SaaSのプライシングに向けた4つの思考プロセス

プライシングは、多くのSaaSスタートアップが常に頭を抱えるお題の1つだ。その理由は、大きく2つあると思う。1つ目は、スタートアップが狙うような、新しい市場の場合、得られる情報が限られている中、価格という具体的な数字に落とす必要があるため。2つ目は、特に初期プライシングは確立された方法論がないためだ。(いわゆるコモディティ領域で行われているような需要-供給曲線で決められるモノがない)

そのため、私も起業家の方とプライシングについてよく議論させてもらうのだが、その時に一番よく聞かれるのが、「このサービスは、いくらにするのが適切なのか?」という質問だ。確かに聞きたい気持ちもわかるし、私も起業家だったら人に意見を求めたくなる。ただ、プライシングをする前に、集めるべき情報や会社の戦略が固まっていないと、あまり有益な意見は誰からも出てこないし、求める答えには近づけられないのではないか、と思う。

そこで今回は、SaaSのプライシングを考える上で、私が思う覚えておくべき前提の考えと思考プロセスについて紹介させて頂く。(この考え方は、尊敬するRed PointのTomasz Tunguz氏の考え方をベースに、型にしているものなので、原文も読んで頂きたい。)


プライシングをする前に覚えていてほしいこと

まずは本題に入る前に、私が考えるプライシングをする上で覚えてほしい前提の考えを列挙する 。

・プライシングは守りではなく、攻めのツールの1つ

・プライシングは、常に仮説。仮説検証のためのインプット

・プライシングは、自社・顧客・競合によって柔軟に適応

・プライシングは、独立変数ではなく従属変数。戦略と一貫

・”正しい”プライシングは、顧客も含めて誰も知らない

プライシングは戦略とおなじで100%正しいものは存在しない。戦略目標と連動させて仮説→検証を繰り返すことで、企業を成長させていく上での重要な武器と言える。

以降で、特にSaaSにおいて、プライシングを武器に磨きこむ上での4つの思考プロセスについて、紹介する。


プライシングを考える上での4つの思考プロセス

私がSaaSのプライシングを考える上での思考プロセスは、以下の通りだ。

1. 戦略目標の設定と顧客セグメンテーション何を目的に誰に?

2. ポジショニングの設定どういう存在でありたいのか?

3. セールスモデルの設定どういう体制/サイクルで売るのか?

4. プライシングモデルの設定と検証誰にいくらで売るのか?

ちなみに、この4つのプロセスは常に行ったり来たりさせ、仮説を作った後も、このサイクルを回していく。続いて、各プロセスで集めた方が良い情報や経営チームで固めるべき自社の方針について紹介する。

1. 戦略目標の設定と顧客セグメンテーション

まず最初は「何を目的に、誰に売るのか?」をしっかり見極めるために、狙っている顧客セグメントと、そもそも追求したい経営指標が合っているのか、きちんと確認して、アラインさせることが重要だ。ここでいう顧客セグメントは、企業規模(エンタープライズ vs. SMB)、業界など、見えている範囲で始めるのが良い。すでに課金をしているならば、簡単に統計でやられているクラスター分析をおこなってみるのも一つの手法だ。

プライシングに向けての経営指標については、プライシングの権威Madhavan氏の本によると、大きく3タイプある。

A. 売上成長率:短期での売上成長の最大化

B2B SaaSの初期ステージでよく用いられる。顧客ターゲットはいわゆるSMB(中小規模)をターゲットにするケースが多く、顧客のWillingness to pay(支払い意欲)に大きな差が作れていない時に重視される

B. 市場シェア:市場浸透の加速化

主に小規模をターゲットに、市場シェアを広げる際に指標にされる。特に半コモディティ領域のSaaSでよく見られるが、結果として低価格戦略になるケースが多い。この場合、顧客の導入ハードルが下げて一気に拡大し、市場シェアを獲得したのち、大企業側に舵を切る戦略方針になる。大手SaaS企業では、Slack、New Relic、Expensifyなどが有名な例である。

C. 利益:利益の最大化

アーリー以降で、主に大企業を中心にターゲットにした場合にたまに使われる指標で、SaaS企業ではあまり一般的ではない。ただ有名企業での例外として、Oracle(データベース)やHRTechのWorkdayがこれにあたる。

2. ポジショニングの設定

マーケティングの4Pで中で一番忘れ去られる要素だが、プライシングにおいては重要だ。なぜなら、価格はブランドのシグナリングの意味合いもあるからだ。そのため、顧客から”どう見られたいのか?”をあらかじめ決めておくのが良い。(前述の1が”自社視点”だとすると、2のポジショニングは”顧客視点”で引いて見てみることを意味する。)

ポジショニングを考える上では、解決しようとしている顧客の課題がどれだけ深く、導入後にどういう状態(=成功)を期待しているのか、をヒアリングを中心に行う必要がある。その上で、自社と競合のプロダクトがどれだけその顧客の成功に近づけているのか、をしっかり理解していく必要がある。またブランド認知についても同様だ。

SaaSのポジショニングで良くみられる3つのタイプについて紹介する。

A. より機能が充実している(お得ではないが)
例. Dropbox、Box

B. お得感がある(機能性は大きな優位性がないが)
例. Zendesk、AirWatch

C. プレミアム感がある(業界をリードするパイオニア)
例.Palantir、Workday

3. セールスモデルの設定

プライシングの話なのに、なぜセールス?と思われる方もいるかもしれないが、両者は密接に関係している。理由は3つ。

・価格とセールスサイクルは相関関係があるから

価格が安いほどサイクルが短く、高いほど長くなる

・価格がセールスに求められる人材要件、体制に影響があるから

価格が高いほど、高いセールススキルを持つ直営業、価格が安いほどInside salesのようによりシステマティックに売る仕組みが求められる

・ユニットエコノミクス(LTV/CAC、回収期間)に影響するから

言わずもがなSaaSにとってユニットエコノミクスは重要である。その上で、価格はLTVに直接ヒットする上、CACにも上記の通り影響する。

セールスモデルを設定する上では、テスト導入をする際の情報を活用するとよい。ターゲットとする顧客セグメントを獲得するまでにかかった期間やそのセールスプロセスから、セールスにかかる体制/リソース/全体の獲得コストを予想する必要がある。

加えて、代替サービスの有無もセールスサイクルに影響しやすいので知っておきたい。既にオンプレが入っているケースないしは代替サービスが全くないケースは、セールスサイクルは長くなる。(場合によっては、顧客の予算策定のタイミングで1年近く待たされるケースも)一方、一番簡単なのは、代替が人力でのエクセルや代替はあるが、高すぎて導入できていないケース。課題が顕在化しており、セールスサイクルは短くなる。

4. プライシングモデルの設定と検証

最後に目的のプライシングだが、一番試行錯誤が必要かつシステマティックにやりにくい部分だ。

まずはプライシングモデルの基礎だが、大きく3つのモデルがある。

A. Value-based pricing

AdTechや業務効率化系のSaaSでよく見られるプライシングモデルだが、プロダクトによって生み出された売上効果や削減されたコストインパクトの一部を価格とする手法だ。例えば、SalesforceやExpendifyが代表的な採用例だ。

B. Cost-plus pricing

いわゆるモノづくりの世界で一般的に取り入れられているプライシングモデルで、1製品にかかるトータルコスト+マージンで価格設定する手法だ。SaaSやIaaSでは一般的ではないが、超コモディティ領域では使われることがある。例えば、AWSやTwilio、Herokuが代表例だ。

C. Competition-based pricing

競合プロダクトがある場合、顧客は価格の妥当性を判断するために必ず比較するため、提供価値やブランドから競合価格をベースに価格を設定する手法だ。一番簡単なこともあり、SaaSでは最も一般的に採用されている。

この3つのモデルがある前提で、まず最初にやるべきは、顧客や競合に関する情報の収集だ。顧客については、業界の利益構造やITに振り分けている予算をあらかじめ知っておくべきだ。これは大体ざっくり価格の上限イメージを持つために必要だ(ただ必ずしも上限ではないが)。利益構造(収益性)を理解するのは、収益性の高い業界(製薬など)ほど、高くプロダクトを売る機会が大きいからだ。また、競合がどの位の価格で提供しているかも、ベンチマーク情報として非常に重要である。

次に、これまでの情報を合わせて、A-Cのの3つのモデルで価格設定、ないしは戦略とマッチしたモデルで価格設定をしてみる。この際に、価格を選ぶ際に、どのくらいのユニットエコノミクスになるのかをモデルで仮説検証する。Value-based pricingの場合、顧客事業へのキャッシュインパクトの概算が必要になってくる。

最後に、最初に戻って1.戦略目標の観点で本当に良いのか、ターゲットとする顧客セグメントにプライシング案を見せてフィードバックを聞きながら、最後は経営チームで最後は腹決めすることが必要となる。

(参考)価格セグメントの妥当性検証方法

おまけとして、セグメント別プライシングをした後にラフにセグメントの妥当性を確認するTomasz Tunguz氏の統計的手法を紹介する。大学やビジネススクールで統計学を学んだ方はおなじみかもしれないが、t検定(エクセルコマンド TTEST())で簡単にできるので、気軽に試して頂くとよいかと思う。

Show your support

Clapping shows how much you appreciated Masayuki Minato’s story.