トランプ時代に見直す映画「The Dead Zone(デッド・ゾーン)」

アメリカ大統領選挙が終わってそろそろ3ヵ月が経とうとしているのに、未だに現実味を持って感じられない。恐ろしい現実が受け入れられない小市民は、自分が過去に体験した似た光景を思い出すことで、咀嚼しようとしてみる。それが架空の話であっても。

トランプが大統領執務室に座る写真を見ても、『Photoshop仕事が丁寧』で片付けられるものなら、どこかでそうしたがっている自分がいる。データや理論を無視して、感情を焚きつけるだけの人物が、世界最強(凶・狂)の権力を握るなど、小説や映画のヒール役設定として雑過ぎる。あり得ない。とはいえ、トランプではなくヒラリーがまだましだったと強弁する気にもなれない。結局、Changeなどしなかった絶望を、今度こそChangeしてくれる希望に賭けるという点で、8年前にオバマを支持していた層と、今回トランプに投票した層が実は重なっていた、という答え合わせの指摘も今なら納得できる。


彼は世界を破滅へと導くボタンを押すのだった

トランプが勢いを増しつつあった2016年の初夏頃から、どうしても思い出さずにいられない映画があった。それが「The Dead Zone(デッド・ゾーン)」*。原作はスリラーの巨匠スティーヴン・キング、監督は人間と暴力を描く奇才デイヴィッド・クローネンバーグという贅沢すぎるコンビ。この作品はサイキックスリラーであると同時に、ラヴストーリーだ。映画は、原作に完全に忠実というわけではなく、適度にアレンジされているところもある。
*同名の連続テレビドラマは別物

主人公は、若きクリストファー・ウォーケン演じる高校教師。はにかむような儚い笑顔が、実に切ない。彼は、不慮の事故で特殊な能力を手にする。そして彼と対峙することになるのが、マーティン・シーン演じる共和党のアメリカ大統領候補グレッグ・スティルスン議員だ。そして、このスティルスン議員が見せる人なつっこさや狡猾さ、激高する態度、そして世界の破滅へと突き進む姿が、どうしてもトランプに重なって仕方ないのだ。

この映画が公開されたのは1983年で、俳優崩れのレーガンがまさかの大統領になり、レーガノミクスでパックスアメリカーナをぶち上げていた時代。確かに、今が30年前頃に似ている雰囲気もちらほら感じる。手の平の小さな箱で、嘘の垂れ流しや罵り合う未来など、想像もしなかったけれど。

トランプの姿を、映画「The Dark Knight Rises(ダークナイト ライジング)」のバットマンの敵役ベインに重ねる人もいるが、誰しも考えることは似たようなものなのだろう、ヒール役をトランプに置き換えたビデオや写真は多数アップロードされている。


クローネンバーグは最初から「現実」を撮っていた

今回、このテキストを書くにあたって、『The Dead Zone』公開当時のトレーラーをYouTubeで探していたところ、偶然、クローネンバーグ監督を始めとする関係者のインタビューを見つけた。しかも、なぜか日本語字幕付き。この中で監督は、実に印象的なことを語っている。

多くの人が身近に感じ、現実だと考えている世界こそが実は幻想なのだ。映画を作るということは、世界をそのまま再構築すること。映画は、その作品世界の中で、人物をリアルに描く。観客が超能力を信じなくても、そんなことは関係ない。作品の中で起こったことは、全部が現実なのだ。

クローネンバーグ監督が、今もこう考えているかどうかは分からない。しかし、現実が映画や小説をある意味超えたことで、急に活き活きと感じられるようになったのではなく、元々「現実として」作られていた作品に、「もう一つの現実」が追いついて来たのだと考えると、相変わらず暗い気分のままであっても、妙に納得した自分がいる。どちらも、リアルなのだ。

2016年から地続きの現実の方も、急に希望溢れるシナリオになるとも思えない。ここはサブキャラクターとしてペンス副大統領あたりにさらに重要な役を演じてもらうか、まだ見ぬ別のキャラクターが登場するのか、誰かが入れ替わっていくのかもしれない。

とにかく、どんなに酷いストーリーだろうと、エンドロールが終わるまでは席を立つことなく、きちっと見届けていたい。折角、チケット代を払っているのだから。

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