識者インタビュー『ミネルヴァの梟』Vol. 1 「高橋基樹」氏~経済学者が見るアフリカ、そしてケニア~

最近ではメディアでアフリカを取り上げる機会が増え、ブログやSNSといった個人レベルでの情報発信も盛んだ。しかし、研究分野で指摘されていることが広く共有されているとは言えず、時に根拠のないアフリカのイメージが広まってしまっている例も散見される。現代アフリカ経済学から見たアフリカ、そしてケニアとはどのような姿なのか。Vol. 1では日本におけるアフリカ経済学研究の第一人者の一人である高橋基樹京都大学大学院教授(神戸大学大学院名誉教授)に現在のアフリカについて尋ねた。

Masashi Hasegawa
9 min readAug 16, 2018

―今回はインタビューを受けていただいてありがとうございます。始めのトピックは、メディア、市場関係者、研究者など、それぞれの立場から見るアフリカ像が大きく異なっていることについてです。同じアフリカを見て違うアフリカ像を認識する場合、アフリカ理解における議論が深まらないのではないかと考えています。私達はどのようにしてアフリカを理解していくべきでしょうか。

それぞれの途上国では前提条件が大きく異なります。経済成長率や外国人が安全に歩けるところだけを見てアフリカが発展していると捉えてしまうことには注意が必要です。経済成長を通じて所得水準が上がり、同時に貧困削減も進んでいき、援助など外部の要因に依存する割合を減らすことを持続的な発展とするならば、より社会を注意深く観察することが必要になります。自らが関わるビジネスだけに注目すれば、その分野のフォーマル市場だけを見ればいいし、そこに意味が無い訳ではありません。しかし、対象がアフリカの発展ということであれば、オフィスだけではなく、人々が日常的的に働いている場や路上のモノづくりの現場、スラムや農村まで見て何が言えるかということが重要ではないでしょうか。

難しいのは、アフリカの多くの政府できちんとしたデータを取る能力がまだまだ足りないため、数字だけを見ても実像が分からないということです。そのため、経済学者にも人類学者のようにフィールドワークを行い、現場をその目で観察する必要があります。

京都大学大学院の高橋基樹教授。国際開発学会の会長も歴任されている。

―その部分については、特にアフリカだから必要になるということが言えるでしょうか。

そう思います。アフリカはアジアよりも歴史的に統治機構が(植民地化にみられるように)外から植え付けられた面が強い。アジアでは数百年も続く王国を外国が丸ごと上から植民地化した訳ですよね。そこでは政府(統治機構)が徴税を行い、国をコントロールしてきた経験と歴史があるし、人々は税金を払うという感覚を知っている。植民地化しても、元々そこにあった秩序を壊すことはできなかった。しかし、アフリカの場合では国単位で統治機構や秩序があったわけではなく、ヨーロッパ諸国により無理やり『国』としてまとめられた。そのため政府が国民を補足(把握)する能力が小さいということは(研究領域で)多く指摘されてきたことです。こうした歴史的前提の違いは今でもアフリカを理解する上でポイントになると思います。

―今でも日本の一部メディアでは「中間層が増加し、これから更にアフリカが発展していく」という意見が見られます。研究者としてはその意見に対してどのように思われますか。

国によって異なると思いますが、アフリカ中間層が人口に占める割合は大きくなっていません。ただ、絶対数は大きくなっているため、スーパーマーケットやショッピングモールが成り立つための規模は確保されている面があると思います。しかし、アフリカ開発銀行の統計で指摘していることは、中間層と貧困層の間にいる浮動層の人口が増加しているということで、アフリカが一度不況に陥ればそうした人々は一気に貧困層に転落する可能性が高い。現在のアフリカで(人口割合として)多くの人々が貧困層から抜け出しているかというと非常に疑問です。

―アフリカの人々が貧困から脱却し、中間層、この文脈では企業にとっての購買者層(消費者層)が増加していると捉えるのはまだ早計なのではないかと感じます。

何を売るかで全く異なると思います。2、30年前と比べればビジネスチャンスが広がっているのは間違いありません。例えば中古車販売が増加していますし、一部の人々は新車を購入している。絶対数としてこうした購買者数が増えていることは事実ですが、そこに格差が存在していることを忘れてはならない。取り扱っている商品を購買する人々の「層」という話であれば、注意深く考察する必要があります。

―実際にアフリカの現場を歩き、取材や情報発信を行うメディアが未だ少ない。日本でアフリカに対する関心を持つ人が増えている一方で、情報供給側の量と質の問題があります。こうした構造的な問題をどう思われますか。

近年日本でアフリカ熱が高まっていることは歓迎しています。青年海外協力隊経験者や若者の間でアフリカで起業する流れは以前は見られなかった。アフリカへの関心が大きくなっているのは嬉しいことですね。ただ、現実のアフリカを理解する上ではいくつか注意点があります。商業用ビルが建っていて、ショッピングモールもあるなんて、未だに多くの日本人は信じないかもしれない。そういった部分を見ると、「おお、とても発展している」と思う方もいるでしょうね。

しかし、私達(研究者)の立場から気を付けなければならないのは、産業構造がどうなっているかですよね。例を挙げるとサービス産業です。サービス産業には大きく分けて二つ特徴がある。一つは、観光を別として、サービス産業で外貨を稼ぐことは基本的にはできないということです。もう一つは、モールに店舗を持てば直ぐに現金が入ってきますが、製造業は懐妊期間(経済学用語、事業を始めてから現金を稼ぐまでの期間)が長い。そして、アフリカは製造業においてその懐妊期間をある意味で避けてきている。つまり、製造業に投資して、中国企業製品などの輸入に対抗できるだけの体制を作れているかどうかといえば、それはできてないということです。1980年代後半から興ってきた東南アジアの成長とは相当質が違うんですね。

アフリカでいえば、高度成長の中で製造業が占める比率が下がってきています。これは東アジアの奇跡と呼ばれた、韓国から始まり、その後東南アジアや中国に拡大した工業化のプロセスとは全く異なります。むしろ、それらアジアの工業化の影響を受けて『脱工業化』が起こり、工業が相対的に後退している。そうした背景を理解せずにアフリカで持続的な発展が進んでいるという主張は間違っていると思います。

―大手企業の支社長や国連援助機関のケニア支部代表などの主張を要約すると、「もっと投資を、もっと工業化を」というものが多い。しかし、アジア型発展の延長線上にアフリカ型発展があるとは思えません。アフリカではどのような発展が望まれているのでしょうか。

今すぐには難しい、ということですね。もっと前提条件がそろわないといけないのではないかと思います。1980年代までの東南アジアに対する日本人のイメージには、疫病が多くすぐに人が死んでしまう、労働者もあまり働かないというものではないかと思います。しかし、これは間違っています。その頃には予防接種がかなり普及していたし、労働力の質が良くなって健康な人が多くなっていた。もっと大事なことは、人口の大多数である若者がしっかりした教育をちゃんと受けられる環境をつくらなければならないことです。アフリカではどうか。田舎の教育レベルは高いとはいえないし、教師の勤勉さ、ストライキで学校に来ないといった問題もあります。増加する子どもの数に学校が追い付かず、机の上でノートを取るスペースすらない、あるいはノートや教科書自体持っていないことも多い。こうした環境が整わないと、きちんと教育を受けた質の高い労働力が生まれない。そうした労働力がないと、工場で生産を行うことも難しくなる。

アフリカ産業について語る高橋教授(右)。左は筆者。

―高橋先生が初めてケニアに来てからを振り返ると、今のケニアはどのように映りますか

私が初めてケニアに来た1980年はクーデターで政治が荒れる前でした。そのときは若くて可能性にあふれる国と感じました。その後は民主化で衝突が起こり、町も汚くなり、抱いていた期待とはかけ離れたものになってしまった。当時はアフリカの一部の役所では公共料金が支払えず、機能不全に陥っていたところもあると聞きました。高度成長が始まる前の1990年代では新しいビルが次々に建つということもなかったし、暗い時代だったといえます。

―その後2000年代に入ってケニアで高度成長が始まります。今のケニアを高橋先生はどのように見ているのでしょうか。

お金が大量に流れ込んでくることは悪いことではないですよね。ただ別に構造的な問題があって、やはり工業化の進展が進んでいないということです。インフォーマルな部分の製造業では活発になっているところもありますが、フォーマルな部分では高い賃金もあって製造業が伸びておらず、工業化が後退している側面がある。それを補う形でサービス業が成長しているし、一次産品価格の高騰でお金が流れ込んでくる。しかし、それがどれだけトリクルダウンするか、人々に広く分配されているかが問題です。アフリカの人々には活力があって、もし秩序立てられて一つの方向に集中するならば状況を変えられると期待していますが、実際にはそうした方向には向かってはいないですよね。

一つの問題としては、行政がきちんと機能していない。公共サービスがきちんと提供されているならば、市民は納税の義務がある。ここで必要なことは確実に徴税を行い、それが透明な制度の下で市民に還元されることです。しかし、ケニアの場合は歴史的に一部の民族や階級の人間に集中的に公共サービスが提供されてきた。こうした現状を乗り越え、一般大衆の人々に分け隔てなく徴税と公共サービスを行う体制を作り上げることが国全体の発展のために必要なことだと思います。

―発展の恩恵を多くの人に広げていかなければならない、ということですね。本日はインタビューを受けていただいてありがとうございました。

こちらこそ、ありがとうございました。

筆者:長谷川 将士

記事作成:㈱グラスルーツウォーカーズ

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