2008年金融危機からみる。SaaS企業が不況に備えるためにすべき4つのこと

冬はそろそろ来るのか?

2018年もそろそろ終わり。来年は年号も変わるのも大きいが、2019年は日本経済にとっても大きなニュースが「景気回復期間が戦後最長」となる74ヵ月になることだ。(アメリカは更に長く2019年7月には過去最高の120ヵ月を更新する。)日本は、肌感の無い低温経済や直近の株安等から、「冬がそろそろ…」という話はしばしば議論される。

2017年9月22日 みずほ総合研究所 リサーチTODAYより

私は経済学者でもないので、「次の不況/リセッションがいつ来るのか?」を予測できないが、来る冬に備えて、前回のリセッションである2008年の金融危機(リーマンショック)から学びを得ることはできるはずだ。そこで今回は、2008年前後のアメリカのSaaS上場企業の状況を見つつ、SaaSの不況への耐性や次のリセッションに向けての考察を書きたい。


2008年当時のSaaS上場企業は?

SaaS Capitalのデータによると、2008年リーマンショック時に上場していたSaaS企業数は、Salesforce.comやConcurなどを含め17社ある。2018年にSaaSの上場企業数は約80社あることを考えると、当時はSaaSがまだ新しかったことも伺える。

SaaS 17社のステータス

まずは、ざっくりSaaS17社のIPOタイミングと存続状況を見てみる。

結論から言うと、「当時のSaaS上場企業は経営破綻することなく、前回の不況を乗り切っている」ことがわかる。

この要因の1つとして、リーマンショック直前に、IPOによる大型の資金調達を行ったため、不況を乗り越えられるだけの潤沢な資金があったことがあると想定される。直前3年間で17社中11社、特に内6社が2007年IPO。

ただ、Omnitureについては、Adobeに2009年にM&Aされているが、不況で危機的な経営状況だったというより、不況を乗り越えられるだけの体力はありつつ、戦略的な意図で前向きなM&Aだったと考える。何故ならば、①$1.8Bn.の大型M&Aだった、②2006年半ばにIPOしており十分な資金はあったはずだからだ。

ただIPOによる大型の資金調達だけが、当時の上場SaaS企業が全て生き残れた要因とは考えにくい。何故ならば、SaaS企業の場合、上場後も赤字企業が多いからだ。故に、SaaSビジネスの特性に起因する部分も少なからずあると考えられる。

ここをより詳細に見るために、Omnitureを除く16社について財務状況(売上、利益)を中心に詳細に分析を進める。

リーマンショック前後の売上推移

まずは、16社の4半期ベース売上の推移を見てみる。

各社Financial Statementsより独自作成

ざっと見てみると、多くのSaaS企業が不況にも関わらず、継続して売上成長をしていたことが判る。目に見えて売上減少があるのは、DealTrackとKanexaくらい。Salesforceに至っては、他SaaS企業の2倍超の規模だが成長し続けている。

売上成長率と営業利益率

次に、より詳細かつ定量的に見るために、16社の売上成長率と営業利益率の推移(中央値)で見てみる。なお、売上成長率については、4半期ベース売上をベースに年間成長率に換算した。

まず売上成長率について。不況以前に+44%から最低レベルで+7%まで成長は鈍化しつつも、SaaS全体としてはプラス成長を維持できていた。USのGDP全体が2008、2009年連続でマイナス成長だったことを踏まえると、SaaSの不況への耐性の強さが伺える。

一方、営業利益率を見てみると、不況期間に数%の利益率下落がありつつも、売上成長率の下落に比較して、影響はごくわずかで、SaaSが収益面でも耐性が強いように思う。この点は、SaaSの「長期契約×リカリング性」、「チャーン・コントロールの良さ」、そして「営業/マーケのデータに基づくコスト・コントロールの良さ」が起因していると考えられる。

リーマンショック期間の売上成長率 vs. 営利率

更に深く、リーマンショックの間のSaaS企業の状況を理解するために、16社別に売上成長率と営業利益率を見てみたい。

直感的にわかり易くするために、今回は分析フレームとして、いわゆる「40%ルール」をベースに以下の3つゾーンに分けてみてみたい。

ゾーン①スター:営利率+成長率≧40%(SaaSの超優良企業
ゾーン②優等生:0%≦営利率+成長率<40%(優良と言えるレベル)
ゾーン③問題児:営利率+成長率<0%(経営的に問題のあるレベル)

これをベースに、当時のSaaS16社のリーマンショック期間(‘08/2Q-’09/2Q)の平均実績をプロットすると以下の通り。

結果は驚くべきことに、全体の70%超(16社中13社)のSaaS企業が不況にも関わらず、優良以上のレベルの実績を維持している。中でも、Concur、Salesforce.com、Athena Health、Constant Contactの4社は、平時でも達成が難しい①スターのレベルを維持していた。

一方、残り30%弱(16社中3社)は③問題児のレベルにあり、SaaSは不況に対して柔軟に対応する能力は高いが、完璧ではないことも伺える。

(上記の詳細なデータは以下の通り)

ちなみに参考までに、現在も上場を継続している5社の株価推移を見ていると、ほぼ前述の分析結果と同様で①スター企業と②優等生の上位企業は、NASDAQ 100と比較して、マーケットより高く評価されている傾向が見える。一方、当然だが③問題児企業は低い。


不況に備えてSaaS企業が考えるべき4つ

今回は、前回の不況前後のSaaS企業の状況から、SaaSが不況に強いのか?を見てみた。全体的に見れば、SaaSモデルは不況への耐性/柔軟性が高いと言える。経営破綻に追い込まれた企業は無いし、80%以上の企業が不況時でも売上成長を実現している。その上、70%以上の企業が経営状態も不況時でも安定させている。ただ少なからず例外はあるので、「SaaSだから不況も心配ない」と考えるのは禁物だ。

そこで最後に、私が考える「不況に備えてSaaS企業が考えるべき、4つのこと」を説明したい。

その1. 資金調達力を高めて、不況前にファイナンス

先の不況の際はSaaS上場企業の60%は、直前3年間にIPOしており、サバイブするだけの資金が潤沢にあったことが要因であったように、SaaS企業にとって、不況前に大きく資金調達できるかは重要なカギ。

不況が来てから、ファイナンスやってはダメ。その理由は、以下のSaaS企業の売上マルチプルの推移から見て欲しい。今では10x前後と言われるSaaSのマルチプルは、リーマンショック時は2x前後まで下がっている。

SaaSはマルチプルが見えやすい分、下がったタイミングで行うと、大きく資金調達するのが難しい。そのためにSaaSスタートアップにとっては、不況前にファイナンスの強いメンバーの採用や、(ファンドサイズの大きい)頼れるVCを味方につけることは、強力な武器になる。また経営陣は、VC/証券会社など、比較的マーケット感がある外部の協力者を持って、マーケットへの感覚は研ぎ澄ましておいた方が良い。

その2. エンタープライズ・シフト/契約見直し

SaaSがPL上赤字でも不況を乗り越えられたもう1つの理由は、年間契約などの長期契約により、前払い一括でキャッシュ・インが早く、BS上キャッシュが潤沢だったことも大きいと考える。そのためには、SMBよりエンタープライズの方がベターなのは言うまでもない。(但し、資金調達力が高ければSMBでの成長を志向することも十分可能。)

また、価格設定や契約期間の見直しも早めにすべきだ。SaaSスタートアップの場合、価格設定もSMBにフィットさせて低単価に陥ったり、1–6か月の様な短期のケースも多い。故に、キャッシュフローが安定させにくい。そのため、価格設定もエンタープライズ向けに再考したり、契約期間も1–2年などの長期契約をベースに変えた方がベター。

その3. チャーン・コントロール

チャーン(解約)は平常時でもSaaSの敵だが、不況時はSaaSの死神へと変わる。当たり前だが、チャーンが高いプロダクトは、顧客の必然性が低い、ないしは顧客の粘着性(スティッキネス)が低い。そのため、企業の業績が悪化すると速攻で切られる。

またその2同様で、チャーン・コントロールの観点でも、エンタープライズ・シフトはやるべき。SMBは通常時でもチャーン・レートが高い上に、不況に対しての企業の耐性も弱く、経営破綻のリスクが高い。

その4. 営業/マーケの見える化/筋肉質な組織化

SaaS企業は不況の間、売上成長率が鈍化しても、営業利益率は比較的安定していたことが前述の通りだ。そのためには、営業/マーケティングのデータの見える化、筋肉質な組織化は必要不可欠だ。規模が小さい内はエクセルでも良いが、そのために様々なSaaSプロダクトが市場にあるので、ぜひ活用してみるのも一考だと思う。

あくまで一投資家の意見だが、参考になれば幸いです。