SaaSって、結局何がスゴイのか?

Masayuki Minato
11 min readAug 2, 2018

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SaaS(Software as a Service)は、日本でも一般に注目を集めるようになり、ここ数年でSaaS系のスタートアップの数も一気に増えてきた。その中で、私も含め、多くの方が「いかにSaaSを成長させるのか?」については活発に議論している。一方で、そもそも「SaaSがビジネスモデルとして何が優れているのか?」について語られることは少ない。

たまにその理由について、「SaaSは、サブスクリプションで、積み上げ式のストック型ビジネスだからだ。」という意見を聞く。それはある意味正しいが、それはほんの一面でしかないと思う。サブスクリプション型ビジネスは、新聞や携帯電話、金融に至るまで昔から浸透していて、それ自体は新しくない。ではSaaSは何がスゴイのか?本稿では、一歩引いて「なぜSaaSが注目を集め、ビジネスモデルとして、どう優れているのか?」について、私の考えをまとめてみたいと思う。

そもそも、SaaSってスゴイの?

そもそもSaaSは高成長なのか?をマーケット視点で論じてみたい。

ソース: Zuora社 The Subscription Economy Indexレポートより

まず、SaaSが浸透しているUSでの、サブスクリプション型企業(SEI)とS&P 500、US小売の売上成長のインデックス比較を見てほしい。

2012-2017年のトレンドを比較すると、サブスクリプション型企業は、大企業全体の指標であるS&P500、およびUS小売を圧倒的に上回る成長をしていることが判る。直近の2017年2–3Qでは、サブスクリプション型企業の売上成長率は年+17.6%と、S&P500企業(+2.2%)の8倍(!)、US小売(+3.6%)の5倍の成長率と言う驚異的な状況だ。

次に、サブスクリプション型の中でのSaaSの位置付けはどうか?

下の図を見て頂きたい。SaaSは年平均+25%成長とB2Bを含む全タイプを超える成長をしており、SaaSがこの高成長を牽引していることが判る。つまりこの高成長が、SaaSに注目が集まる理由になっている。

ソース: Zuora社 The Subscription Economy Indexレポートより作成

ココがスゴイ!?SaaSの優れた3つのポイント

SaaSがこのように高い成長率を実現している裏には、何があるのか?

よく言われる、導入コストが低いだとか、アップグレードの手間がない等の価値的な視点もあるが、本稿では、よりコンセプト的な視点で、私が思うSaaSがビジネスモデルとして優れている、3つのポイントを論じたい。(この点、Zuora社創業者 Tien氏の「Subscribed」から影響を受けてる部分も多いので、 併せて読んで頂くことをお勧めします。本当に名著です。)

#1. Customer First:ユーザー起点で、価値にフォーカスできる

「ユーザー起点?」いきなり陳腐な回答だな、と思われる方もいるかもしれない。しかし、SaaSの本質的な価値は、「ユーザーを起点として、ユーザーへの価値を高め続けられること」にあると私は思う。もっと極端な言い方をすると、SaaSモデル自体が、”ユーザー起点を強いる”と言っても過言ではない。ご存知の通り「オンプレ・ソフトはプロダクト提供がゴール。SaaSはその逆。提供してからがスタート」と言われるが、SaaSは”先払い・継続課金モデル”で、プロダクトを提供してからがスタートだ。プロダクトを提供してからもユーザーの声を聞き、観察し、ユーザーに価値を提供し続けることでしか、事業として生き延びられない。この健全なプレッシャーを、SaaS企業は日々受け続けているため、進化を続けられる。これはただの理念ではなく、ビジネスモデルレベルに落とせているのがSaaSはスゴイ。

ここで1つ、SaaS企業にとって「ユーザー起点」が重要な証左として、世界№1のSaaS企業である、Salesforce社が生み出した、「Customer Success(顧客の成功)」という概念がある。これは、従来の「Customer Support(顧客の支援)」ではなく、より能動的にユーザーを”成功”に導くことが、SaaS企業の成長にとって、生命線であることを良く表している。

この「ユーザー起点」を成功させるには何が重要なのか?あえてスタンスを取って言うと、結局「組織運営」に尽きると思う。成長しているSaaS企業の経営者を見ると、「ユーザー起点」が骨身に染みていて、社内の組織運営も同じ目線でやっている方が多いということだ。当たり前だが、社内で利他的なカルチャーが無いのに、社外で利他的な「ユーザー起点」ができるはずがない。

私の知る限り、結果的に成長しているSaaS企業は、社長の組織運営への意識が高く、「お互いを助け合う/ホスピタリティ」カルチャーを意識的に作り、社員のロイヤリティも高いので離職も少ない。社員と話をしても、とても親切で機転の利く方が多い。大体チャーン・レートも低い。一方、停滞するSaaS企業は、社長の突破力で一時的な成長はありつつも、組織運営・カルチャー作りを放置する傾向が強く、社内の雰囲気もピリピリとしていて、社員の離職も多い。そして、大体チャーン・レートも高い。個人的には、社長の組織運営力とチャーン・レートは、けっこう相関が高いと思う。

恐らくこの点は、私のみならず、SaaS系の投資家も投資する際によく見てると思う。例えば、私も尊敬するSaaSの投資家の1人である、前田ヒロさんのブログを読むと良くわかる。前田さんのポストは組織やカルチャー作りのポストが比較的多く、察するにSaaSビジネスの成長にとって、組織作りが重要だと考えられていて、起業家の方向けに書いているのだと思う。(本人には未確認なので、あくまで予想です)

#2.Measurable:データから、経営/事業を進化させ続けられる

2つ目のSaaSの優れている価値は、「ユーザーとダイレクトに繋がり、ディープなユーザーデータから事業を進化させられる」ことだ。

自動車のような多くの伝統的な産業では、メーカーから消費者までの距離が遠い。間に、卸売、販売代理店など様々な中間業者が存在する。そのため、ユーザー情報をメーカーが獲得するのは、極めて難しい。(結果、ユーザー起点ではなく、プロダクト起点に陥りやすい。)仮に中間業者がいなかったとしても、電子化されていない物質的な製品は、「いつ、だれが、どう使っているか?」を全て把握するのは、ほぼ不可能である。

一方、SaaSは「どの会社の誰が、いつ、どの位の頻度で、どの機能を使っていて、どの機能を使えてないか?」を把握することが可能だ。そのため、そこで得られたデータを起点として、ユーザーをタイムリーに助けたり、プロダクトを改善して、サービス全体の価値を高められ、結果ユーザーのロイヤリティが高まる。

更に、SaaS企業の社内の事業運営もデータまみれである。社内のセールス・プロセス、ファネル毎のCVR、チャネル別CAC等。ユーザーから社内のプロセスまで、こと細かくデータを集められる。この膨大なデータを集められることが、SaaS企業の超重要な”成長のコアエンジン”である。(逆に、データの見える化が後手になっているSaaS企業は、成長がスタックしがち。)この考えを、ピーター・ドラッカーの言葉借りると、以下の通り。

つまり、SaaSは社内外の統合されたデータへのアクセスが良いため、課題発見が早く、経営へのフィードバック・PDCAを早く回しやすい。そのため、SaaS企業はより機動的な経営が可能となる。また、SaaSはLTV/CAC、CAC Payback Periodsやnegative churn等、課題検知のメトリックスもそろっており、課題への対応策のノウハウも広がっている。ここは、月次/4半期毎のP/Lの結果からPDCAを回している、旧来型の企業と比べると圧倒的な機動力と打ち手の精度の高さである。(が故に、SaaSは成長が早い。)

またSaaSは、ユーザーのデータが大量に集まるので、ユーザーの新たなペインを見つけやすい。そのため、新たなアップセル機能やクロスセルできる新規プロダクトの開発で、既存顧客のARPUだけでなく、顧客体験をよりリッチにできることも大きな要因の1つになっている。これはSaaSビジネスの優れた特徴であり、競合優位性でもある。仮に競合企業が全く同じプロダクトの機能を盗んだとしても、ユーザーとの濃い関係や得られたインサイトは簡単には盗めない。それ故に、簡単にはひっくり返せない。これも、ある意味SaaSの安定成長のドライバーにもなっていると考える。

#3. Forward-Looking:事業の将来性を見通しやすい

最後のSaaSが優れているポイントは、「事業の将来性が読みやすく、かつ見る指標が非常にシンプルである」点だ。

まず事業の将来性が読みやすい点について言うと、サブスクリプション/ストック型に起因するものだ。例えば、10億円のサブスクリプション売上でチャーン・レートが年1%だとしたら、何もせずとも次の期には9.9億円の売上がほぼ確実に見込める。つまり、将来の売上の予測が立ちやすい。これは資金調達の観点でも非常に優位である。何故ならば、株価は”将来の期待値”に対してつく。そしてSaaSは、それと同じ将来の目線で事業が見えるためだ。故に、SaaSは投資家からすると投資しやすい領域と言える。(逆にチャーン・レートが高いと、将来の見通しの不透明感が高いので、投資を受けにくいとも言える。)

また、SaaSは成長で見るべき指標もシンプルと言うのも、資金調達観点での優位性だ。T2D3、LTV/CAC>3など、SaaSの成長で見る指標は一般に広く知られており、故にSaaS企業と投資家の間で目線も合わせやすい。(例Bessemer VPのBVP Cloud Index(以下))また、未来を予測する指標がシンプルなので、VCのみならず、リスク許容度が比較的低い投資家からも資金調達がし易いため、SaaS企業は成長に更なる投資ができるという好循環が生まれてると思う。(特にUS)

ソース:Bessemer Venture Parners Websiteより

以上、コンセプトレベルでのSaaSがビジネスモデルとして優れている、3つのポイントを紹介してきた。SaaSは日本でも注目されてはいるものの、まだまだスタートアップの量×質共に、改善していくことがこの産業の大転換を推進する上では重要になってくると考える。私自身、今後も投資家としてSaaSへの投資は続け、このSaaSによる「産業全体の大転換」を推し進めていきたいと思う。

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Masayuki Minato

Venture capitalist@Salesforce Ventures. Focus on investing and empowering B2B startups. Worked for GREE Ventures, BCG and BASF. Carnegie Mellon MBA