「盛る」ということについての思考の整理

今朝、通勤で賑わうビジネス街を走っている人を見て思ったことを。

昨日、テレビドラマ「刑事ゆがみ」を妻と一緒に観ていました。観ていたと言っても、私は数独やらネットニュースチェックやらをしながら観ていましたので、内容は半分くらいしか頭に入っていませんが。
その内容というのは、私と同郷の稲盛いずみさん扮する刑事さんの大学時代の親友が自殺に見せかけて殺されるという、なかなかハードなものでした。最後には、男前浅野忠信さん扮する刑事さんの活躍により、もちろん犯人は逮捕されるのですが、私がピックアップしたいのは、大学時代の親友は、派遣サービスを利用して自分の生活をSNS上で「盛って」いたというところ。
人材派遣の延長で、結婚式や何かのパーティに友人役として派遣するという業態があることは知っていましたが、それが今やSNS上の友人役や恋人役も派遣されちゃう時代になったのですね。なかなか理解しがたいところはありますが、時代なんでしょう。まぁ、作中でもその「盛る」という行為はどちらかと言うと否定的にとらわれていて、まだまだ世間一般には広まっていない業態なのだなと言うことも、若干感じることはできました。

そもそも「盛る」という行為は、否定されるべき行為なのかということに、ちょっと引っかかったので、立ち止まって考えてみます。

私の頭の中の「盛る」は、「実際よりも人により良く見せること」だと思います。では、「実際よりも人により良く見せること」は否定されるべき行為なのか。さて、分解してみましょう。

まず、私の属する業界では、建物の竣工写真。写真やデジタル画像にした時点で、もうそれはリアルではないという論争は面倒くさいので置いておきます。竣工写真というのは、私の経験上、必ずと言っていいほど加工します。明るさ、コントラスト、彩度、ハイライト、回転、ゆがみ補正など様々なツールを利用して、時には2つ以上の画像を合成したりあるはずの物を消したりして、竣工写真とします。もう、カメラマンが立った位置からの視界に入るリアルな画像ではありません。レンズをド広角にすると、いやはや、もう。まぁ、「盛って」いるわけです。
では、逆に「盛って」いない竣工写真というのはどういうものか。レンズを人の視野に合わせて、感度を調整して、画素数を…としていくと、すごいことになります。どれだけすごいかをまとめているページがありました。

やぁ、手間。ページを一読して、まったく「盛って」いない竣工写真というのは到底難しいということが、身にしみました。「盛る」という行為は多少なりとも竣工写真には付き纏うと考えると、わざとらしい宣伝広告画像に対しても、少し優しくなれそうです。
竣工写真は必ず「盛って」いると考えると、世の中から否定されるかどうかというのは、その「程度」が問題となってきそうです。でも、「程度」というのは、共有されている部分が多いものの、個人の経験や知識からくる倫理観に決定されることが大半なので、なかなか難しい問題ですね。私の場合、できるだけ自然に近いものというところで落ち着いてくるのでしょうが、やはりふわっとしています。

結構長くなったので、他の事例を挙げるのはやめておきますが、殆どの事例がこの「程度」というところに行き着きそうです。

「SNS映え」や「リア充」などの言葉が示すように、人に自分の生活や人格、趣味、仕事、対人関係などをより良く見せる、「盛る」という行為は、今や当たり前になっています。日本ではプリクラで爆発的に広まった美肌効果や小顔効果、眼球拡大効果などの写真加工をはじめ、体験型サービスや美術鑑賞のカラ人気、先述した友達派遣サービスなど、「盛る」ことは一般的に広まっています。その「盛る」ことに対する正義は、「盛リスト」たちの倫理観に委ねられています。「盛った」結果を見れば、その「盛リスト」の倫理観を垣間見ることもできるといったところでしょうか。関連して、フランスでは面白いことが始まりましたね。

時代の変化を感じます。「盛る」ということは、今後の人生に根深く付いて回りそうです。

話がどんどん意味不明な方向へ進みそうなので、今日はここで。

今朝、ビジネス街を歩いていると、ランニングしているカップルがいまして、その二人がちょっと有名な喫茶店の前でポーズを取り、スマホで写真を撮っている姿を目にしました。そんな特別なことでは無かったのですが、そのままカップルは走り去ってしまいました。どんな意図があったのかはわかりません。もしかしたら、「ここまで走ったけど、開いて無かった…orz」とSNSにアップしたかもしれません。でももし、「20km走って、ご褒美はココ!」なんてアップしてた日には、あぁ、あぁ、ってなりっます。でも、SNS上だけで見た人は疑いようがありません。「盛って」いてもわからないわけです。それってどうなの?と思ったときに、昨日見ていたドラマと重なる部分があって、備忘録として残しました。

乱文失礼いたしました。

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