量子コンピュータがなぜ注目されるのか?(1)- データ中心経済へのシフト

Masayuki Minato
10 min readMar 16, 2018

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http://mondaymorningmashup.com/data-is-the-new-oil/

今年に入って、量子コンピュータ関連のニュースが毎日のように飛び交うようになった。USではGoogleの72量子ビットプロセッサー「Bristlecone」の開発と量子超越性への挑戦やMicrosoftのトポロジカル量子ビットの開発。中国では Alibabaと中国科学院の量子コンピュータのクラウド公開Baiduの量子コンピュータ参入等。

そもそもなぜ大手Tech企業がこぞって量子コンピュータに関心を集め出しているのか?投資家として日々、SaaS、Marketplace、AI、IoT、ブロックチェーン等のデータ中心経済へ進化をドライブするスタートアップの動向を見る中で、量子コンピュータは新たな進化をもたらす可能性を秘めていると感じる。端的に言うと、量子コンピュータが注目を集めるのは、これら古典コンピュータを前提としたサービス/技術の実際の課題(の一部)を解決し、ゲーム・チェンジャーになりうるからだと思う

今回は、量子コンピュータがなぜ注目されるのか?を考える上で、その前提となる(1)世界経済のデータ中心経済へのシフトと、(2)古典コンピュータの課題とゲーム・チェンジャーとしての量子コンピュータの可能性を2回に分けて述べていきたい。
(本稿は1回目)

世界経済の「Data is New Oil」への大転換

英Economist誌より

英Economist誌が昨年5月に、ある象徴的な記事を寄稿した。タイトルは、

「この世で最も価値ある資源は、もはや石油ではなく、データだ」

(The world’s most valuable resource is no longer oil, but data)

と銘打った記事だ。New economyの盟主であるGAFAをはじめとしたテクノロジー会社のみならず、old economyの代表格である自動車産業を含めた製造業、サービス業全般でデータの収集→利活用を成長戦略のコアに据えはじめている。結果、世界のデータ量は2010年に約1ZBから、2020年にはその40倍の約40ZBまで急増すると見込まれている。

なぜこのような経済全体の大きな転換が生まれているのか?

いまさら感のある話だが、本稿ではこのデータ中心経済における5つのシフト(以下)を具体的に説明した上で、次稿の量子コンピュータの話につなげたい。

1.モノ作り→サービスへの産業構造シフト

CES HPより

CES 2018(世界最大の家電見本市)が今年1月に米ラスベガスで開催された。このイベントでのハイライトは、「ハードでのデータ獲得戦争」が最大のテーマだった。

このシフトの起点になっているのが、モノ作りの競争力が先進国から中国等の発展途上国にシフトしたこと。そして、GAFAを中心としたデータ中心経済の中心にいるテクノロジー企業が高い収益性/成長性をコアに経済の中心に踊り出たことが大きいと考える。実際に、世界トップ企業ランキングの06年 vs. 16年の比較だが、06年当時は石油系が上位10社中5社、IT系はMicrosoft社の1社だったが、16年では逆転して石油系が1社、IT系が5社に代わっている。

World Economic Forum記事より

このようなモノ作り→(データを活用した)サービスへの構造シフトは、かつてのモノ作り企業でも既に起こっている。その代表例がソニーだ。平井 元CEOの元、20年ぶりに最高益更新が見えるソニーだが、その要因の一つとしてサービス型のサブスクリプションへの転換がある。以下、ソニーPlayStation事業のハード/ネットワーク売上の推移を示す。一見してわかる通り、17年以前はハード売上が売上の柱だったが、17年以降はストック型のネットワーク売上が初めてハード売上を超え、成長を続けている。このような例は、GEの航空機エンジンやコマツのスマートコンストラクション等、数多く出てきている。

ソニーのゲーム事業売上推移(日経ビジネスより)

これらのハード→サービスへのシフトのコアになるのが、データだ。ソニーのPlayStationでは、ユーザーの属性、エンゲージメント情報からupsellに向けたマーケティングへの活用をしたり、GEやコマツではハードの稼働情報から収益性の高いメンテナンスサービスを勧めたりすることでサービスを中心とした収益化を行っている。

2. 労働集約型→生産効率型への働き方シフト

前述のモノ作り→サービスへのシフトに呼応して、起こっている変化が労働集約型→生産効率型への働き方のシフトだ。理由は単純で、サービス業では労働生産性の高さが競争力に、より直結するからだ。しかしながら、日本の労働生産性の低さはOECD平均以下で、競争力が低いのはご承知の通りだ。

経済産業省資料より

更に、日本は業種問わず人材不足が喫緊の課題であり、生産性向上はもはや企業の死活問題になっている。故に、有限リソースの稼働状況を見える化し、データに基づいて生産性を向上させるHRTechやSaaS、クラウド・ソーシングの活用は広がってきている。

3. データインフラのコモディティ化&高性能化シフト

上記では、産業構造や働き方シフトを起点としたデータ中心経済化の動きを説明した。それに連動する形で起こっているもう1つのシフトが、データインフラである通信の高速化とデータストレージ/プロセッサーのコモディティ化&高性能化だ。まず通信では、下図のように固定/モバイル共に高速化が進み、大手通信会社は5Gを見据えて、技術革新にしのぎを削っている。(1月のCESでも5Gがバズワードになっていたのも記憶に新しい。)

Source: 総務省 情報通信白書より

加えて、AWSの出現に端を発したデータストレージの大容量化と劇的なコストダウン(下図)、CPUやGPUの高性能化、そして2012年のDeep Learning技術の発展に伴い、急速に進んだAI(機械学習)アルゴリズムの商用化により、企業はリアルタイムなビッグデータを取り扱えるようになった。

Backblaze HPより

これらの複層的な技術革新は、データエンジンとしてのSaaSやAI(機械学習)の普及を下支えするだけではない。IoTや自動運転車、果ては小型衛星のコンパクト化+低コスト化+高性能化を進め、結果、今まで得られなかった膨大なビッグデータを生み出し、データ中心経済拡大の契機にもなっている。

4. 基幹→末端データへの価値&量のシフト

The Nation記事より

上記3つのシフトを契機にデータ中心経済の拡大が進む中、データ自体にも大きな変化が起こりつつある。その1つが、基幹データ→末端データの価値と量のシフトだ。

データ中心経済初期で起こったのが、かつてオンプレ提供されていたCRMやPFMの様な、基幹データを扱うホリゾンタルSaaSの進展だ。この進展の理由は単純で、企業経営の根幹をなすデータであり、かつ既に市場が存在したため、置き換えによる普及が進んだ(日本ではまだまだ普及の余地はあるが)。代表例はSalesforceやHubSpot、Money Forwardやfreeeがイメージしやすい。

この普及に伴い、起こりつつあるのが、基幹データ→末端データの価値と量のシフトだ。これら基幹データを扱うホリゾンタルSaaSは競争が激しく、各社がAPI開放を進める中で、データとしてコモディティ化しつつあるように思う。そのため最近では、よりエンドに近く、データ化されていなかったデータを提供する、バーティカルSaaS、消費者のトランザクションに近いMarketplaceや動的なIoTデータの様なリアルタイムかつ行動のビッグデータにデータの価値がシフトしているように思う。

その証左の1つが、$68Bn.の評価額をつけるUberだ。Uberの高い評価は、ラスト・ワン・マイルの部分もあるが、大きな価値の源泉は末端の車とドライバー、そして消費者の行動/トランザクションデータだと私は考える。データインフラの王者であるSoftbankが、UberやDoorDashの様な企業への大型出資を行った理由にも、この末端のリアルタイムなビッグデータの価値の高さを評価したと推測する。その他にも、末端の巨大なトランザクションデータを握るAmazonの融資や保険事業への参入やSalesforceのVC投資を通じたエコシステム形成等、証左の例を挙げればきりがない。

5.中央集権型→分散型へのプロトコールシフト

データ中心経済の拡大が進む中で起こった、もう1つの大きなシフトが、中央集権型からブロックチェーン技術による分散型のデータ流通(プロトコール)のシフトだ。

昨年から注目される暗号通貨のbitcoinやICO(Initial Coin Offering)による新たな資金調達が代表的な動きだ。GoogleやApple等の既存の大手テクノロジー企業や金融機関等の中央集権型データ流通が進む中で、アンチテーゼ的な存在として見られるが、インターネット出現以来、本来期待されていた”情報の民主化”への本質的な欲求を表す動きだと考える。今はbitcoinへの投機目的で耳目を集めるが、今後数年で実用的なアプリケーションでの大きな変革を引き起こす可能性は高い(というか期待している)。

これまで述べた通り、5つの大きなシフトを背景に、世界はデータ中心経済への大きなうねりを迎えている。しかしながら、実際これらは古典コンピュータを前提とした世界の中での話であり、技術的な制約など課題も存在する。量子コンピュータは、古典コンピュータの課題を解決し、このうねり自体を大きく革新、ないしはディスラプトする大きな潜在能力を秘めている。次回は、この古典コンピュータの課題や量子コンピュータの可能性や期待を詳しく見ていきたい。

(つづく)

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Masayuki Minato

Venture capitalist@Salesforce Ventures. Focus on investing and empowering B2B startups. Worked for GREE Ventures, BCG and BASF. Carnegie Mellon MBA