なぜ、いま暗号通貨なのか(後編)

自分が暗号通貨とブロックチェーンにのめりこんでいったはじまりは、2017年11月、ハワイから帰る途中の飛行機内で「デジタル・ゴールド」を読んだのがきっかけだった。

2009年にビットコインが登場し、今に至るまでオルトコインという様々な暗号通貨も生まれる中で、多くの事件も起き、批評が繰り返されている。ビットコインが登場した当初は見向きもされず、その価値がゼロ円だったものが、2010年5月にビットコインと引き換えにピザが届けられるという初めて現実世界で利用され、2011年2月には10ドルになり、2013年には100ドルを突破した。2014年2月にマウント・ゴックス事件が起きてから低迷はするものの、2017年12月に最高値を更新。かと、思いきや2018年1月に日本のコインチェックからのNEM流出事件が発生して以後、オルトコインの流出事故が何件も発生し、金融庁による仮想通貨業界への規制は厳しさを増している。

その性質の中でも一番特筆すべきと思うのは、誰か一人の管理者や管理主体が管理するトラステッドサードパーティ型のサービスではなく、そのネットワークに参加することで得られるインセンティブを原動力とし、ユーザー同士で分散的にそのネットワークを管理、維持していく分散型である点。インターネットさえあれば、誰でもそのネットワークを利用して送金することができ、またノードやマイナーとして検証や通貨発行のプロセスに参加することもできる(マイナーになるにはハッシュパワーをかけられるマシンや設備が必要だと思うが)。

ネットワークに参加するノードが、送金のためのやり取りのデータの集合体であるトランザクションを検証し、トランザクションをブロックにまとめて集積する際に、最後に集積インセンティブの仕組みであるProof Of Workという電力量のかかる計算、作業証明を行ってその結果得られたnonce(ナンス)を付与し、ピア・ツー・ピアのオープンなネットワークに伝播していく。受け取ったノードは検証し、隣接ノードに伝播し、自分のブロックチェーンの台帳に追加する。そうして合意形成を取りながら、ブロックが積みあがっていく。

ユーザー側の送金トランザクションの流れも少し触れておくと、トランザクションには公開鍵・秘密鍵暗号が用いられており、その鍵ペアはウォレットを作成する際に生成される。そして、送金の際に使用する送金相手の宛先であるパブリックアドレスは、公開鍵から生成される。AliceのウォレットからBobのウォレットに送金をすると仮定して、その場合のトランザクションデータにはインプット(送金元の資金)とアウトプット(送り先)が含まれる。送金元のAliceが、送り先のBobのパブリックアドレスと金額を指定し送信すれば、あとは送り先のBobの秘密鍵の署名によって価値が移転される。

この時、Bobのパブリックアドレスに対応している秘密鍵で署名をすることが価値移転の条件で、つまりBobだけが、Aliceの秘密鍵によってLockされている価値をUnlock(解除)して受け取ることができる。

そうして積みあがったブロックチェーンは、改ざんができない。署名なしにビットコインを使うことや、送り先やその金額を書き換えることはできない。ただ最近起こった51%攻撃は改ざんというよりは、ブロックチェーンの性質を利用したものであり、大きなハッシュパワーをかけて、もともとのチェーンよりも長いブロックチェーンを作ることができれば、承認済のブロックを覆し無効化することができ、それまでの送金や、引き出した金額を無かったことにするいわゆる二重取り(ダブル・スペンド)が成立してしまう、というものと理解している。

ただそういった事件があったとしても、やはり暗号通貨とブロックチェーンが、発展することを願ってやまない。

ソースコードが公開されており、誰もが世界中で台帳を閲覧することができ、記録することができ、時間や距離を問わず、どれだけの少額であっても価値移転が可能で、ユーザー同士で維持運用できるオープンなプラットフォームが、始まった時から多くのユーザーを惹きつけ、業界にかなりの参入者を獲得していることは事実だし、セキュリティ面含め、様々な課題があったとしても、そこに希望を感じる。

別にリバタリアンだとか、無政府主義を掲げるわけではない。ここで前編の話を引き合いに出すが、政府や日銀によるコントロールや景気刺激策は重要だと思うし、日々の銀行のサービスだって無くなってしまったら実際の生活に支障は色々起きてしまうわけで、金融機関を含め、公的なサービスのものに守られてはいることは確か。

ただ、それらを無制限に信じ、頼り、既存のシステムを疑わずに生きることは、勿体ないように思う。既存のシステムがあるからそれを頼りに生きればいい、安定してさえいればいいという前例主義、事なかれ主義、寄らば大樹的な志向では何も生まれないし、進化は止まってしまい、人の思考は停止するし、未来は見えない。そういった空気感が、これまでの日本のデフレと社会的閉塞感の原因の一つのように思ってしまうのは、言い過ぎだろうか。

ビットコインの台頭は、今までの常識をひっくり返すような、様々な論点を社会、そして業界に投げかけ、多くの挑戦者たちによるビジネスが登場してきている。

なぜ通貨は存在するのか?既存の金融機関のシステムって何なのか?ビットコインは投機の手段に過ぎず、通貨たりえないのではないか?それならば暗号通貨に意味はあるのか?決済に利用することは可能なのか?契約であるスマートコントラクトを載せたらどうなるのか?法定通貨とのペッグは可能なのか?取引所を分散化できないのか・・・等々。

次回以降は、そういった暗号通貨とブロックチェーンとそれを取り巻く社会の中で、暗号通貨は、デジタル通貨になりえるか?といった点について、色々な面から考察してみたい。

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参考文献:

貨幣の「新」世界史 ハンムラビ法典からビットコインまで カビール・セガール

中央銀行が終わる日―ビットコインと通貨の未来― 岩村充

デジタル・ゴールド ――ビットコイン、その知られざる物語 ナサニエル・ホッパー

ビットコインとブロックチェーン アンドレアス・M・アントノプロス

ビットコインはどのようにして動いているのか 大石哲之

ブロックチェーンアプリケーション開発の教科書(リフロー版)加嵜長門、篠原航

以上