自分と自分の中のハンディ
なんだ。自分のハンディキャップって。
まず初めに思いついたのは研究会の中で普段から感じる言語による障害だ。僕はうまく英語が話せない。聞けない。同じ教育を受けているはずなのに、、、そんな劣等感を感じることもある。自分がサボっていただけだと思うし、それに対して後悔している。
というのはあまり面白くないと思ったので違う内容にする。
自分らしさとそれが障害になったときについて考える。
自分らしさとは相手が誰であれ、自分が正しいと思う意見を伝えることだと感じている。相手が自身を納得させてくれる意見が出てこないと自分の意見に強く固執してしまう。これはいいところでもあり、自身のハンディになっているときもあると最近感じることが多々ある。
アルバイトをしているとき、業務の中で効率をよくしようと考えたことを社員や10年以上働く先輩に投げかけた。相手にとってはいつもやっていることを否定されたように感じたらしい。(もちろん、やり方が間違っていると思う人もいる)しかし、自分は店舗の改善に努め、自分も含め全員が働きやすい環境を生み、お客さんにも良い体験をしてもらいたいと考えたからこそ、その提案をした。言い方が強い問題も含まれてはいるが、自分が強く主張し、良いと思った意見に固執してしまうことがかえってトラブルを生んでしまった。
仲の良い友人とも自身の振る舞いや伝え方で喧嘩をすることがある。相手の意見が自身の中で納得できる範囲を超えていることや納得のいく説明がなされないとき、相手の意見よりも自分の意見を優先しようと、強く主張してしまう。そうなると友人との関係が悪くなるという負の連鎖が起きてしまう。
今回、これを書いて自分が感じることは多くの人が自分を持っていて、時にその自分はハンディになることがあるのではないかと思う。自分とは反対で他者に合わせ、意見を聞くことができる人は、自身の意見を主張できないというハンディがあると考える。
そんなことを書いていて思いました。
遅くなって大変申し訳ありません。