褒めること、感謝すること、謝罪すること

自分は褒められると嬉しいくせに、褒め文化を作りましょうと言われたりすると、なんだか無理やり褒めてもしょうがないだろ、とか捻くれたりするので、ダラダラと書く。

そもそもは、無理やり褒めるということを強制するのではなく、自然とそれが行われるような状況を作ることが大事(文化をつくる)なのだと思う。

ただ、その文化をつくるというのが難しく、作ろううと思っても作れるものではないのだ。なぜなら、文化そのものは見ることができないから。それ故に行動が大事となってくるのだ。

褒めるということは、なにも煽てることではないのだ。かるく「いいねボタン」を押す感じで良いのだと思う。なにか、いい感じのことがあれば、「いいね」を可視化してあげれば良いのではないだろうか。そうすれば、比較的にみんなが気軽に行動できるはずだ。

あと合わせて考えたいのが「感謝すること」と「謝罪すること」。「褒めるということ」と合わせ3つは非常に似ている。そのため、時たま混同してつかってしまうことがある。

何かをやってもらったら「ありがとう」というところだが、「すみません」と言ってしまうことがある。やっぱり、謝られるより、感謝される方が嬉しいものだ。

逆に「すみません」というところ、「さすがですね」と褒められると嬉しくはなかったりする。これは主体の問題だと思う。

つまり、感謝と謝罪の対象は自分が含まれる、褒めについては自分は含まれない事柄について発言をした方が良い。

フローチャートにするとこんな感じだ。

自分にしてもらったことか → NO → 褒める

↓ YES

相手の好意でやってもらったことか → NO → 謝罪する

↓ YES

感謝する

褒めること、感謝すること、謝罪することが苦手な僕のような諸君はこれに沿って行動すると良いのではないだろうか。

P.S. 漫画 範馬刃牙では、下記のような名言があったが、個人的には謝るときは謝って、感謝するときには感謝した方が言いように思う。

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