B2BでのSaaS-Enabled-Marketplace(SEM)の可能性

Masayuki Minato
10 min readApr 9, 2017

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前回は、アーリー期のマーケットプレイス(MP)に関する5つの学びについて書かせて頂いた。その中で、MP同士の競争が激しくなる中で、SaaSとMPを両方提供する、SaaS-Enabled-Marketplace(SEM)の出現について簡単に触れた。今回は、SEMの現状をまとめつつ、特にB2BマーケットプレイスにおけるSEMの可能性等について、記載させて頂く。

現状のSEMの実態はどうなってるのか?

SEMが浸透している業界

SaaS-Enabled Marketplace(SEM)型プレーヤー例と業界を以下の図に示す。

Point Nineより

一般に、SEMが見つかりやすい業界とそうでない業界がある。この違いは何から来るのか?結論から言うと、売り手/買い手がソフトウェア/オンライン取引に慣れている成熟した業界では、SEMは一般的な傾向が強い

例として、トラベル業界をイメージしてほしい。既にマーケットプレイスでは、売り手であるエアラインやホテル、買い手である消費者はオンライン予約が一般化している。そして、売り手であるエアラインやホテルでは、booking管理やCRMは当然ながら、ダイナミックプライシング等の価格最適化のSaaSも業界では長年一般化している。買い手である消費者向けにも、そこで価格比較のようなSaaS機能も意識せずに使っている。なので、RezdyやSwitchflyのようなSEM型のプレイヤーも多く存在する。

B2C vs B2B

次に、B2C vs B2Bの観点ではどうだろうか?

結論から言うと、AmazonのようなB2C、Zenefits、AtlassianのようなB2B、共に増えている。ただ、B2Cの方がB2BよりSaaS機能が作りやすい傾向があると考えられる。B2Cの場合、取引の管理のニーズはほぼ無く、”安く、早く買える”ための情報だけあれば良いので、SaaSがシンプルで済む。B2Bは、顧客(特に売り手)の業務課題を深く刺しにいく必要があるので、SaaSの構築が手間がかかりやすい。

但し、C2Cの場合は上記には当てはまらない。B2B同様、売り手側に取引管理のような、しっかりとしたSaaSが必要になる。例としては、オンラインレッスンのC2C MPであるLivementorでは、売り手であるチュータがレッスンの数を増やす、管理できるように、SaaSが提供されている。

SaaSで提供される主な機能

SEMで提供されるSaaSはどのようなものが多いのだろうか?

基本は、MPの成長は売り手側にドライブされるので、売り手向けのSaaSが多いので、その例を紹介する。(但し、SalesforceやZenefitsのように買い手側にSaaSを多く提供するSEMもある。)

予約管理SaaS:リアルタイムの空き状況やキャンセル待ち、解析ツー
ル等、CRMと連携して使われることが多い

eコマース管理SaaS:受発注、シッピング管理のような取引に必要な機能の他、マーケティングの4Pに関わるような、オンラインプロモーション管理、ダイナミックプライシングツール等も開発されている

販売/調達管理SaaS:主にB2BのMPで多いが、売り手の販売や調達を管理できる機能を提供する場合もある

プロジェクト管理SaaS:クラウドソーシング系のMP(JIRAを提供するAtlassianやプロのマーケターMPであるDOZ)では、一般的になっている

SEMが広げるB2Bマーケットプレイスの可能性

B2C マーケットプレイスでは、超大手Amazonや、C2CのEtsyやUberなどC向け巨大プレイヤーが多く出てきている。一方、B2Bマーケットプレイスは期待されつつも、経営破たんしたCommerce One社の例など、成功例は多くはない。B2Bの売り手はMPだけだと、出品までのOnboard工程が手間だったり、十分なB2Bの買い手を集められず、期待したほどの取引ができなかったり、といった事が多い。そのため、MPを提供する前に、SaaSツールで顧客を引き付けられるSEMアプローチが効果的だ。

一番有名なB2B SEMの成功例は、既に評価額4,500億円超のHR Tech のユニコーン企業 Zenefitsだ。Zenefitsは買い手である企業のHR担当者向けに、給与計算/勤怠管理/従業員情報管理のSaaSを無料で提供して、売り手である保険会社の保険商品を、Zenefits上で企業/従業員が購入した際に、手数料を得ることで成長している。その他のB2B SEMの例として、国際物流のFreightosも1つだ。同社は運賃自動計算のSaaSを売り手である物流会社に提供し、買い手である輸出入業者との間でのMP機能も果たしている。

それでは、B2BのMPにとってSEMアプローチはメリットばかりなのか?私の意見として、メリットは多いが、デメリットもしっかり理解した上でSEMを扱うべきだと考える。以下にSEMのメリット・デメリットを示す。

SEMのメリット

顧客獲得のスピード向上:特に無料でSaaSを提供する場合、普通にMPの顧客獲得をするより、スピーディーに顧客獲得をすることができる

顧客のデータ獲得/信用情報獲得:B2B取引において、企業情報(規模、取引履歴等)は取引の信頼性を増すのみならず、MPでのマーケ施策を打つ上で非常に強い武器になる

顧客リテンション/スティッキーさ向上:SaaSは一度業務に組み込まれると離脱しにくく、データ保管まですると、顧客の継続率は非常に高まる

流通量の拡大:SaaSで取引管理をすると、顧客の流通への移行がしやすい。Winner takes allの傾向の強いMPでは非常に強い武器になる。また、特定の買い手に向けたキャンペーンを打つ等、リアルでは当然やられている施策も打ちやすくなる

収益基盤の安定化:SaaSで月額課金する場合、季節要因などでぶれやすいMPの弱点を補うことができる。

SEMのデメリット

複数のプロダクト開発/管理の煩雑さ:当然ながらスタートアップではリーンにプロダクト開発/改善を繰り返すが、その工数が倍増する。これはリソースの少ないスタートアップには大きなチャレンジになる。

キャッシュアウトの早さ:当然ながら、複数のプロダクト開発が並行して走ると開発コストが上がり、資金のバーンレートが上がる。

SaaS⇔MPのシナジーが産まれないリスク:特にSaaSから先に入る場合、必ずしもMPの取引につながるとは限らない。

個人的な意見としては、SEMのデメリットはありつつも、SEMアプローチはB2Bで拡大する上では非常に強い武器になると信じている。デメリットについても、狙う市場の競争環境にもよるが、MPから入り、PMFをやる中でSaaSのプロダクトコンセプトを練って、開発タイミングをずらすことで回避できる可能性は高いと考える。

SaaS機能は無料にすべきか?有料にすべきか?

最後に、B2B SEMアプローチを考える上で、SaaS機能を無料、もしくはフリミアムで提供すべきか — Free SaaS Enabled Marketplace(FSEM)―は重要な論点になる。ここでは、Redpoint Venturesの記事より、以下の7つ条件の場合、無料/フリミアムにするFSEMにする意味合いがあると考える。

ターゲット市場の特性からの条件

#1 顧客業界が古くウェブ取引を好まず、顧客獲得コストが高い

建設業や農業等、IT化になじみが薄い業界では起こるが、まずSaaSで顧客の業務課題を無料で解決し、信頼を勝ち取ることが必要となる。

#2 顧客数(特に売り手)が数万~数百万社以上と多い

SaaSの有料課金のCVRは一般に、5%未満と少ないため、あまりにも顧客数が少ないとSaaSで儲けることが難しい。逆に顧客数が少ない業界では、全て有料課金にしよう。これは、SaaS開発コストを回収する意味合いもあるが、売り手/買い手の数が少ないと、互いにMP外でつながってしまうため、収益の最大化の観点から、SaaSでしっかり課金が必要である。

#3 非常に競争環境が激しく、スピード優先の市場である

マーケットが巨大で、競合プレーヤーが多く、市場シェアを早く獲得することが重要な市場では、FSEMの選択肢が重要になってくる。この手の市場では、”winner takes all”になりやすいので、将来の回収可能性が高い

#4 GMV/手数料率の観点から、十分な売上が確保できる市場である

GMVは一般に、取引回数と単価にドライブされるが、逆相関の関係にある。つまり、単価が高いと取引回数は少ない傾向にある。その特徴を捉えた上で、手数料率を考える。一般にMPの手数料率は5–15%間が相場であるが、手数料率が10%以上と高く、取引回数と単価のバランスを踏まえて、MPで十分な収益が上がるならば、FSEMのアプローチが妥当である。

プロダクト特性や自社の状況からの条件

#5 SaaSが顧客の教育/MPへのリード創出ツールになっている

SaaS自体が顧客に適切な売買の教育機会を提供し、リード創出のツールになる場合は、FSEMがなじむ。なぜなら、SaaSによりSEM全体のユニットエコノミクスを改善するツールになるからだ(CACを下げ、LTVを上げる)。

#6 マーケットプレイスの特性が「市場創出型」である

MPの特性には、大きく2つタイプがある。

・「市場創出型」:既存の購入のハードルを下げたり、メディア的に働き、新規の需要を喚起したりするMP

・「デコンストラクション型」:既存市場で中間業者が多く、オンライン化により需要は増えないが、中間業者を取り除くMP

「市場創出型」は市場を広げ、SaaSを無料提供しても回収余地があるのでFSEMでもよいが、「デコンストラクション型」では市場自体が広がらないので、SaaS販売収入が重要になる。

#7自社の保有する 資金が潤沢である

保有する資金がSaaSとMPの開発を十分でき、かつ上記の条件のどれかを満たすのであれば、戦略的にFSEMのオプションを取ることはありえる。

SaaSを有料にするか、無料にするかは重要な経営判断になるので、しっかり考えた上で実行するべきだ。ただ殊、日本のB2Bマーケットプレイスにおいては、初期ではFSEMを主軸にして、シェア獲得ができてからSaaSを有料課金に移行するのが良いかな、と個人的には思う国内のB2B市場はフラグメントで縮小傾向、過去の商社モデルのおかげで「デコンストラクション型」MPが多い。また、SaaS自体の浸透もただでさえ時間がかかる(SIerのオンプレのおかげ)ので、SaaSを無料化して顧客獲得を一気に行う方が、エコノミクス的には成り立つと考える。

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Masayuki Minato

Venture capitalist@Salesforce Ventures. Focus on investing and empowering B2B startups. Worked for GREE Ventures, BCG and BASF. Carnegie Mellon MBA