教会時代に見聞きしてた事

腐敗と暗黒に満ちている世界

僕もかつて教会にいた。キリスト教”界”なるものの中にもいた。そこで僕は多くの物事を見聞きし、そして多くのショックを受けた。

その原因を僕は知っている。全てはカトリックに遡る。そしてそこから派生して、数え切れないほどの問題を引き起こしている。

主イエスが命じられた事、これに土台を築くなら、その家は堅く立つだろう、だがキリスト教は、カトリックを礎にしている。これはその上に家を建てるものを皆倒壊させるサタンの石だ。

まず第一に、多くの教会は真実の福音を持っていない。つまり、ただの生まれながらの未信者と霊的には全く同じ状態である人が信徒にも、挙句には牧師にも大量にいる。これでは何も前に進まないし、どんな事が起きてもおかしくはないだろう。

第二に、たとえ悔い改めて心が生まれ変わる体験をした真実な信者であったとしても、水のバプテスマを欠いていたり、神の霊が注がれていなかったりする。これには重大な問題があり、それは僕が七年近い霊的な暗黒を通して体験した事だった。

水のバプテスマの意味は様々にあるかもしれないが、そのうちの強力な一つは、「罪からの解放」だ。この力を水のバプテスマが持っている事に気付いている信者は、どれくらいだろうか。The Last Reformationを知ってる人以外だと、ほぼいないんじゃないだろうか。

次に、神の霊の注がれる事。これもなしでは言うなれば人々が新約時代と呼ぶ、主イエスの契約の意味も力も大幅に崩されてしまう。全ての信者が神の霊を受けた状態でいる事、これこそ主イエスの契約のうちにいる信者たちの圧倒的特徴なんだから。

つまり、根本となる福音の基礎が欠けてる。これだと立ち行かない。

それだけでもない。多くの教会は神の霊を失ってる。つまりただの空虚な宗教的儀式を行う組織と建物になってる。こんなものは死体のようなもので、腐敗臭を放ってしかるべきものだ。

そして、教会制度、そもそもこれ自体が主イエスの命じられたことによるのではなく、カトリックを土台とする明白な「付け加え」だ。そもそもの土台に問題があるから、上手く行く訳が無い。

そもそも、神は教会のうちに住まうことを望んでおられない。聖徒たちのうちに、またそのエクレシアのうちに住まう事を望んでおられる。なので、神を呼び求めても、そして実際に来られても、彼は教会を出ることを望んでおられるのだから、うまくいくはずがない。教会から出ていく事になるか、妥協して神の霊を失うか、二択になる。

教会制度は単なる付け加え、と言うだけじゃなく重大な霊的欠陥を持ったシステムだけど、その話はまた別にするとして、どちらにせよ主イエスの命じられた事ではないものを土台にし、中心に、そしてそこを死に物狂いで守り維持しようとしてる。これだと立ち行かない。立ちゆくわけが無い。

これらの根本的な原因を基にして、あらゆる腐ったものが教会にはあふれていた。僕はそれをあまりにも多く見聞きしてしまったし、影響も受けてきてしまった。

はっきり言おう。やはり、僕たち主イエスのしもべは即刻キリスト教を捨て去り、教会を離れ、真の彼の命令に従ってやり直すべきだ。

主イエスの命令を土台とする家、ただその家だけが、最後には残るのだから。

キリスト教を捨て去り、教会を離れよう。そして、互いに愛し合い、食事を共にし、各自与えられた霊的な贈り物を持って互いに使え会おう。そして主イエスの命令を果たそう。全世界へ福音を述べ伝える事を。それも、真実の福音を、癒しや悪霊の追い出しなどと共に。もちろん死者のよみがえりも伴って、だ。