暗号通貨とそれらが織りなす経済圏について⑪

さて、ステーブルコインってなんぞや?というところを見てきたわけなのですが、それらって何の役に立つのでしょう。

価格が安定しないと、決済に利用されない。これはよく言われていることですね。昨日持っていたコインが今日は上がった、下がったを気にしていたら、それを経由して仮にお給料の支払いを受けたいかと言われると迷いますし、変動性が少ないからこそ、人は安心してそれを通貨として使いたいと思うのではないでしょうか。

今、岩井克人氏の貨幣論を読んでいますが、通貨が通貨たりえるのは、通貨として利用されるから以外にほかならないとあって、すべての商品との交換可能性を与えられているからこそ、貨幣は、すべての商品との交換可能性を持つというのは、何だか堂々巡り、循環論法な感じがして気持ち悪い感じもしつつ、「それはそうだな」と非常に強い腹落ち感を抱きます。

いつでも、誰でも、物々交換をしなくとも、Aさんが持っているパンとBさんが持っているワインを直接交換する、要求の二重の一致が解消できなくとも、貨幣がいつでも、その媒介としての役目を果たす限り、誰もが保持しておきたくなる、価値の保存の手段として使用される(これを流動性選好というそうです)。

そうすると、貨幣は、その流動性の高さから、まるで貨幣自体がコモディティー=商品=Cであるかのように扱われるようになったというのです。面白いですね。

ステーブルコインについても、それと同じように、どこでも媒介として欲される、保持することでいつでも交換できると思う、流動性を確保するものとして、期待がされているわけですよね。

それが、暗号通貨によって成し遂げられる必要があるのか?については、改めて立ち戻ると、考えるところが多いです。

例えば、銀行であるMUFGがMUFGコインを発行すれば、それはもはやステーブルコインとしてデジタル通貨としてのポジションを占めるかもしれませんし、ただ、それが本当に暗号通貨といえるのか?というのは分かりません。

なぜならば、法定通貨建ての暗号通貨は、今の改正資金決済法上では、暗号通貨、いや、仮想通貨に該当しないとされているからです。

それであれば、上記コインは、法定通貨とほぼ変わらない、ただJPYをデジタル化したもの、ということになりますね。法律上の扱い含め、領域としては、今の銀行の既存のビジネスとそう変わらないようにも見えます。それでも意義があるのかもしれませんが、逆に、暗号通貨どこいった?という風にも思います。

法定通貨であったとしても、ブロックチェーン上でやり取りできるのであれば、ステーブルコインは存在する価値があるのでしょうか。それとも、やはりオープンな、パブリックなブロックチェーン上でやり取りされる暗号通貨であるからこそ、価値があるのでしょうか。ここについては結構人によって価値観が分かれるように思います。

単に、法定通貨をキャッシュレス化すればよい話では?という声も聞こえてきますし、実際政府はそうしようとしているのかもしれませんが、それでは、このビットコインとブロックチェーンという、古いけれど新しい暗号技術の組み合わせを、何ら活かせていない、何のイノベーションも起こせていないと思ってしまうのですよね。ただ今の規制の動きを見ていると、どうもそっちに行こうとしている気がしてならない。

であれば、暗号通貨とブロックチェーンを活かし、実経済と結びつけ、かつユーザーにも利便性の観点で受け入れられる取り組みを、色々な形で起こしていくことが重要で、試し続ける以外にはないのではないか、そう思います。

次回は、もう少しその具体的なやり方(事例含め)を見ていきたいと思います。

ありがとうございました。