SaaSで使える!プライシングの心理テクニック7選
「プライシングはサイエンスとアートの融合」
これは私の前職のBCGで働いていた頃に、とある上司から言われた言葉だ。言葉の通り、プライシングはvalue-based pricingにしろ、cost-plus pricingにしろ、サイエンスな部分がよく強調される。しかし、プライシングは極めて戦略性の高い、アートな部分があることを忘れてはならない。価格はその企業のポジショニングを語る強力なマーケティングメッセージであり、それに消費者心理がどう動くかは、数字では予想し切れない。
J.Cペニーのプライシングの失敗(2012年)
いかにプライシングのアートの部分が重要か、米百貨店大手 J.C.ペニーの失敗例を紹介する。J.C.ペニーは競争の激しい小売において、自社の業界でのポジショニングの見直しを2011年から始めた。その一環として、従来の小売で用いられるような、年中やっているセールやクーポンを一切排して、".00"に統一するなど、透明性の高い価格体系に刷新した。このプライシング戦略は大失敗に終わり、2013年以降は1.8兆円規模あった売上が一気に1.3兆円(▼28%)に下がってしまった。(ECの影響もあるが)この呪いは未だに解けず、今年は140店舗の閉店、6,000人の解雇を余儀なくされ、未だに低迷し続けている。
J.C.ペニーの例は色々な示唆はあるが、1つの重要な学びとして、同じ価格だとしても、プライシング方法に対する消費者の感度が変わることを示している。(例えば、Tシャツ$100、 50%オフセールと書くのと、Tシャツ$50では同じ価格だが、前者の方が消費者の購買を促す。)今回はSaaSでも用いられている、アート的な重要な方法論である、心理学的なテクニックをいくつかご紹介したい。
#1. アンカリング効果
プライシングで、一番有名なテクニックが、「アンカリング効果」だ。価格は常に相対的な概念であり、誰しもが何かを買う時、比較を行う。アンカリング効果とは、この価格比較をする際に、はじめ提示された条件を基準(アンカー)として判断をしてしまう人間の特性を利用したテクニックだ。(よく交渉の場でも利用される)。
上のConvert社の例を見てみよう。一番安いプランは$449/月だが、最も高い$6,777/月のプランが一番最初に目に入れ、安価リングすることで、$449/月が安いよう感じさせている。
SaaSでの活用方法
・価格設定を階段型(Tiered)にした上で、最も売りたいプランを一番右に、最も売りにくい高いプランを一番左(アンカー)に設定する
・upsell/cross-sellする際に、最も高い更新プランを一番最初に紹介して、最もリーズナブルなプランを最後に丁寧に説明する
#2. センターステージ効果
SalesforceやHubSpotなど多くのSaaS企業で使わているテクニックが、センターステージ効果だ。センターステージ効果とは、3つの選択肢を与えられると、人間は一番真ん中の選択肢が最も平均的な選択肢と捉える心理的な性質を利用したテクニックだ。
(4プランだが、)Salesforce.comの例を見てみよう。一番センターに150€のプランが”Most popular”と目立つように設計されている。
SaaSでの活用方法
・プランを作る際に、最も売りたいプランを真ん中に持ってきて、「一番売れてます」とハイライトする
#3. バンドリングのおとりプラン(Decoy pricing)
マクドナルドのバリューセットのように、複数のプロダクトを合せて1つの価格で提供する手法をバンドリングと言う。このバンドリングでのセットメニューを効果的に売るための心理学テクニックとして、おとりプラン(Decoy pricing)の設定という方法がある。メディア大手Economist社の定期購読プランの有名な例で見てみよう。
Economistの定期購読では、(かつて)以下の3つのプランを提供していた。
A.電子版のみ:$59/月
B.プリント版のみ:$125/月
C.電子版+プリント版:$125/月
この内、Bプリント版のみの価格設定は売るための価格設定ではなく、電子版+プリント版のセットをアピールするために設定されたおとりプランだ。このプライシングについて、実際にMITが学生を対象に実験を行った。まずAとCのプランだけを提供した場合、購入分布はA 68%、C 32%とA電子版のみが最も売れた。一方で、Bのプランを追加した場合、A 16%、B 0%、C 84%と、C電子版+プリント版が最も売れる結果となった。
SaaSでの活用方法
・階段型プライシングにおいて、最も売りたいプラン(Professional等)がお得になるように、最も安いBasicプランの価格を高めに調整する(以下、Shutterstock社の例)
#4. ナンバー9効果 (Charm pricing)
「1個199円」など末尾を9にするプライシングは、スーパー等小売でよく使われる手法だ。これは、人間の脳は素早く数字を処理するために、一番左の数字の印象で無意識の内に判断する、”Left Digit Effect(左のケタ効果)”が存在する。これを活用したケースが、Zendeskのプライシングだ。
Essential以外のプランについては、末尾を9にすることでよりお得感を演出している。MITの小売店のTシャツのプライシングで行った実験では、同じTシャツを$44、$39、$34で提供した結果、信じがたいことに$39が他の2つより売れた結果になったことからもこの効果は検証されている。
SaaSでの活用方法
・プライシングのA/Bテストをする際に、月額6,000円、月額5,900円、月額6,900円でCVRがどの程度が変わるかテストした上で、価格設定を行う
#5. 偶数・奇数効果
ナンバー9効果の発展形として使われるようになった手法が、偶数・奇数効果だ。小売業界では、ナンバー9の手法はあまりにも一般的になっているため、ユーザーも399円と400円の違いが無いように頭で処理できるようになった。ナンバー9が効かなくなってきた場合に、末尾を9以外の数字にすることで、CVRをより上げる手法だ。バーチャルアシスタントSaaSのZirtual社などで活用されている。
SaaSでの活用方法
・競合のプライシング戦略でナンバー9効果を狙った手法が取られていた場合、9以外の数字でのプライシングをA/BテストをしてCVRを見てみる
#6. 選択のパラドクス (Paradox of Choice)
SaaSの階段式プライシングを設計する際に、「いくつプランを用意すればよいか」を考える上で、”選択のパラドクス”は知っておくべき重要な人間の脳の特性である。”選択のパラドクス”とは、人間の脳のワーキングメモリーは、7±2が最大に覚えられる対象数であり、これを超えると判断ができなくなるという現象である。
米コロンビア大学の有名なジャムの実験では、消費者に24種類のジャムを販売した場合、購入のCVRは3%であったのに対し、6種類の場合、CVRが30%であったことでも検証されている。
SaaSでの活用方法
・SaaSのプラン設計においては標準的に導入されている。SaaSにおいては平均プラン数は約3.5であり、プラン数はその前後に収めるのが良い。
#7. ハイ&ロー効果による希少性訴求
ハイ&ロー効果は、特売のように一定期間(または条件)で価格を上下させることで、消費者に希少性を訴求することで購買意識を喚起し、コンバージョンにつなげる手法だ。スーパー等の小売で一般的に使われているが、SaaSでも以下のようなケースで使われている。
・30日間ディスカウント(または無料)トライアル
・期間限定のディスカウント
・イベントの参加者向けディスカウント 等
SaaSでの活用方法
・ハイ&ロー効果を活用するには、「今回が特別で今後めったに無い」という希少性を潜在ユーザーに信じさせるような仕掛けが必要になる
・あまりやりすぎると、潜在ユーザーのCVRが下がるだけでなく、低価格でのサインナップが増え、収益性を悪化させるので注意が必要である
これら心理学テクニックはプライシングによって収益を最大化する上では、非常に有効な手段だ。しかし、狙う顧客セグメント、プロダクトの競合優位性、セールスチャネルと販売サイクルなど、上位にある戦略がより重要であることは言うまでもない。