ガバナンスの目指すゴールとは

ブロックチェーン業界のガバナンスにおける課題の共有

KumaGorow
30 min readJul 28, 2022

TL;DR

  • ガバナンスとはプロトコルの技術的な更新とエコシステムの発展のための意思決定をどのように設計しているのかを取り扱う分野
  • 長期的な発展を目的としたプロジェクトほど、ガバナンスへの理解とその構築技術が求められる
  • ガバナンスを評価するための6つの指標
  • ガバナンスにおける課題:Vitalik氏によるオンチェーンガバナンスのリスクの指摘、少数参加者によるガバナンスの意思決定、巨大なTreasury
  • 非中央集権的に全体の一般意志を結果に反映する方法はどうすればいいのか、その試行錯誤から生まれる新たな制度こそがブロックチェーンガバナンスの醍醐味

はじめに

こんにちはKumaGorowです。
ブロックチェーン業界には様々なトピックがあり、日々目まぐるしい速度で多様な情報が飛び交っています。関わり方も人それぞれかと思いますが、私の場合「初学者のためのPolkadot入門」を共同で翻訳したことをきっかけにガバナンスの虜となり、脇目も振らずガバナンス情報を追いかける日々を過ごしています。

本記事では日頃の情報収集の中からブロックチェーン業界におけるガバナンスの概要・課題をまとめており、次回の記事では先進的な取り組み事例を連作でご紹介していきます。本記事が「なんとなくややこしそう」なガバナンスを理解するための一助となれば幸いです。

*本記事をお読み頂く前に

本記事の内容は私(KumaGorow)が独自に調査を行い、情報をまとめています。記載内容の著しい不備や事実と異なる記載があれば、Twitterアカウントまでご連絡いただけると幸いです。また、引用している情報は全て記事公開時の情報ですので、最新情報については各自にてご確認ください。

そして本記事はあくまで情報のシェアであり、記載しているプロジェクトへのNFA(投資助言)ではありませんので、実際に利用される際にはDYOR(自分で調べて判断)にてお願いします!

<ガバナンスとは何か>

ガバナンスと聞くと、なんとなく「投票」をイメージされる方も多いと思います。

という声は決して的外れではなく、正に現在のガバナンスが抱えている課題点を表しています。ですが、本記事で取り扱う「ガバナンス」は投票に限らず、もう少し広範な範囲を対象としています。

まずブロックチェーン自身はソフトウェアであり、広く使われていくためには改良をしたり、場合によって新しく登場するアプリケーションの影響によりプロトコルのアップデートが求められます。

つまり、運用を続ける限りにおいて、長期に渡り誰かがメンテナンスをし続けなければいけません。これは不完備契約の観点から見ても、ブロックチェーンにおいてはガバナンスが必要不可欠な理由といえます。

そういった技術的更新に加えて、Treasuryと言われる財源の運用方法、DEXプロジェクトであれば流動性や清算価格の設定、外部とのパートナーシップなど組織としての重要な意思決定、そして「そもそも誰が参加できてどのように意思決定をするのか」という自身のガバナンス制度の変更…等、様々な意思決定の対象が存在します。

また、何について投票するかだけでなく、「誰が参加しどのようなプロセスを経て意思決定するのか」という制度についてもガバナンスを語る上での議題となります。このように一口に「ガバナンス」と言っても対象は非常に広範であり、「プロトコルの技術的な更新とエコシステムの発展のための意思決定をどのように設計しているのかを取り扱う分野」と言えます。

では何故わざわざガバナンスを取り上げる必要があるのでしょうか?その背景を見ていきましょう。

<何故ガバナンスが大事なのか>

長期の発展を目指すプロジェクト程、優れたガバナンス設計が必要

トークンの売買によって資産形成を目指しているトレーダーにとっては、最新情報をリサーチするほど重要なテーマではないでしょう。しかし、そのプロダクトを日々利用するユーザー、VCなどの出資者、そしてプロジェクト開発者にとってガバナンスは重要なテーマと言えます。

一時的なトークン価格の上昇による短期的な収益を目的としたプロジェクトと比べ、長期的に開発を続け、参加者を増やし、貢献者にインセンティブを供給し続け、奪い合いに終始しないメカニズムを持ったプロジェクトの方が実現は困難という事は、想像に難くありません。
トーケノミクス、技術開発、資金調達、チームビルディング、各種法制度との対応、マーケティング戦略…など、クリアすべき課題は山積みです。その中でも、ブロックチェーン業界ではコミュニティの強さがそのプロジェクトの強さに結びつくという点を鑑みると、公平な収益配分の仕組み/開かれた議論の場/意思決定プロセスの透明性というガバナンスの構築もまた必要不可欠となります。

つまり長期的な発展を目的としたプロジェクトであればあるほど、ガバナンスへの理解とその構築技術が求められるのです。

ナラティブとしてのガバナンス

ブロックチェーンが非中央集権化(権力/所有権/権威の分散化)の名の元に既存の中央集権的な諸制度のカウンターとして登場したことを考えると、ブロックチェーンのプロジェクト自身が非中央集権的なガバナンス体制を整備しているか?ということはよく話題に上ります。この業界に関わる動機の一つが非中央集権的な組織に憧れて、という事は多くの方に当てはまるナラティブとも言えるでしょう。
言い換えると、ブロックチェーン業界ではガバナンスが未成熟で中央集権的な組織であれば、コミュニティからの支持を得にくい傾向があります。

しかし一方で、そもそも具体的な数値目標やわかりやすいゴールなどないこの分野では「このプロジェクトのガバナンスはどれほど非中央集権的か?」は建設的な議論の道具としてよりも、他プロジェクトを批判する際の武器として使用される場合の方が多いと感じています。

私としてはブロックチェーンを用いてるからこそ実現できる新しいガバナンスの形態をもっと見たい!と思っているので、批判の用語としてではなく、自己点検のツールとして普及して欲しいと思っています。

<ガバナンスをどのように評価するか>

ガバナンスの概要、重要性について述べてきましたが、ここからはどのような特徴に着目すべきかについて解説していきます。

ここでお伝えしたいことは「各プロジェクトが持つガバナンスの際立った、あるいは共通する特徴を如何に分析するか」であり、優劣をつけることを目的としていません。

仮にオンチェーンガバナンスを採用した全員が等しく参加できる先進的な非中央集権的モデルであっても、プロジェクトの発展状況や市場におけるポジショニングにそぐわない制度であれば、参加者は増えないまま開発は遅々として進まず、結果として宝の持ち腐れとなるか、時にはマイナスに働きます。

ここではガバナンスとは「プロジェクトの長期的な発展を支えるための制度」という前提に立ち、その上でどのような特徴に着目すべきか、にとどめます。

①ガバナンス参加者は誰か

ガバナンスを考える上で最も根本的な問いと言えます。

・投票には誰が参加できるのか
(開発側で指定したメンバーか、ガバナンストークンホルダーか、そのトークンはどのようにして入手できるのか)

・投票の議題を提案する者は特定のメンバーか
(誰でも可能か、特定なら誰が選ばれるのか)

・議題に関する発言権は誰にでもあるのか
(その議論の場はどのように公開されているのか)

このように、各ガバナンスプロセスの参加者が誰なのか?に着目する事は非常に重要です。

1つ具体例を挙げると現在最も多くのTreasuryを保有しているUniswapの場合、提案を行うことができるアカウントはUNIの1%を保有、またはガバナンス委任をされているメンバーに限られています。

1トークン1票としたオンチェーンガバナンスを採用する場合、1箇所にトークンを集中する事は中央集権化に繋がる恐れがあるため、ガバナンスを設計する際にはトーケノミクスを踏まえた事前の配布計画と密接に結びついた計画が必要です。

②ガバナンスにおける権力構成

ガバナンスを運営するにあたり、プロジェクトによっては提案や投票を管理するための専門の機関を設けています。

これは以下の観点から有効と言えます

・効率的なガバナンス運営

・エコシステムに悪影響を与える提案を未然に防ぐ、または削除する

・投票により決定した内容の実行者となる

オンチェーンガバナンスを実施しているPolkadotではCouncil=評議会を設け、技術的なアップデートを主導したり、危険な提案は削除ができる権限を持たせる事で高いセキュリティを持ったガバナンスを実現しています。

しかし、ガバナンス機関を設ける事は中央集権化に繋がるとの批判もあり、PolakdotのファウンダーであるGavin Wood氏はGovernance V2という評議会を解体した新たなモデルを提唱しています。

一方で、MakerDAOのように一度設立したFoundationをDAO化のために解散を宣言した事例もあります。

ほとんどのガバナンスにおいて投票は「賛成」「反対」の単純多数決であり、後述のオフチェーンガバナンスを採用しているプロジェクトであればForumなどで資格を持った参加者によるWeb上での1アカウント1票の投票、オンチェーンガバナンスであれば専用の投票サイトでガバナンストークンを用いて1トークン1票として投票が実施されます。

しかし、1票が市場での価値を持つブロックチェーンのガバナンスでは「資金を持っている者が投票の行方を左右できる」という事態に直面しており、トークンの分散化が進んでいない銘柄はVCや開発側、大口ホルダーにとって有利な状況と言えます。

そのため、いくつかのプロジェクトではなるべく大量保有者に投票結果を左右されないような仕組みが用いられています。

例えばPolkadotではconviction(確信度)という仕組みを設けており、Conviction=ロックする期間が多いほどロックしたDOTの実際の「投票力」は増加します。具体的にはPolkadotでは最大で896日(KSMでは256日)ロックすると、実際に投票したDOTの6倍の「投票力」を持ちます。

例1)50DOT×28日ロック(1倍)=投票力 50DOT
例2) 10DOT×896日ロック(6倍)=投票力 60DOT

また、この他にも投票したい票数のためにはその数の2乗のトークンが必要となる二次投票の仕組み(9トークンで3票扱い)など、単純な過半数による計測ではない仕組みの実現が議論されています。

個人的に、これらオンチェーンガバナンスならではの投票モデルの開発に期待しています。

④オンチェーン /オフチェーン

ガバナンスを単純に2種類に分けるとするなら、オフチェーンとオンチェーンがわかりやすい目安と言え、時には両者を巡る価値観の衝突も目にします。

ただ、上述の通りガバナンスという言葉の指す範囲は広大で、大まかに分けると①議題の提案から②コミュニティ内での議論(提案に対する質問含む)、③投票、④通過した議題の実行までのプロセスがあります。

この中で①〜③はオンチェーンで行い、④は担当の管理者が実施する場合や、①の前に内部の組織により①’〜③’を実施してから、その後①からのプロセスをオンチェーンで行うというケースもあります。

一般的にオンチェーン/オフチェーンについて議論する際には主に③の「投票の際にガバナンストークンを用いるかどうか」が論点となりますが、予備情報として「どのプロセスを対象とした議論なのか」も気にかけておいた方が良いでしょう。

オンチェーンの具体例として、Polkadotでは提案から実行までフルオンチェーンガバナンスを導入しており、全てのプロセスがブロックチェーン上にトランザクションとして残るので、透明性が高いと言えます。
(もちろん一部の議論については各SNS上でやりとりされ、それらのトランザクションは残りません)

MakerDAOの場合であればオンチェーンの強みを活かし、ガバナンスレポートを発行しています。
定期的に報告されるこのレポートではガバナンストークンである$MKRの分散度合いや、現在の投票状況では何%の$MKRを保有すれば投票結果を左右出来てしまうのかなど、示唆に富む分析が報告されています。

一方で、オンチェーンガバナンスを採用することのデメリット/リスクもあり、この点については後述の「ブロックチェーン業界のガバナンスの課題」にて取り上げます。

オフチェーンガバナンスの代表例としてはBitcoinやEthereumが挙げられます。オンチェーンガバナンスのように自動的なアップデート機能は搭載されておらず、更新が必要な際には各マイナーやフルノードオペレーターが自主的にアップデートを行います。また、プロジェクトによっては意思決定のためにForumやSnapshotなどで1アカウント1票の投票を行います。

オフチェーンであれば悪意ある提案を防ぐセキュリティ機能は高いと言えますが、一方で発案者や投票者が開発側に限られていたり投票者名が分からなかったりなど、透明性/中央集権性の観点から批判を受けることがあります。

⑤リスク管理

ガバナンスに潜むリスクについて考えた場合、直近の事例としてBeanstalkのオンチェーン投票とフラッシュローンの悪用がされたケースについて思い出す方もおられると思います。

このように悪意を持った、あるいは仮に無自覚であっても結果的にエコシステムに悪影響を及ぼす提案を未然に防ぐ仕組みは、ガバナンスを維持する上での生命線とも言えます。

ガバナンスが広く開かれたものであればある程、このような攻撃に晒されるリスクは高まるため、必然的にリスク管理は「②ガバナンスにおける権力構成」に繋がる特徴と言えます。

わかりやすい対策は提案者と投票者を制限し、限られた人のみガバナンス に参加する方法ですが、それでは一部に決定権が集中し、中央集権的な組織となります。

ガバナンスの分散化を進めながらどのようにセキュリティ仕組みを高めていくか、これがエコシステムの発展に伴い求められる課題と言えます。

⑥ガバナンス参加者を増やす取り組みの有無

次章でも言及しますが、ガバナンスへの参加者は驚くほど少ないと言い切っても異論を挟む人はいないでしょう。

ガバナンス投票で議論される内容は技術面、組織原理、セキュリティ、これまでの経緯が入り混じり、非常に専門的で難解です。プロジェクトに長く関わっていない人にとっては、わざわざ時間を割いてまでガバナンスに参加するモチベーションは見当たらないのが現状です。

しかし、そのような中であってもガバナンス参加者を増やす取組みは行われており、Delegation=投票の委任や、投票参加者へのインセンティブ=報酬を与える事例などが挙げられます。

ここまでガバナンスの特徴をどのように評価するか整理してきましたが、ご覧頂いた通り①〜⑥の特徴は相互に影響し合います。

まだプロジェクトが開発の初期段階にあり、リスクの最小化とスピーディーな意思決定を優先する場合には、議題の提案は限られたメンバーのみ可能で、単純多数決によるオフチェーンの投票形態が採用されるでしょう。

裏を返せば、それぞれのガバナンスの特徴を細かに分析することで、該当のプロジェクトのエコシステムとしての成熟度合いをある程度把握できるのではないでしょうか。

プロジェクト分析の際にはトーケノミクス、VC、TVL等といった指標と合わせて、どのようなガバナンス形態を採用しているのか?にも注目してみてください。

<ブロックチェーン業界のガバナンスにおける課題>

ここまでブロックチェーン業界におけるガバナンスについて、その概要と注目すべき特徴を述べてきました。ここからいよいよ本記事の本題である「現在のブロックチェーン業界におけるガバナンスモデルの課題」について言及していきます。

1). Vitalik氏の指摘:オンチェーンガバナンスのリスク

2021年8月に投稿されたガバナンストークンを用いた投票モデルに対するVitalik Buterin氏の指摘した問題点は、現在でも明確な解決策の出ていない課題です。

ここで、Vitalik氏が指摘するトークンを用いた投票モデルの問題点は要約すると以下の3点と言えます。

①少数の大量トークン保有者が、多数の少数保有者よりも大きな投票の決定権を持つ

②トークン価格の上昇のみが優先され、その他の価値を毀損する

③投票による利害の対立構造が生まれる

詳しくみていきましょう。

そもそも投票で1票の価値を持つトークンは、同じく市場での価値を持ち、保有数に制限がありません。そのような枠組みであれば豊富な資金を持つ資本家ほどガバナンスの決定権を持つ、という構造が生まれます。
これは結果的に大多数の一般的なトークンホルダーにガバナンス参加への無気力をもたらし、提案されている(精通していないければ難解な)内容を調査し、投票へ積極的に参加する意欲を削ぐことに繋がります。

Vitalikの意見を補足する情報としてChainalysisの調査をご紹介します。
こちらによると10の主要なDAOのガバナンストークンの分布を分析したところ、全体の1%未満のアドレスにより90%のガバナンストークンを保有しているという事例が報告されています。

注)報告はあくまでもChainalysisの調査に基づくものであり、全てのDAO、ブロックチェーンプロジェクトについて言及しているわけではありません。調査がどのような手法によるものかなど、詳細については各自ご確認ください

また、コミュニティは異なる価値観や多様なビジョンを持つ人々により構成されていますが、トークンを用いた投票モデルではコミュニティに貢献するメンバーではなくトークン大量保有者が優先され、意思決定のプロセスにおいてもトークン価格を上げることが最優先となる傾向があると指摘します。

そしてトークンを用いた投票モデルの根本的な課題として、Vitalik氏はレンディングプロトコルを用いたガバナンストークンによる攻撃への脆弱性を挙げています。

例えばここにガバナンス機能を持つ「XYZ」というトークンがEtereum上にあり、レンディングプラットフォーム(Compoundなど)で取引可能だとします。その場合、あなたはXYZトークンを保有していなくても下図のようにETHを担保資産として預け入れることで、XYZトークンを一時的に投票に利用し、わずかな金利を支払うことでETHを回収することが可能となります。

仮に投票時に対象トークンを一定期間ロックするような仕組みがなければ、このようにレンディングプラットフォームを用いてコミュニティから資金を引き出すという攻撃が行われる可能性があると指摘しています。

Vitalik氏によれば理論的にはこのような手段で攻撃を受ける可能性は多分にあるとしつつも、現在では以下の理由により表面化していないと述べます。

①発展段階にあるDiFi領域ではまだコミュニティの結束力がある
②VCなどの大量所有者はプロジェクトとの長期的な関係の構築を優先するためこのような選択は取らない
③レンディングプラットフォームは未成熟であり流動性も低いためこのような攻撃に利用される可能性は低い

ただ、これはあくまで現在の状況であり、時間の経過と共に攻撃を受けるリスクが高まると警鐘を鳴らします。

*まさに本記事執筆中に起きた事例ですが、DeFiプラットフォームのLido Financeを管理するLidoDAOにて、資金調達の是非を問うオンチェーン投票で調達先のDragonfly Capitalが自社にとって有利な条件になるよう大量の賛成票を投じた可能性があると報道されています(なお、投票は否決されました)。

また、このような攻撃の他にも顧客資産を預かる取引所がガバナンス投票に関与する可能性があり、実例としてSteamによる敵対的買収の事例が挙げられています。

このようなトークンを用いた投票モデルの抱える課題の解決策としてVitalik氏はガバナンス範囲の縮小、1トークン1票ではなく1人1票の制度、投票者が投票内容に責任を持つようなルールへの変更、を挙げています。

特に1人1票の制度については2022年1月に発表されたSoul Band Tokenの構想とも繋がっており、詳細については次回記事にてご紹介します。

2).少数の参加者によりガバナンスの意思決定がされている

上述のとおり、長期的なエコシステムの発展を目標にする事は内部権力の分散化(あるいは非中央集権化)を如何に設計していくかに繋がり、そのビジョンが多くの人を惹きつける原動力の一部となります。

「分散化」がトークン所有者や所有量を分散するだけでなく、組織の権力構造(ここでは意思決定者としての投票参加者数)を分散したいと考えた場合、トークン所有者に占める投票参加者数を如何に増やすかが課題となります。

DAO分析を行なっているDeepDAOを参照すると、成熟した業界で主要なプロジェクトであっても(オンチェーン/オフチェーンやガバナンス制度の違いこそあれ)ガバナンスホルダーに占める投票参加率は依然として低いと言わざるを得ません。

Uniswap/Aaveにおけるトークン保有者数と平均の投票参加者数

Delegationと報酬制度はガバナンスにメリットをもたらすのか?

投票の委任を採用しているプロジェクトとして有名なMakerDAOでは、Delegation=委任を受けるアカウントが登録制で(比較的)身元がはっきりしている認証委任モデルと、匿名委任モデルの二つから選択できます。

ですが、まだまだ一般ユーザーへの委任の浸透はされているとは言い難い状況です。

#831投票においては匿名モデル(Shadow Delegate)が最大の投票者となりましたが、実際にこのアカウントへ投票の委任をしたのは2アカウントに過ぎず、そのうちの大半が1アカウントからの委任です。
つまりある大量所有者が、Shadow Delegateを利用して投票しただけ、とも言えます。

また、この投票での登録・匿名の両モデル合計の委任数は145件であり、トークン保有ウォレット数が約9万件であることを見ても、まだまだ投票の委任が普及するには時間がかかりそうです。

#831におけるアカウント別の投票量
#831の投票に参加した委任の件数と金額($MKR)

続いてガバナンスと報酬について考えましょう。

「コミュニティからガバナンストークンを集めて、どのプロジェクトをリレーチェーンに繋ぐか多数決で決める」というPolkadotのパラチェーンオークション(PLO)はまさにガバナンスであり、「一般ユーザーからプロジェクトがトークンを集める」(実際にはプロジェクトに預けているわけではありませんが)クラウドローンはある種のDelegation、または投票そのものと言えます。

そしてクラウドローンに参加する事で、投票先のプロジェクトがパラチェーンスロットを獲得した場合に預けた資金($DOT、$KSM)に応じて対象のネイティブトークンを受け取れることが大きなインセンティブ(報酬)となっており、クラウドローンは「報酬を前提としたガバナンスモデル」です。

しかし、このモデルではインセンティブが唯一の参加目的となりがちで、参加者は「どのプロジェクトがPolkadotエコシステムに必要か」ではなく「どのプロジェクトが最もROIが高いか」の目線でしか語りません(何を隠そう私もそのうちの一人でした)。

結果的に市場が低迷し、有望なプロジェクトが既にスロットを獲得した今、大きなリターンが期待できないパラチェーンオークションではスロット獲得に必要なDOTは激減しています。
最初にスロットを獲得したMoonbeamは35M DOTを集めましたが、先日スロットを獲得したTotem KAPEXは132K DOTと、Moonbeamの約0.37%となっています。

もちろん、PLO/クラウドローンは様々な観点からの分析が必要です。
マーケティングとして捉えればこれ以上ない効果を挙げていますし、ガバナンスの範疇としてだけ捉えていては大きな見落としがあるでしょう。

しかしその上で、「極度にインセンティブに特化したガバナンスモデルの構築は、参加者の目的がエコシステムの発展ではなく報酬に置き換わってしまう」という主張を明確に体現した事例であると言えます。

Astarのファウンダーである渡辺創太氏の「金銭的なインセンティブは人を狂わせる」という言葉にある通り、ガバナンス報酬はどこまで本来の目的を見失う事なく機能させることが出来るのでしょうか。
PolkadotのGovernance V2ではガバナンス参加へ報酬についても言及しており、この分野についてはドキドキしながらどのような実践が行われるのか、期待しています。

3). 巨大なTreasuryをどう活用するか

ガバナンスをめぐる議論の中に、Treasuryをどのように活用するか?というテーマがあります。

本記事執筆中の7月26日時点で、DeepDAOに登録されている2,245のプロジェクトの持つTreasuryの合計金額は約108億ドルの評価額となっており、未登録のプロジェクトも合わせるとブロックチェーン業界全体で数百億ドルの資産がTreasuryとして保管されていると予想されています。

Treasuryの活用方法は多様です。Grantとして助成金プログラムに利用、トークンの買い戻し、インセンティブ、流動性の提供、万が一の保険として積立、リアルイベントの開催費用… 様々な用途がありますが、共通する最終的な目的は「継続的なエコシステムの発展」です。

しかし、巨大なTreasuryは時に悪用される対象でもあり、上述のLidoDAOでは資金調達先であるはずのVCがトークンのロック解除期間を設ける事なく販売することに大量の賛成票を投じています(VCは短期で利益を得られるが、他ユーザーにとっては大きな売り圧となる)。

この他にも、「エコシステムの発展のため」を錦の御旗として、オンチェーン投票を用いて自己本意にTreasuryを漁る事例が後を立ちません。このような現状を解決するためには以下の二通りの方法が考えられます。

①投票の仕組みを変え、大口の影響力を減らす
②専用の調査機関を設置し、管理権限を持たす

後者は中央集権的であることから開発が進んだプロジェクトが新規に採用する事例は少ないため、前者の工夫をどのような方法で行うか?が今後の注目ポイントとなりそうです。

提案時だけでなく拠出後の分析評価が必要

そしてTrasuryを利用する際ほとんどのプロジェクトで事前に提案が行われますが、使用されたTreasuryの評価レポートを目にする機会は滅多にありません(私のリサーチ力不足も要因の一つです。ご存知の方おられたら教えてください)。
何百万ドルもの資金を利用するために膨大な申請書類が用意されている一方で、その拠出費用が適正なものであったか(会計上の監査、費用対効果、事前目標達成の有無など)の点検・報告が一切なされないことも珍しくはありません。

仮に資金の使い道の全てがオンチェーン上で追跡が出来たとしても、ユーザーがトランザクションを何時間もかけて調べなければ実態が把握できないのであれば、果たしてそこに十分な透明性があると言えるでしょうか。

Yearn FinanceではTreasuryの支出ではないにせよ、四半期毎に財務レポートを公開しており、内部の財務状況に関する情報を公開しています。

今後、このような財務レポートと合わせて、資金拠出した事例毎に分析と報告を行うプロジェクトが現れることを期待します。

保有資産の分散化-ステーブルコイン保有のススメ

大方の場合、Treasuryを占めているのはプロジェクトの独自トークンです。
Messariの定期レポートによれば、主要なDeFi分野の10プロジェクトを調査したところ全てのプロジェクトでTreasuryの7割をネイティブトークンが占め、非ネイティブトークンを全く保有していないプロジェクトも見受けられます。

MessariによるDeFiプロジェクトのTreasuryに占めるネイティブトークン(青)の比率(21年10月)

Treasuryの全てをネイティブトークンで保有することのリスクは明らかで、仮にトークン価格が40%下落すればバランスシートも同じだけ影響を受けます。

ステーブルコイン保有による資産の分散化はボラティリティに対するリスクコントロールに効果的ですが、一方でそのままTreasuryのネイティブトークンをステーブルコインに置き換える事は大きな売り圧につながるため、流動性提供による手数料収入としてステーブルコインを受け取る方法などが提案されています。

<まとめ:ガバナンスの目指すゴール>

ここまで私なりのガバナンスの特徴と課題点を見てきましたが、如何でしたでしょうか。乱筆につきわかりにくい箇所もあったかと思いますが、私はむしろ現在の課題を乗り越える新しいガバナンスの形態が生まれることにワクワクしています。

もちろん、ガバナンスのためにブロックチェーンが作られたわけではありません。

しかし、プロトコルの更新やTreasuryの承認など、ブロックチェーンのプロジェクトにおいてはエコシステム参加者の合意形成を必要とする機会が必ず発生します。その際の意思決定を「エコシステムの長期的な発展」という本来の目的から逸れることなく、非中央集権的に全体の一般意志を結果に反映する方法はどうすればいいのか、その試行錯誤から生まれる新たなガバナンス制度こそがブロックチェーン業界の醍醐味の一つだと言えます。

次回の記事ではそんな試行錯誤を繰り返しているプロジェクトに焦点を当てて、その先進事例をご紹介させて頂きます。

なるべく早く書き上げる予定ですが、本記事が少しでも気に入ってもらえた方はシェア頂けるとやる気が出ますので、何卒!

それでは最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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