気に満ち溢れる職場になる。

大胆な権限委譲

上記の中でも、大胆な権限委譲は、特に社員の市場価値をすごく高める。若くしてリーダーシップの経験がある人間はとても少ないからだ。

身の回りの極端な例をあげれば、社会人2年目に全社年間投資予算の半分を持っていくようなプロジェクト(大企業だとP&L投資100億円超になる)の予算管理と経営会議運営をと任せたり、社会人4年目に中核事業の長期戦略の検討責任者として直接常務に報告させたり、社会人5年目に、部下が数百人いる中核事業の組織トップをやらせるなど、恐ろしく大胆な対応を取る。

こうすると、日本の転職市場においてはそんな経験をした若手は、あまり転職市場に落ちていないので、とても有利な条件で転職できる。

転職する人間が増えればポストが空く。ポストが開けばさらに若い人間を登用できる。若い人間を登用すれば人件費が削減になる。若くして経験を積む人間が多ければ、活躍する事例が増える。活躍する事例がたくさんあれば採用は強くなる。採用が強ければより若くて優秀な人材が確保できる。優秀で実績もあるのに給料が安かったらいつでも転職できる。

こういう正のフィードバックループを回しているのだ。だから辞めてもらわなければ困る。

これが、人材輩出企業の「はやく辞めろ」という理由なのだ。

責任を怖がらない姿勢

ちなみに上記の「経験」というのは、大抵の場合「過大な責任を負う経験」とも言い換えることができる。

これは、日本企業においてはとっても重要な経験なのだ。日本企業では管理職の経験を積むのが絶望的に遅い。40歳ではじめて課長というのは、グローバルに見てもありえないくらい遅い。(海外では20代や30代前半で部長になる人間は当たり前のようにいる)

若いうちからリーダーシップ経験を積まされ「責任を負うこと」に対して慣れており、物怖じせずに責任を受け入れるというのは、意外と何事にも代えがたい価値だったりする。

「責任を負いたくない」「責任を追うのが怖い」という気持ちが全くない、というのは「人材輩出企業」出身の人によくある特徴である。

すごく若くしておじさんのような冷静さと老獪さをもっていたり、経験からくる火事場の軌道修正能力がとても高い。既に失敗をたくさん経験しているから、失敗から挽回する術を体得しているのだ。

こういった経験は、40歳になって初めて課長が出てくるような会社ではこれはほぼ望めない。40歳になって初めて責任をもちはじめても「安全運行を心がける」以外の選択肢がなかなか取れないのだ。大体の場合、家族も子供もいるし、転職というオプションはとうの昔に消えている。60歳まであと20年会社にとどまるとすると、変なギャンブルはしたくない。

そしてより重要なことに、この「安全運行」はただの個人的な事情であって、会社として重要な意思決定かどうかと何も関係ないのだ。関係があるようにみせているだけで。

こういった失敗経験は、気持ちが若いうちに積まなければいけない。逃げグセがついてしまってからではもう矯正するのは難しい。

若手に任せて大丈夫なのか?

最後に、たぶん気になることは「若手に任せてしまって本当に大丈夫なのか」ということだろう。

少なくとも言えることは、こうだ。

経験のある社員が政治的に考えて提案したことほど、時間の無駄と混乱を引き起こすものはない。

それならまだ、若手の提案が絶望的にセンスが悪くても、失敗から学んで改善できるほうが、中長期で見ると圧倒的に前に進むのである。

その意志とやる気に賭けて、会社をクリーンに保つほうが、投資に値するのだ。

こういうふうな考え方が「人材輩出企業」とやらの意思決定のスタイルなのである。

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