ジュアカリが作り上げる、家具通り『ウルマ』~インフォーマル地域における経済圏の中身とは~

最近ケニアではあちこちでスーパーマーケットが開店し、大型店舗では家具が販売されている。ナイロビにある空港近くには中国から輸入した家具を販売する店舗もあり、富裕層向けにはヨーロッパから持ち込まれた家具が高級ショッピングモールで売られている。人口増と比例してケニアでは家具需要が順調に伸びており、好調な市場の一つだ。しかし、ケニア庶民にとってきちんとしたお店で家具を購入することはかなりハードルが高く、その代わり路上にある店舗から購入することが一般的だ。インフォーマルセクターの職人が手作りした家具は安価でそれなりに頑丈であるため、中間層でも路上店舗から家具を購入する者が多い。

ナイロビにはいくつか家具工房が集まるエリアがあるが、その中でも有名なのがウルマ(Huruma)だ。ウルマは半スラム(主にインフォーマルセクターの経済地域で、キベラやマザレなどの典型的なスラムではないが中間層地域でもない場所)で、ここで作られた家具はナイロビだけではなくケニア中で販売されている。インフォーマル経済を作り上げる職人とそこから成り立つ経済圏を取材した。

ナイロビの家具通り、ウルマ

ウルマはナイロビ中心街から東に6Kmほど、ソマリア人が多く居住することで知られているイースリーに隣接した地域だ。ウルマではあちこちで家具を展示する店や工房が立ち並び、ストリート一面が家具で盛り付けになっている場所もある。そこではジュアカリがハンマーや釘、布や木材を片手に家具作りに励んでいる。ジュアカリとはスワヒリ語で「熱い太陽」を意味し、主に製造業のインフォーマルセクターに従事する日雇い労働者や職人のことを指す。ジュアカリは製造業を底辺から支える存在として重要な役割を担っており、フォーマルセクターの雇用が限られているケニアでは若者の受け皿となっている。しかし、多くの場合政府からの支援や認可とは無縁で、社会的地位も高いとはいえない。

ぺニナさんはウルマで洋服ダンス、テーブル、靴棚、ベッド等の家具を売っている。それらの家具はナイロビ市内の顧客やケニア各地の家具小売業者に販売し、マンデラやワジール、ナクル、キスムといった地域でもウルマ産家具が販売されている。

「休日や週末、月末は稼ぎ時ですね。日にもよりますが、一日で800シリングから4000シリングを稼げます。私にとってウルマは大切な場所で、日雇いの家具職人や小売りを通して多くの雇用を作っているんじゃないかと思います」

ぺニナ氏は商品が必要なときは自ら工場(こうば)にいき、家具作りの仕事も行う。さらに売り場から購入者の自宅への搬入も行い、いつのまにかこの商売に関わることは一通りできるようになったという。

ウルマの家具通り。太陽を背負い、ジュアカリが仕事に精を出している。

家具商売を楽しんでいるようにも見えたぺニナ氏だが、むしろ政府や役人の話題になると途端に顔を歪ませる。

「州政府(County Government)の職員が営業許可のため、毎週200シリングを徴収していきます。ただ、私たちが支払ったお金が政府の予算になることはありません。今年も営業ライセンスの更新のため4,500シリングを支払いました。私たちは政府にあれもやれ、これもやれと言っている訳ではありません。ただ、私たちのお金が再投資や補助ローンなど多くのケニア人のために使ってもらえればと願っています」

州政府は公式的な営業ライセンスを配布してるものの、実際には非公式に職員が料金を徴収しているということだ。これらは私的な賄賂であるため、職員のポケットに入ったまま市民やジュアカリに還元されることはない。たとえ政府が保証するライセンスを取得したとしても、実際に営業が始まればあの手この手でこうした出費を免れないことはケニアの常識といってもいい。特にインフォーマルセクターでは、賄賂を求められたり圧力を受ける度合いは激しい。

ウルマの商売事情

ウルマで家具売り場や家具工房のオーナーの多くは副業として家具商売をやっており、別の地域で本業に専念していることがほとんどだ。兄から家具売り場の一つを任されているタワラ氏に話を聞くと、「兄貴はウルマにはいないよ。前まで55,000シリングで売っていたソファーが今では33,000シリングまで値下がりしている。こんな景気じゃ副業が最低でも一つはないと十分に生活できないからね」と教えてくれた。

タワラ氏の工房ではソファーセットに特化し、ジュアカリを雇えるようになった後はギコンバにある市場から材料を仕入れ、製造と販売を行っている。

「他の工房ではやっているところも知っているけど、スーパーに売ろうとしたことはないね。彼らの求める品質が高すぎて、そこまでの家具をウチでは作れないんだよ。それにウルマで作られている家具はだいたい他の工房のデザインをコピー、まあ、パクっている訳だ。スーパーに売るならオリジナルの家具を必要がある。ただ、工房の技術が上がってきたら、将来的にはスーパーから注文を受けることもできると思うよ」

タワラ氏の工房で作るソファセット。中にはクズ布が敷き詰められており、中々快適な座り心地だ。

家具工房で働いているカジ氏に話を聞くと、ジュアカリの収入について打ち明けてくれた。

「働けば働いた分、お金は稼げるものです。運の良い日は一日1,000シリングは稼げます。工房長からは大体一か月で15,000シリング、良い仕事ができたら更に15,000シリングもらえます。ただ、家具の注文が無かったら仕事はないし、使用した機材や必要な素材の使用料と修繕費に結構な金額を支払わければなりませんね」

工場が集まるエリアは状況が良いとは言えず、ジュアカリ達は様々な問題を抱えながら働いている。加工に使う工具の保護カバーがなかったり、賄賂をせびってくる市議会の役員による妨害、炎天下の中での作業、度重なる停電等はやっかいだ。木材加工の際に出る塵(ちり)や粉のせいでのどを痛める職人も少なくない。意外に困るのがトイレだ。元々違法に活動を始めた工房が多く集まっているため公共サービスとは無縁で、数少ないトイレまでは距離が遠く、やすやすといくことができない。それでもジュアカリは「熱い太陽」という意味が示すように、背中を焼きながら、困難に屈することなく仕事に励んでいる。

工房の親方をしているジュリアス氏に話を聞いたのは、ちょうどビジネス街にいる顧客からの注文を受けているときだった。この工房は乳幼児用のベッドを専門にしており、一日3台ほどを作ることができる。

「このビジネスは利益が出しやすいよ。今月には工房だけでなく、売り場の方もやりたいね。従業員以外にもうちでは若者にジュアカリとして訓練を受けさせてるんだ」

家具作りに励む見習いのジュアカリ。

ウルマには家具職人だけではなく、配送を専門にする業者もいる。ジョセフ氏はケニア全土にウルマ産家具を届けている。

「私の仕事はきっちりお客さんに家具を届けることだね。お客さんには積み荷賃と降ろし荷賃を支払ってもらっているよ。ケニアのどこにだって家具を届けているけど、いくつかの地域、例えばコロゴチョスラムなんかには届けていない。誘拐されたら元も子もないからね。6ヵ月前からこの商売をやっているけど、今のところ気に入っているよ。運賃は届け先とお客さんの懐の中身によって決めているかな」

家具配送に行くピックアップトラック。車の背中に山盛りの家具を載せた姿はケニアでは一般的だ。

ジュアカリが作り出す経済圏への期待

ウルマに見られるように、インフォーマルな経済圏では製造、流通、販売を通じてケニア経済に大きく貢献している。海外からの輸入に頼るケニア経済では自国で生産を行っている産業は数えるほどしか存在しておらず、政府が推進する工業化も未だ遠い道のりだ。こうしたインフォーマル分野の産業を政府が支援、協働することによって、工業化への道筋をつく出そうという動きもある。ナイロビにある一部の家具工房では外国人オーナーが参入し、有名なバーや高級ショッピングモールに卸売りをしているところもあるが、残念ながらそれらは一部の例外でしかない。

ケニア庶民の生活を支えるウルマのジュアカリたち。人口増が続くケニアで彼らが担う役割は今後更に大きくなるだろう。灼熱の太陽に背中を焼きながら彼らが作り出す家具が、ケニアの人々の生活を支えている。