なんで駐在員は大変なのか (英語編)

Koichiro Honda
16 min readSep 27, 2017

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(この記事のその後の経緯をこちらに書きました)

今は日本で働いているけど、いつか一度は海外で働いてみたいという人もきっと多いだろう。

海外で働く一般的な手段は駐在員かと思うが、日本企業の駐在員というのは様々なパターンがある。任期付きの研修風な扱いか、採用目的のただの福利厚生的な位置づけか、社内の「期待の星」を育成するポストみたいになっているか、いっちょ若いやつに任せてみるか的なノープランポストか、そんな感じのイメージかもしれない。

メーカーさんや商社さんなどは、既に現地の市場か生産拠点があり、現地マネジメント、現地オペレーションという意味合いが強いかもしれない。バリューチェーンの中で欠かせないピースとして、海外子会社が存在する。

一方、インターネットの場合はちょっと様相が違うようだ。大半が、買収した海外の会社に行くか、もしくは全くの別事業を展開しているところに行く感じになる。こういった事業は日本の親会社とやり取りがない。(あっても会計上とか内部統制上とか経営管理上とかそういう話だけになる。)

こういう会社に駐在する場合、ただ違う国の会社に転職するのと同じになる。日本人でなければできない仕事などほとんど存在しないので、別に現地でも人材調達できるポジションを、ただ本社の人間で埋めている、といった感じになる。会社自体も日本から独立した外国の会社として、日常が回っていく。

そんななか、一切の特殊能力を持たないただの非帰国子女ニッポン人が、テクノロジーの本場の国アメリカに駐在すると、どんな感じで大変になるのか、なかなかやったことない人にはわかりづらいと思うので、時系列で書いてみたい。自分の経験が多いが、N=4,5くらいの話。

(注: なお、個人の適応(=だいたい英語)にフォーカスしているので、国際経営はかくあるべしとかそういう話はここでは書かない。)

(注: ちなみに、渡航時の英語力は全く何も勉強せずにTOEIC 900はとれる感じ。でも日本人の中でかなり筋金入りのシャイな人種で英語が上達しにくいタイプだと思うので、他の人はもっと早いと思う。)

(注: 多分アジアやヨーロッパに駐在する場合と違うので、他の地域に行きたい人には参考にならないと思う。そしてExecutiveとして駐在する人は後述するように、ここの話はあまり関係ない感じがする。あくまでFunction別の組織に行くメンバー・マネジャーの話。)

追記:

僕のまわりには仕事上、ほぼ全員ネイティブで非ネイティブの人と話す機会はすごく少ないです。なお、親会社から来た駐在員の数は米国従業員のうち0.3%くらいです。1,000人に対して3人くらい。

1ヶ月目

引越、銀行口座開設、免許取得、車の購入、研修など諸々のセットアップで、実質あまり仕事が始まらない。仕事といってもひたすら挨拶とヒアリングするくらい。

だが、仕事をそんなしていないにも関わらず、英語に慣れていないので、英語を聞いているだけで凄まじい疲労感がある。1日10時間ぶっつづけで英語のリスニングのテストを受けているような感じと思ってもらえばわかりやすい。毎日頭がボーっとする。あと突然車通勤になるので、行き帰りの車の運転に妙な神経を使ってしまい、意外とそれだけでも衰弱する。(毎日車通勤で、時速130キロ+右側通行は地味に嫌)

だから、生活のアジャストどころか、ただ息してるだけで消耗する、というのが正しい表現。そして、寝て体力を回復する、というサイクルをただ回している。

ご飯があわないです〜みたいなナンパな要望はまだない。

2ヶ月目

もろもろセットアップ等は一段落してきて、仕事がメインになってくる。だが、仕事はと言うと、暇である。能力あるなしにかかわらず、英語がしゃべれないやつに仕事など来ない。信頼もゼロだ。会話がちゃんと出来なきゃ信頼できるかどうかすら測れないので、仕事があるはずがない。信頼されなければされないだけ暇な時期がずっと続く。この暇期間はどうやら、ごく一部の天才エンジニア等や帰国子女とかを除いて、ほぼ全員が通る道のようだ。

日本で10時以降や終電まで仕事するのが当たり前だった人間からすると、毎日他の人よりも早く帰れてしまうような状態は、まるで若くして窓際族をやっているような感じがして、これはこれで焦燥感が募る。だが解決策はない。

一番厳しいのは会議のリスニングが出来ていないこと。会議で何が決まったのか以前に何が話されていたのかわからないまま会議が終わる。ぼっち感がすごい。なのに、アメリカ人のナイスガイ・コミュニケーションに隠れて、そこまで痛みを伴わないまま時間がすぎる。

ちなみにいっておくと、アメリカ人はナイスガイなのではなくて、ナイスガイでなければいけないのだ。日本人が空気を吸うように謙遜するのと同じで、空気を吸うようにナイスガイにならなければならないだけの話だ。そこを勘違いしてはいけない。

強いて言えば、日本人より全然アメリカ人のほうがハイコンテクストなので、注意が必要だ。京都人もびっくりなくらいの空気嫁コミュニケーションが行われる。普段褒められ慣れてない日本人が、思いっきり額面通りに受け取ってぬか喜びする様は、もはや風物詩感があるが、だいたいは全然褒めてないので要注意。

実は日本人は仕事上すごくダイレクトな民族で、かなりの日本人がこれを勘違いしている。よくこれを理解しているアメリカ人は、僕がダイレクトな表現を使うと“Very Japanese”って言ってくるくらいだ。

(追記: これは英語問題をさしおいても元からすごくダイレクトだと思う。米国でManagerになりたければ意識面から矯正する必要があると思う。)

3ヶ月目

3ヶ月くらいじゃあリスニング力はぜんぜん改善しない。引き続き会議を録音して聞き直すも、結局全部はわからない。でも聞き直す時間はある。だって暇だから。

ちなみに、自分のジョブタイトルに対して、適正なパフォーマンスが出ていないと、いくらナイスガイたちでもシグナルをだしはじめるので、それを察すると焦る。もちろん表向きにディスったりは決してしないけど、含みだけでわかる。

米国の作法でいえば、その仕事ができるからそのタイトルを持っているのである。能力がないのにそのタイトルを保持し続けているのはフェアじゃない。(日本のように、肩書についてから中身がついてくる、ということはほぼ確実にない)

うちの会社のルールは、駐在さんでも現地基準のパフォーマンスに応じて解雇して強制送還するという、日本企業にしては厳しいルールを持っているので、焦りはある(とてもフェアで正しいルールだと思う)。だが、相変わらず特効薬はないので頑張るしかない。

また、暗黙の了解ルールとして、日本語は現地社員の前で話さないというやつがある(これもとても正しいと思う)。駐在員で固まったり、現地社員の前で日本語を喋る会社もあるらしいが、絶対に良くない。チームに悪い影響しか与えないのでどんなにへっぽこでもいいから英語を喋ったほうがいい。

4ヶ月目

いい加減英語は聞けるようになってくるが、逆に議論に参加できるようになってしまうせいで、英語のダメさからくる無力さを実感する。日本語だったらできるのに、まるで伝える手段がないじゃないか、というような幻滅感。声帯をむしり取られたようなもどかしさがある。すごく年次の若い子に、ただ英語が早いというだけで論破されるのはとても悲しい。

5-6ヶ月目

ちょっと前に伝え方で悩んでいたはずが、どっちかというと、英語で考えることが辛い、ということに変わっていく。特に論理と、記憶力。

英語の単語と脳みその「感覚」が紐付いておらず、英語をただの記号として扱っている状態が続く。

日本語だと、論点を聞けば5手先まで読めるのに、英語だと全く想像が及ばない。1歩先しかみえないので「AならばB」なら想像できるのに「AならばBになるから結局C」というのが瞬時にわからない。日本語で聞いたら自分がバカすぎてがっかりできるレベル。

記憶力も絶望的に下がっているので、本当に何をするにも時間がかかる。Aさん、Bさん、Cさんが順に論点を出して、どう解決すれば全部解決できるか、という話だったのに「すんませんAさんの論点なんでしたっけ?」って聞いて、話の腰を折る場面が頻発する。

数字はきつい。1.5億ユーザーといわれればおーすごいとかいってすぐ覚えられるのに、one hundred fifty million usersといわれると、脳内にイメージが伴ってないので、ただの数字の暗記になり、全然頭に入ってこない。すぐ忘れちゃう。情報にイメージや色が全くついてないのだ。

ようするに、極めてどんくさいやつに見える。これがもろに顕在化する。

7-8ヶ月目

英語の進歩の無さに愕然とする。半年たってこれかよ、という事実をはっきり突きつけられる。「英語で支障なく仕事できるようになるまで3年」と渡航前に色んな人に言われても「やーそんなことないっしょ」って思っていたことが、たしかに3年かかると実感する。

そして、このあたりから過去のキャリアの違いがもろに顕在化する。エンジニアとかは、このあたりでへっちゃら感がでてくるのだが、いわゆる「総合職」で日本企業のローテーション異動にぐるぐる回されてきた人には、そう簡単に太刀打ちできない専門職の経験年数の壁を感じる。

日本のローテーション異動がこちらでも役に立つのは本当に事業長や経営陣以上のレベルの人だけで、それ以外は「何も強みのない素人が、勉強もせずに機能別組織に飛び込んじゃった」というケースしかないと思う。

イメージでいえば優秀な弁護士がたくさんいる法務部に、営業部から飛んで来てしまった気分。「なんであの子資格も持ってないのに法務にいんの?」って囁かれるところからのスタートになる。

アメリカの人材の豊富さはやはりすごいので、例えばM&A担当の採用をする場合、「投資銀行・CorpDev・PEの経験が10年」「マネジメント経験5年以上」「業界はTMT」「特にインターネットで著名ディールを多数担当」「MBAトップ校」「プロダクト/エンジニアリングの経験ありもしくはSTEM系出身」「話した感じ賢い」「リーダーシップ&ナイスガイ的スキル」でリクルーターに採用かけても、たくさん引っかかるし、実際取れてしまう。採用力のある会社なら、どんな採用要件を出しても取れちゃうのだ。日本語だったとしても競争は激しい。

だから、渡航前は英語のアジャストだと思っていたのに、途中から英語と能力の両方のアジャストになることを自覚する。英語の勉強に時間を使うべきなのか、まともに職業の勉強をするべきなのか、困ってしまう。この択一はなかなかつらい。結局この時期の休日と夜間は、(i)英語の勉強していたか、(ii)仕事の勉強していたか、(iii)凹んでいたか、(iv)仕事を忘れるか、のどれかしかなかったと思う。

ただ、一方でこのステージまで来ると、日本で同じ職を保証されてきた専門職の人は強い。ここらで普通に戦えるようになるイメージ。日本企業で同じ職を保証されるのは、士業か各種エンジニア・研究職みたいな人だけかとおもうけど・・・。一旦、勝てるようになればもう安泰なイメージがある。

9–12ヶ月目

さすがに、日本で言うところの新卒1年目/2年目並の基本動作はできるようになるので一応やる仕事はあるのだが、一方でたくさん課題も見えてくる。

自分の部下だけは、どんなにひどい英語でも一生懸命に聞いてくれるし、意味不明なこと言っても嫌な顔ひとつしないが、そういう会話だけ存在するわけでもない。上司や他部署の偉い人と働いていくには「伝わる英語」だけだと全然足りない。

周りと比べてOutperformするためには能力値で上回っているのは前提だが、最低でも英語の部分でもParityに持っていかねばならない。

表意文字じゃない英語でクリーンにメールを書いたり、ペライチ資料を作るのはかなりのボキャブラリーがいる。住んでるだけじゃ全然身につかない。そうとう勉強しないときれいな文章はかけない。だからパワポのキーメッセージを書くのは外国人にはすごく難しい。

おそろしい量のメールが来たときに、時間がなくて読みきれない。とにかくリーディングが遅いからだ。時間をかければわかるのは当たり前だが、早く読めないことのほうが致命的になってくる。

Directorレベル以上が10人いる会議で、議論リードしろと言われたときに、残念な空気にならずにファシリするにはそれなりにスピーキング力がいる。(あーあの子親会社からきた子だからね、って思われないレベル)

リスニングも場面によって全然かわるので、慣れてない場面だと全くできないときもある。(例えば会議なら大丈夫だけど、歴史の話の雑談されると全くダメ、的な) あと、単語力がないとリスニング力が向上しなくなってくる。GMAT(MBAの試験)やTOEFLで出てくるレベルの単語はすべてビジネス会話で日常的に使われる可能性があると思っていいと思うが、日常生活では身につかない。

12–15ヶ月目

普通に仕事していて、さすがにここの部分では安定して勝てる、というのは一個くらいは出てくる。

とりあえず、よいニュースは、自分が戦闘力ゼロなのは、少なくとも英語が絶望的だからであって、一度勝ち始めると、必ず勝てるようになるということである。母国語での仕事で伸び悩むのとは訳が違って、英語での伸びは、必ず右肩上がりになる。(クズな英語がマシな英語になるだけで全然違う)

また、勝ち始めるということは、周りより自己学習力が高いという場合も多いので、自画自賛するべきだと思う。続けてれば勝てるという自信につながるからだ。他国で仕事をするというのは、どう考えても”Long shot”なので、瞬間風速で勝つよりも長期で勝つエンジンを持ってる方が大事だ。

あと、それなりに働いた人の数が増えてくるので、MBAのそれぞれXXX校卒がこんな感じなんだふーんとか、Wall Streetとかシリコンバレーの某社出身てこれくらいできる感じなんだとか、ある程度冷静に見ることは出来るようになる。

このあたりから英語力は個人差がどんどん開いていくイメージ。1年経ったあとからどんどんネイティブのレベルに近づいていく人と、同じレベルに留まる人、で分かれるようだ。

ここまでくると嬉しいのが、英語の情報ソースに不自由なくアクセスできるようになることだ。集中してリスニングしなくてもポッドキャストをきいていられるし、英語の特集記事も読んでもそんなに苦にならない。

勉強も英語ベースでの勉強にかなり慣れてくる。能力的にはまだビハインドの可能性が高いので、たくさん勉強しなければいけないのは変わらないのだが、普通に日本語の本じゃなくても英語教材だけで勉強できるようになる。なんなら英語のほうが説明が丁寧なのであえて英語を選ぶこともある。

来た当初は、勉強のために使う英語ですらすぐ疲れてしまうので、勉強が勉強にならなかった。TED見たって、Udacityやったって、中身じゃなくて英語の勉強になってしまっていた。

思ったのは、英語の上達は思ったほど年齢と関係ないということ。生物学的には若い方がいいのかもしれないけど、どう考えてもやる気があるかどうかのほうが大事なので、気にせず頑張ったほうがよい。25歳でも30歳でも40歳でも50歳でも、年齢を言い訳にしたい人はする。しない人はしない。それだけの話だ。

こういうたぐいの海外就職・転職・駐在になる人へ

適応する上で一番大事なのは、とにかく防御力である。これは誰に聞いてもほぼ同意すると思う。かならずここだけは負けない、というところ持っているかどうかで解雇されるかどうかが決まる。最初の英語力ゼロフェーズを守りきることが肝心で、攻めの道具は極論いらない(どうせ英語のせいで十分には使えない)

もちろん、親会社の影響力によって完全に現地での雇用が保証されているならこんなのどうでも良いし、海外生活を謳歌すれば良いと思うが、より米国的な環境にいる場合は、防御力はとても大事になる。むしろこれは、駐在じゃない移民の戦略としても、スタンダードなやり方だと思う。

日本人の話を聞く限りでも、投資銀行でNYに駐在したある人は、財務モデリングだけは圧倒的に得意で、どんなに英語聞けなくてもそこだけは守った、とか、Product Managerで駐在した人は、英語がダメでPMができてなくても、自分で相当コードかけるからそれを守りに使った、とか、戦略コンサルでいった人は、特定の機能のスペシャリストとして行ったり、エクセルだけは間違いなく負けないようにした、などなど、こういうディフェンス話は枚挙にいとまがない。

日本で専門職だった人のディフェンス力が強いのは、本職の経験がそのままディフェンスになるからである。専門職だったがゆえに長いこと同じ職にいさせてくれたということが、国際的なキャリアデベロップメントの仕方とたまたま合致しているのである。日本で真面目に数年ひとつのことをやってきた人ならかなりの確率で生き残れる。専門職で日本で飛び抜けていれば、アメリカでも活躍できる可能性がとても高い。

逆に、何でもまんべんなくやってきた人こそディフェンスする場所がないので、危険にさらされやすい。そういった日本企業的な人は「日本から来た新入りのアイツすごいぜ」をめざしてはいけない。「あ〜あいつのこういうところありがたいわあ、何言ってるかマジでわかんないけど。」と上司に思われるのが、最初の現実的な目標になると思う。Outperformするのは別にそのあとでいい。

ダサいかもしれないが、別にこれは日本人に限った話ではない。例えば今の買収の部署なら、どんなにプロダクト/エンジニアリングの知識を知っていたって、買収の実務ができないなら、あえて採用する理由がない。ResumeもしくはInterviewの時点で即切りされる。それならまだエクセルor会計マニアの方がまだ受けいられる可能性が高い。インド人や東アジア人が移民としてoperationalなところを取りに行くのはとても正攻法のように感じられる。

なお、日本で相当経験を積んでから偉いポジションで駐在する場合は、随分と前提が違うので当てはまらない。「対アメリカ人上司&同僚の生存戦略」ではなくて、海外事業の重責を担っているというような、より経営面での大変さのほうが大きいと思う。そして、上司が日本人になる可能性が高いし、本社との関係も(経営管理上の理由で)近くなる。

また、日本人の上司が日本人になる場合は、ただよこに外国人がいるだけで日本と変わらないコミュニケーションになると思っていいと思う。ただ対米国人と対日本人でコミュニケーションスタイルが2つ存在するのでややこしくはなる。

それでは!

(その後の経過をこちらの記事に書きました)

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