リレーの起点を設計する
リレーの起点を設計する

昨夏、設計した「鴨江のボックスプリーツ」という住宅の引渡しをした。独立して初めてとなる新築の案件だったのだけれど、これまで経験した新築設計とは少し違う視点を得たので書き記しておきたい。

縮小時代の共時性

まず、独立してからこれまで、いくつかの空き家のリノベーションに関わってきた。

今回は新築プロジェクトだけれど、クライアントからご連絡を頂いたきっかけは、私たちが進めている空き家改修の取り組み(ヤドカリプロジェクト)だった。結果的に新築になったものの、当初は空き家付きの物件を探すところからご協力が始まっている。

空き家改修の取り組みを通じて私たちが考えている「家は長く住み継がれるべき」という思考に、今回のクライアントも共感して下さっている。設計を進める中で「お子さんが巣立たれたりして世帯構成が大きく変わったあと、家をどう運用するか?」という点も一緒に考え、検討してきた。

数十年後、ご夫婦だけの世帯になって部屋を間貸しするとか、あるいはさらに先、家を手放して別の方に売却されるとき、次に家を使われる方がどのように家に手を加えられるのか、といったことも含めてスタディしている。

設計者が、自分の設計した建築が長く使われるようなものであって欲しいと願うことや、一つの用途に限らず様々な使われ方を想起させるような汎用性のあるプランを思考するのはありふれたことと思う。しかし、こうした視点を共有しうる施主層が出現しているということは、空き家問題など都市が縮小していくのを目の当たりにしている現代ならではの共時性といえるかもしれない。

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竪穴の家の土台から試料片を採取して、何の樹種か分析をしました。

ヒノキなど防蟻性が高いとされる「耐久性区分D1」の樹種であれば長期優良住宅の要件が緩和されるので、静岡文化財研究所で樹種同定してもらったんですが、結果は意外にも広葉樹の「スダジイ」でした。

同研究所によると、静岡県内の遺構から出土する建築材でも広葉樹の事例はあって、弥生中期から後期にかけては、クリやイヌマキの方がヒノキやスギの事例より多いのだそう。弥生後期から律令期までは、スギ・ヒノキが圧倒的で、中世になると、スギ・ヒノキが枯渇してマツが使われ始めるのだそうです。

竪穴の家は昭和32年の建築(築64年)なんですが、戦後で木材需要が逼迫していた時期だったのかも。現代のウッドショックにも近い状況で、スダジイが選ばれたのかな…とか。ただ、シイ属も弥生中期から数は少ないものの連綿と使い続けられているとのことで、なんだかより遠大な歴史の一部に触れたような感覚。笑

同じく分析してもらった金沢の空き家(昭和38年建築)の土台は、ヒノキでした。がんばり坂の家(昭和34年建築)は分析していないけど、新築時の設計図に「ヒノキ」と書いてあったのでヒノキでしょう。地域にもよるのだろうけど、昭和30年代前半が分岐点なのかも。

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昨年10月に、水窪中学校さんからお声がけ頂いて生徒さんたちとお話してきました。 水窪について聞いたことのない浜松以外の方に前フリしておくと、水窪というのは静岡と長野の県境にも接する地域で、浜松駅からだと約70km、クルマで2時間くらいのところにあります。ちなみに70kmがどのくらいかというと、京都だと鴨川デルタから鯖街道通って日本海の小浜までが75kmくらい、東京だと東京駅から奥多摩までが70kmくらいです。 浜松は、平地と山間部の境目に「二俣」という地域があって、住宅改修の現場があったので馴染みがあるのですが、二俣だって僕にとっては「赤電の終点」で十分遠い場所です。その二俣も、浜松駅から20kmくらいで、水窪はその3倍以上遠いわけです。僕にとって水窪がいかに遠いか、ということ。笑 僕自身、これまで水窪には伺ったことがなく、「人口減りまくってる最果ての地」とかそういう印象だったので、正直、どれだけさびれてるのかなあ…などと思っていましたが、実際行ってみたら思いのほか活気があってびっくりしました。商店街も道幅が狭いのが逆に良くて、店も割と開いていたし、通りに出てしゃべっているおばさんとかもいたりして、不思議なことに、二俣とかより活気があるように見えました。浜松の中心部でもああいう感じの商店街はほとんど残っていないと思います。

水窪での学び
水窪での学び

昨年10月に、水窪中学校さんからお声がけ頂いて生徒さんたちとお話してきました。

水窪中学校から見える風景.

水窪について聞いたことのない浜松以外の方に前フリしておくと、水窪というのは静岡と長野の県境にも接する地域で、浜松駅からだと約70km、クルマで2時間くらいのところにあります。ちなみに70kmがどのくらいかというと、京都だと鴨川デルタから鯖街道通って日本海の小浜までが75kmくらい、東京だと東京駅から奥多摩までが70kmくらいです。

浜松は、平地と山間部の境目に「二俣」という地域があって、住宅改修の現場があったので馴染みがあるのですが、二俣だって僕にとっては「赤電の終点」で十分遠い場所です。その二俣も、浜松駅から20kmくらいで、水窪はその3倍以上遠いわけです。僕にとって水窪がいかに遠いか、ということ。笑

僕自身、これまで水窪には伺ったことがなく、「人口減りまくってる最果ての地」とかそういう印象だったので、正直、どれだけさびれてるのかなあ…などと思っていましたが、実際行ってみたら思いのほか活気があってびっくりしました。商店街も道幅が狭いのが逆に良くて、店も割と開いていたし、通りに出てしゃべっているおばさんとかもいたりして、不思議なことに、二俣とかより活気があるように見えました。浜松の中心部でもああいう感じの商店街はほとんど残っていないと思います。

まちはどこから見ても背後に山と霧をたたえ、眼下には川上よろしく巨岩が岸に転がる清流が流れているという、素敵な風景でした。山あいの細長い河岸段丘にできたまちなので、広がっていく余地もなく、一時期人口がすごく増えたにしてはコンパクトな範囲におさまったために、人口や高齢化率の割にはまだ活気が目に見えるのかもしれません。修士で行っていたベトナムのフィールドも含め、これまでに国内外のいくつかの中山間地域を見てきましたが、水窪もそれらとはまた少し違っていて、とても興味深かったです。

僕がお話をさせてもらったのは水窪中学校の2年生8人ですが、みんなとても素直で朗らかでした。僕からの講話のあと、お互いに質問したりして1時間くらい話していたかもしれません。ヤドカリをはじめとする僕の取り組みに興味をもっていろいろ聞いてくれたのも嬉しかったし、水窪での暮らしのことをいろいろ教えてもらって、すごく楽しかったし、学びがありました。

講話が終わったあと、生徒たちのアドバイス通り、スーパー「やまみち」でカツ丼を買って食べ(笑)、民俗資料館に向かいました。資料館の展示は、教育委員会作成のDVDがとてもよくまとまっていて、実物の資料も拝見しながら、水窪の全体像を理解できました。ずっと昔から遠州と信州の交通の要所として栄えていたんですね。都市部への人口流出は気になるところですが、都市と都市をつなぐハブとして水窪はこれからもずっとあり続けるのだろうなと感じます。「浜松の最果て」ではなく、水窪は「水窪」でした。

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7月のことになりますが、素敵な漆の器を手に入れました。

「ワイヲリテ」という屋号で活動されている、漆作家の津田さんの作品です。

ワイヲリテ

https://yworite.com/

津田さんは古材の器を調達し、それに漆を塗ったり手を加えて、新たな命を吹き込んだ食器として製作・販売されています。どれも素晴らしい作品です。

静岡を拠点に活動されている津田さんですが、元々使われていた蔵がシロアリの被害に遭い、オーナーから退居を求められて新たな拠点を探していたところ、当時販売中だった「がんばり坂の家」(ヤドカリプロジェクト第一弾)を見つけて下さった…というのが津田さんと僕の出会いのきっかけです。

当時は、住居兼工房兼ショールームとしてがんばり坂の家を借りられないか、というご相談でした。元々、住宅としての販売を想定していたがんばり坂の家ですが、津田さんのように素晴らしい作家さんに使って頂けるのであればと、賃貸も検討しました。

結局、津田さんが利用されている事業融資の条件的に、静岡市内で別の場所を探し直されることになったのですが、作品の風合いも好みだし、何より「古材に手を加えて新たな価値をつくる」という作風に強く共感し、いつか津田さんの食器を買って使いたいと思っていました。

今回購入したのはお椀と蕎麦猪口、平皿です。

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「竪穴の家」のキッチンを使って下さる、飲食系の店子さんを募集します。

僕らとともに、これからの住宅街に必要になる、ありうべき近隣関係を考えてつくる、行動して下さる「仲間」を待っています。(物件条件は文末に掲載しました)

物件は、浜松駅から2kmほどにある、古くからの住宅街「鴨江」にあります。

歴史ある住宅街よろしく周囲の道路は狭く、物件は幅2~2.7mの路地の突き当たりにあり、来客用の駐車場はありません。

商業地域のように多くの人が出歩いているわけでもなく、「たまたま入ってくるお客さん」は多くないはずです。

そもそも住宅街なので、ドヤドヤと不特定多数が出入りすることを期待しているわけではなく、むしろその逆で、落ち着いた環境をそのまま引き受けてくれるようなお店のあり方が良いと思っています。

一見、お店をやるには魅力のなさそうな物件に思われるかもしれません。しかしこれこそが、地方都市の優位性を活かす持続可能な商いに繋がると思っています。

東京から浜松に戻ってまもなく4年半が経ちますが、「人の少ない地方都市でしか見えてこない視点」が得られたような気がしています。

東京では、少し面白いことをすればすぐに人が集まります。映えるインスタを上げてバズることが成功のように思われることもあるかもしれません。

しかし、表面的な部分しか評価されない事業は、いっとき人が集まっても、話題はすぐに消費されてしまいます。真新しさだけが評価された事業が、真新しさを失って生き長らえることはできません。「バズる」ことで、事業の本当の価値が見えづらくなり、評価が歪んでしまうのだと思います。

地方都市は大都市よりも人が少なく集客が難しいです。しかし、だからこそ、そこで受け入れられればコンテンツとしての寿命は大都市のそれより長く、持続可能な商いになりうるのではないかと思います。

人が少ないことがそのまま事業の持続可能性に繋がると思っています。地方都市の住宅街での実践は、それを推し進めたものになると思います。

新しいモノや話題ではなく人に対してお金を支払ってもらえるような商い、信頼への対価によって成り立つような商いを、一緒に目指せたらと思います。

場所を探されている飲食業の方だけでなく、いまはフリーだけど僕らの取り組みやこうした条件にご興味のある方は、ぜひお声がけ下さい。

【物件概要】
http://www.region-studies.co.jp/yadokari/YADOKARI02_DATA-SHEET_210331.pdf

住所:浜松市中区鴨江4–19–40(浜松西小学校から徒歩2分)
建築:築64年、延床面積102㎡の木造2階建を活用したシェアオフィス
設備:電気・水道・トイレあり。ガス引込済み(給湯器未設置)
貸出対象:1階のキッチン(7畳弱)
※客席は土間等に可搬机を出して利用頂く想定です。

月額賃料:キッチン=22,000円、可搬机=1つ5,000円(応相談)
※導入される厨房機器のうちシェアメイトと共用できるものは半額負担することを考えています。(要相談)

シェアメイト:
・REGION STUDIES(弊社。建築設計事務所。2階に常駐)
・futa design(デザイン事務所。2階に常駐)
・Hygge Femina(ヨガ教室。基本的に週1の時間貸し)
※毎週水曜午前に土間全面をヨガ教室で使うので、その間は机を下げて頂く必要があります。

【案内図】
http://www.region-studies.co.jp/about/map_detail_210330.pdf

【連絡先】
白坂隆之介
090–6242–0292
shirasaka[アットマーク]region-studies.co.jp

奥に見えているのがキッチン

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ヤドカリプロジェクトの収支を振り返りつつ、金融機関と建築や地域の関わりについて考えています。

少し長いですが、経営や建築をやっている全ての人に読んでほしくて書きました。長々と読んでくださったら、ありかとうございます。

下のグラフは、ヤドカリ第一弾「がんばり坂の家」の収支を視覚化したものです。

支出に対する収入は122.7%となっていて、改修関連の補助金による後押しにまだ助けられてはいるものの、当初目標の「利益率25%」に近いところまで来ています。

一方で、たった数%の差とはいえ、22.7%と25%では1割近い差があるとも言えます。(設計料が工事費の10%と11%では、設計者にとって大違いなのと同じ)

この差の要因として、当初予算に計上しそびれていた売却時の仲介手数料と融資関連コストがあります。

古橋さんの仲介のおかげで素晴らしい買主さんに引き継げたので、仲介手数料が有意義なコストであることは疑う余地がありません。

一方で融資については、「キャッシュが手元にあるなら次は融資使わない方がいいかな」とも思いました。

ただ、いまはやはり金融機関と協力して進める方が良いのかも、とも思っています。

今回、売却にあたって気づいたことがあります。

ヤドカリプロジェクトのゴールは「買い手がつくこと」だと思っていたんですが、必ずしもそうではないということ。

こちらが設定した売値で「買いたい」という人が現れればゴールだと思っていたんですが、住宅ローンを使うケースでは金融機関が決定権を握っているわけで、しかもそういうケースが大半と思われます。

噛み砕いて言うと。

住宅ローンを組めるか金融機関が判断するにあたって、物件の担保価値が評価されます。僕が設定した売値よりも金融機関の評価が低ければ、ローンは組めず「売れない」となります。

そして、金融機関が評価する担保価値とは、万が一の際にその物件を処分して債権回収できるかどうかであって、即ち「売りやすいかどうか」。

たった一組の買い手の心に響けば良いと思って自由に設計したプランも、「ワンルームだからファミリーに売れない」だの「変な間取り」だの言われて評価が下がる…

極端に言えばそういうことで、金融機関に理解がなければ実際にそうなりかねません。

ヤドカリプロジェクトをビジネスコンテストで最優秀に選んでくれた某信金さんでさえ、「中古住宅は改修しても高値をつけるのが難しい」などと言う始末。そこを変えていこうというところを評価して最優秀をくれたはずなんですが?苦笑

そうおっしゃったのは新たに異動してこられた支店長でしたが、大抵の方はその程度の認識なんだろうなと思いました。

ふざけんな二度と融資なんか使わんわと思いつつ、でもここを変えていかないと始まらないのかもとも今は思います。

たぶんこれはヤドカリの話だけでなく、建築や都市に対するあらゆる投資、さらに言えば、融資を必要とするあらゆる事業に同じことが言えるはずです。

都市形成の小さくない比重を金融機関の判断が担っているのだとすれば、金融機関の理解なくしてよいまちが作れるはずがありません。

問題は、誰が「金融機関の理解を育むことができるのか」。

建築家や大学教授がいくら説いても、理解のない土地柄の金融機関にとっては馬の耳に念仏でしょう。お金を借りてくれない人は、彼らにとってステークホルダーではないのだから。

翻ってこれこそが、建築家が投資するヤドカリプロジェクトの本当の意義のように思えてきました。

投資して、お金を回して、信頼を高めることで、金融機関の理解を育み協力して、まちのベクトルを変えていく、そういうことに興味が向いてきました。

…浜松を牛耳るっていうのは、そういうことだと思うんだよな。

一歩も引く気はねーぜ。
(by 流川楓@豊玉戦)

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先日、日経BPさんに取材して頂いたときのウェブ記事が公開されました。

シリーズ・空き家問題に挑む(1) 建築家自ら「空き家改修→住み継ぎ」を実践する「ヤドカリプロジェクト」
https://project.nikkeibp.co.jp/hitomachi/atcl/study/00061/

掲載して頂いた「ひとまち結び」というサイトは、人とまちが関わりながら課題を解決していく取り組みを紹介するウェブメディア、だそうです。

買主さんへのインタビューが掲載されるのはこれが初めてとなります。ご興味あるかたはご高覧下さい。

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ヤドカリプロジェクト第1弾「がんばり坂の家」は、3月2日に無事、買主さんへの引き渡しが完了しました。

買主さん要望のリフォームや自己負担の修繕工事の手配、瑕疵保険の手続き、3年前から終わっていなかったDIYの仕上げ、そして自分の引っ越しなど、通常業務と並行してなのでかなりバタバタでしたが、ようやく振り返る時間がとれるようになってきました。

3月25日には日経BPさんの取材がありました。ヤドカリ第2弾「竪穴の家」で自分がインタビューを受けたあと、がんばり坂の家に移動して買主さんへの取材にも同行させて頂き、改めてお話を伺うことができました。

買主さんの奥さんが、僕も非常勤で勤めている静岡文化芸術大のご出身の建築士なんですが、僕たち以上にきれいに暮らされていてとても嬉しかったです。

当然、建築について分かり合える部分が多く、そういう方に選んで頂けたのも本当に幸せです。取材の中でもがんばり坂の家に対する愛着を率直な言葉で語って下さって、なんだか照れました。笑

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Ryunosuke SHIRASAKA

Ryunosuke SHIRASAKA

株式会社リージョン・スタディーズ代表取締役/一級建築士