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今、Caroline Criado Perez著のInvisible Womenという本を読んでいます。まだ読み終わっていないにも関わらず面白いので色んな人に勧めてしまっているのですが、この本を読みながら、また日本の状況を見て思った事があるので、女性として、デザイナーとして、自分の考えの整理も兼ねて、書いて見ることにしました。

大まかに分けると2つ。それは

男女平等って言葉、雑すぎない?

デザインが貢献できる事たくさんあるのでは?

ということ。

ニーズに対応できていないデザインが不平等を生む

「男女」という言葉を聞いてまず思い浮かべるのはセクシャリティの意味の方が強いのではないかと思います。セクシャリティの定義は

ある個人(individual)が女性、男性、あるいはそのどちらにも属さない性(インターセックス)であるかを規定する生物学的な特徴の総称です。(UN Womenのサイトより)

生物学的な話なので「違いがある」=区別になります。女性に生理があり、妊娠して、子供を産むという点で男性と違う事は否定できません。なので、「男女平等」という言葉に対して一部の人は、「違いがあるんだから、同じように扱えなんて無理でしょ」と考えてしまうと思います。

でもここでちょっと考えてみたい。この「平等」は正確には「違いがあっても同じように尊敬されて、同じような機会が与えられるべき」のはず。ところがそもそも現在の社会システムや制度などをデザインしてきたのはほぼ男性で、女性という身体を持って生まれてきた人間の都合はあまり考慮されていません。違いがあるのにデフォルト(男性)に合わせる事が前提となっている。もちろん全てが悪意を持ってなされているとは思いませんが、デザインする側(男性)が単一視点しか持てていないので、使う側(女性)のニーズに気づけない。または気づいていてもバックログの下の方にあって、優先順位が上がってこなかったりするのです。人類の半分のニーズしか汲み取れていない。う〜ん、ロッツオブオポチュニティフォーユーザー中心設計。

Invisible Womenにも様々な例が出ているのですが、この「デザインの根拠となるデータ・知識の中に女性が存在していない」という状態は、トイレや授乳室などの日々使うもののデザインから、税制度のような社会システムまで、この世界のあらゆる所に不平等さを作り出しています。

カタカナで表現されるジェンダー

次に、辞書で引くと「性、性別、ジェンダー」と出てきてしまう英単語gender。恐らく一言で訳せないからカタカナのまま入ってきちゃったやつ。

ジェンダーとは、男性・女性であることに基づき定められた社会的属性や機会、女性と男性、女児と男児の間における関係性、さらに女性間、男性間における相互関係を意味します。こういった社会的属性や機会、関係性は社会的に構築され、社会化される過程(socialization process)において学習されるものです。これらは時代や背景に特有であり、変化しうるものです。(UN Womenのサイトより)

変化しうるもの。

日本では男性は家族を養う役、女性は家庭で世話をする役、というジェンダー規範が根強く、社会もそれを前提に回っています。日本の男性の働き方(長時間労働、休みが取れないなど)は誰かが家にいて子供の世話をしないと成り立ちませんし、「女子力」とか「母性」とか誰かの世話をするのは女性の役割、という感覚は根強いです。「男性はこうあるべき」「女性はこうあるべき」という型があり、その役割をこなすことに最大限の努力を求められます。

日本で生まれ育っていると、「ジェンダー規範は教育されて擦り込まれるもの」という事が認識しづらいように思います。小さい頃からそうやって育てられたから身についただけの習性が、性別の特徴で、変えられないものだと思われています。でもその多くは昔の人がその時の都合で作ったお約束です。それは一度日本を出て外から見てみるとわかるのですが、例えばジェンダー平等の感覚がかなり根付いているスウェーデンなども、初めからそうだった訳ではなく、長い歴史の中で制度を変えながら、少しずつ意識を変え今の社会を作っています。

制度が変わるのではなく、人が縛られている状態

「男女平等」に関する議論がなんか噛み合わないのは、上の2つの視点がごちゃっと混ざって話されるからじゃないかなぁと思っています。

例えば、先日ニュースになった聖マリアンナ医科大学の件などは「医療の現場にとって妊娠・出産で職場を離れる可能性のある女性を採用するのはリスク」という考えが起点です。本当はそもそも医師というキャリアパスが女性にアクセスしやすくなっていない事が問題で、ならば職場環境を改善するにはどうしたらいいのか?という方向に行きたいはず。(これは他国の状況などを見ても、可能なことだと思うのですが。)ところが何故か「女性は医師という職業には向いていない」というジェンダー規範が強まり、まだ人生のプランさえ決めていない女子学生の機会が奪われる事が正当化されてしまいます。

もちろん逆に男性にも不利になっている点があると思います。少し前に小泉大臣の育児休暇の件が話題になりました。これも女性というセクシャリティの差に対応していない職場環境と「子供はやはり母親がいい」というバイアスが組み合わさった結果、「男性は仕事して家族を養う」というジェンダー規範に縛られて、父親たちは自分の子供との絆を作る機会を奪われてしまっています。そもそも男性だろうが女性だろうが、育児休暇で職場を離れるのが「迷惑だ」とされてしまう職場の制度や文化を変えるべきだと思うのですが。

女性に決定的に不利な点

ということで、ヨーロッパのパパたちの様子と比べても、私は日本の男性はもっとジェンダー規範に対して怒っていいと思うのだけれど。とはいえ、それとは別にやはり女性にとって決定的に不利な点があると思います。

  • 女性のニーズが十分考慮されずにデザインされた社会では、性犯罪の被害(痴漢なども含めて)に遭いやすく、健康・安全管理の面でもリスクが高く、女性の行動・選択肢が制限される
  • 昔ながらのジェンダーバイアスに基づいた社会制度では、女性が1人で経済的に自立するのが難しい、できない(その結果男性に所有される、選別されるような立場になってしまう)
  • 状況を変えたくても決定権を持つ立場にいない

暴力や恐喝によって女性の権利が制限されてはならない話なんて当たり前すぎるので、割愛…。しますが、Invisible Womenに載っていたモビリティデザインと女性の行動についてのデータはすごく興味深かったです。ちょっとした社会環境のデザインの変化で、女性はもっと安全に暮らせるのだと思う。

2点目、妊娠・出産を理由にキャリアパスが閉ざされてしまいがちな女性は、きちんと自分と家族を養っていくだけの経済力を付けるのが大変です。またバイアスによって機会が奪われてしまったり、働いていても賃金が男性より少なかったりします。資本主義の世の中では残念ながら経済力が無ければ自分で自分の人生を選ぶのも難しい。先日ハフポストの記事でひろゆき氏が「女性は顔がある程度かわいければ、そこそこまともな結婚ができて一生食いっぱぐれない」と言っていましたが、これは逆に言うと「顔が良いと思われなくて、まともな結婚ができなかったら食っていけない」?それ、生存戦略の選択肢、狭すぎない?しかも相手に依存するからコントロールするの難しくない?もちろんそういう道を選ぶ人の人生は尊重されるべきですが、その形を選ばなかった人もきちんと生きていける世の中の方が良くないですか?

そして極付は、「社会システム」のデザインを変更しようとしても、決定権を持つ立場に女性がいないので、なかなか変化を起こすこともできません。日本のジェンダーギャップ指数が121位なのは、このあたりが原因。(詳しい解説はこの記事がわかりやすいな〜と思いました。)

ユーザー中心設計さん、出番ですよ

さてさて、ここでキリッとデザイナーの帽子をかぶりたいと思います。

ユーザー中心など勉強してきているとよく”Designers are not users”という言葉を聞くと思います。セクシャリティの差を考慮したデザインができていない問題は、いわゆる「ユーザーのことわかったつもり」問題と性質が同じです。デザインしている側ーーこの場合、特に社会制度や経済活動を担っている政治家、行政、経営者、サービス・プロダクト提供者ーーが、自分の知識や経験を元に作ってしまっていて、しかも検証もしていないので、 使いにくい事に気付けていません。(ちなみに日本で生まれ日本から一生出ない日本人デフォルトの制度が多いので、国境をまたいで生きている人にもとても使いにくい。)

なので、ジェンダーギャップもユーザー中心のアプローチを使っていけば解決できる部分が多々あるという事だと思います。しかもデジタルプロダクト分野だけじゃなくて、社会制度のデザインなど、あらゆる面で。Design thinkerのみんな、出番だよ。

当たり前を疑おう

ですが、1つ気をつけるべき点が。それは、ジェンダーバイアスというのが現在の社会や人の中に「当たり前」のものとして溶け込んでいるということです。この当たり前そのものに疑問が持てないと、ユーザー中心でデザインしても「女性が好きなのでやっぱりピンクで」とか「技術的な事を女性でもわかるようにしましょう」のような、バイアスに乗っかった、下手をするとバイアスを強めるデザインになってしまいます。ユーザー中心でやろうとしてペルソナを設定したものの、ペルソナ自体がステレオタイプの塊なケースもよくありますし、バイアスの中で生きている本人が欲しいと言ったものをそのまま鵜呑みにするのは危険です。(そもそもユーザーの言うことは鵜呑みにしちゃダメよ。

もちろんユーザーの好みに合わせたデザインをしたり、今あるペインを解決することには大きな意味があるのですが、目の前のユーザーの利益だけ考えてしまうと、別の観点で思いがけない害をもたらしてしまうかも知れないということです。

ユーザー中心からユーザー&社会中心へ

実は上に書いた事は、ジェンダー問題からさらに進んで、これからもっと注目されていくであろうエシカルデザインを考えるときに大切な要素です。デザイン業界でも、ただ単にユーザー個人のニーズをやみくもに満たすだけはなく、社会への影響なども考慮するべきだ、という声が大きくなってきています。デザイナーも、1人のユーザーのニーズだけではなく、長期的な影響や、コミュニティ、社会への影響を視野にいれていく事が求められています。そのためには自分たちのデザインの前提、思い込みを常に疑う力が必要。そして思い込みに気づくための1つの手段は多様性のあるチームを作ることなのですが…あれ、にわとりたまごになっちゃった。

ジェンダーギャップ121位、日本の状況はまだまだこんな感じです。何だか遠い道だなぁ〜とため息が出てしまいますが、でも、デザイナーとして、できることもあるはず。

フェミニズムという言葉は敬遠されがちだそうですが、ジェンダー平等の本質的なところは男女の否定のし合いではありません。このポストでは触れませんでしたが、ジェンダーではLGBTQなどの視点もあります。いずれにしても根幹にあるのは、違うバックグラウンドや身体、心を持った人たちいかに優しい世界を作れるか、というデザイナーにとっては大変腕が鳴るようなお話なのです。

ここまで読んで頂いてありがとうございました。ちょっと面白そうと思った方、引き続きお話していきましょう!

Happy International Women’s Day!


2週間ほど経ってしまいましたが、Mashing up vol.3というイベントに参加してきたので、簡単なメモを残しておきたいと思います。

Mashing upというイベントは

女性をはじめとする多様な人々がしなやかに活躍できるような社会を創出する場です。異なる業種、性別、国籍、コミュニティの人々が「マッシュアップ」することで、新しいネットワーク、新しい一歩、新しいビジネスを創出できる化学反応を促進します。

という目的のもと行なっているとのこと。

会場は渋谷のTrunk Hotel。なんだかustwoロンドン本社があるShoreditchエリアを思わせるようなオシャレなバーを通り抜けて、3フロアあるイベントルームで話を聞いてきました。

日本人は男女平等に興味がない?

Factfullness of Gender Equality at Workplace

[Speakers]
村上由美子さん:OECD東京センター 所長
山口 慎太郎さん:東京大学 准教授

最初に聴いたセッションは男女平等のお話。紹介されたデータはどれも興味深いものでした。村上さんが話の序盤に「日本の女性は成績優秀」という話を国際的に比較したデータを見せながらされた時には、ものすごくシンプルなメッセージなのに何だかとても感動してしまいました。

  • データで見ると、日本の女性は国際的に比較しても計算能力、読解能力は世界一。グループでの問題解決能力もとても高い。それなのにサラリーの比較になると途端にランクが下がってしまう。それはサラリーが上がるポジション(管理職など)に女性が少ないから。
  • 女性が離職する理由は、家事との両立ができないからではなく、仕事に満足できないから。(アメリカでは逆)
  • 年功序列や総合職・一般職などのシステムは女性がキャリアを続けていくための障害になりがち。

山口さんも、データ化する事がいかに差別解消への効果的なツールになるかのお話をしてくれました。

  • 普段私たちが不平等の話をする時は、「なんとなくそんな感じがする」で話がち。最初のステップはまずデータを取って、その不平等を可視化すること。
  • マインドセットを変える、というのはもちろん大切な事だが、それだけでは不十分。システムによってバイアスが入らないようにする努力も必要。
  • よくある「女性は競争をしたがらないから」などの議論は、文化によって後天的に教育されたものだというリサーチ結果がある。

[思ったこと]

よく、「男女平等の機会は与えられているのに、女性の方が仕事をしたがらない」という反論を聞く事がありますが、それは既存のシステム、職場文化が「男は仕事、女は家」という前提の元に作られているからじゃないかな、と思います。また、日本の中間管理職文化って女性じゃなくても、例えば違う文化からきた人たちにとっても排他的でいるだけで苦しい面が多いと思うのです。それを、「ほらね、やっぱり日本の男性にしか務まらないんだよ」としてしまうのではなくて、どう変化させていくのかが今後の課題なのではと思います。…っていうかその方が男性も幸せになれる気がする。…


UXデザインやユーザー中心設計(UCD: User-Centred Design)など、「使う側の体験をしっかりデザインしよう」……という考え方は、日本でもだいぶ浸透してきたように思います。UXという言葉が肩書きにつく人も多くなり、いい体験を提供する製品も増えてきました。ですが言葉が広まったからこそ、色々な解釈が増えて、それに伴う誤解も増えているような気がします。せっかく製品を良くしようとユーザー中心設計の手法を用いているのに、ちょっとした見方の違いで思ったような成果が得られず、いつものやり方に戻ってしまうのは悲しいですよね。この記事では、主に私が見かけた、または質問としてよく聞かれる3つの「よくある誤解」について、考えてみたいと思います。

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1.「ユーザーが全ての答えを知っている」

私がユーザー中心設計を勉強していた頃、一番最初の授業で教授に言われた事があります。

“User-Centred Design” is NOT “User-designed”.

ちょっとした言葉の違いですが、全く意味が違います。前者は「ユーザーを中心に置いたデザイン」。後者は「ユーザーによってデザインされた(なにか)」です。

わかっていても忘れてしまいがちな落とし穴ですが、ユーザーは全ての答えを専門知識として知っているわけではありません。ユーザーは製品を使う人ではありますが、デザイナーというスペシャリストではないからです。デジタルプロダクトをどうデザインすればいいのか、細かい知識やノウハウを持っているのは、私たちデザイナーなのです。(みんな、自分の勉強してきたことに自信を持とう!)

インタビューやユーザーテストなどは、ユーザーを理解するのには欠かせないツールです。ですが、ユーザーは専門家ではないことを考えると、「どっちのデザインがいいか決められないから、ユーザーに聞いてみよう。」→「どっちがいいと思いますか?」みたいなアプローチは危ない、という事です。インタビューではユーザーが口に出して言ったことだけでなく、行動を注意深く観察したり「Think aloud (考えている事を声に出してもらうこと)」などで、「ユーザーがどう考え、その結果どう行動したか」「それは何故なのか」という事を中心に聞き出すべきです。

また、AnalyticsベースのA-Bテストも同様です。二つのデザインを比べて、片方の数字が良かったからといってそれが「いい体験」とは限りません。クリック数が多く見えても、ただ迷ってしまっているだけかも知れない。もしくは、スマホ中毒的に思考停止でタップをしているだけかも知れない。A-Bテストをするのであれば、多数決のような使い方をするのではなく、あらかじめどんな事を理解したいのかチームで決めておく必要があります。そしてデータだけではなく、必ずユーザーに会って「なぜ」を確認する事が大事です。ユーザー中心設計のツールを使っているように見えて、実はビジネスに有利な判断ばかりしているケースは少なくありません。

「なぜ」がわかった時、デザイナーとしての知識があれば自ずと答えは見えてきます。リサーチ後にはチームできちんと時間を取り「ユーザーがAと言ったから」ではなく、結果がデザイン的に何を意味するのか、きちんと考える時間が必要です。

2.「ユーザー中心だと、イノベーションはできない」

ユーザーのいう事だけ聞いていたら、ユーザーが考えられる範囲でしかモノを作れない。イノベーションなんかできない。

イノベーションという言葉は、Appleのスティーブ・ジョブスやSonyの盛田昭夫のような「カリスマの閃きからのパラダイムシフト」というイメージが強いのでしょうか……ユーザーの意見を聞いたところで、未来に向かう革新的なものは作れない、そういった意見をよく聞きます。

まず1にも書いたように、ユーザー中心設計は「ユーザーが言ったとおりに作る事」ではありません。世の中に変化を起こせるソリューションを考えられるのは、深い知識を持つ専門家でしょう。

ですが、過去のカリスマ達の閃きも、物事や人々に対する鋭い観察から始まっているのではないでしょうか。現存する問題を理解し、人が考えもしなかった方法で解決したからこそのイノベーションです。つまり、ユーザー中心設計を使って 1) 人や社会の問題を深く理解しチャンスを見出す、また 2) 自分たちが考えたアイデアが意図通りに機能しているか確認する、という事はイノベーションを起こすという面でもとても有益だと思います。具体的にどう手法を取り入れるのかは、チームに合ったやり方をすればいいだけではないでしょうか。

*イノベーションについての考察はLars Rosengrenの「イノベーションの基盤」シリーズもぜひご一読ください。

3.「ユーザー中心なんて今更。自分たちはちゃんとユーザーのことを考えてきた」

ペルソナだって作ってあるし、ユーザージャーニーマップもある。ユーザー中心設計なんて何も新しいことじゃない……

ユーザーの事を考えてきた、それは素晴らしいです。ですが、もしそれが実際にユーザーに会って発見した事を元に作られたものでないとしたら、残念ながらまだそれは始めの0.7歩、くらいかもしれません。ユーザー中心設計は、「ユーザーの事を考えている」だけでは成立しないのです。

マーケティングで使われるツールですので、ペルソナを持っている組織はよくあります。ですが、よく見てみるとそれは「実際に使っている人」ではなく、「こういう人に買って欲しい」という、作り手の理想を表していて、現実とはかけ離れた実在しないペルソナになってしまっている場合があります。なんとなく社内で持っている顧客へのイメージから、ユーザーの事を理解した気になってしまっていませんか?

もしユーザー中心設計をやるのであれば、全てを差し置いてやらなければならないのは、実際のユーザーに会いにいく、という事です。豪華なミラールームとかじゃなくてもいい。外部の人を招けるスペースがあれば、自分たちでインタビューできます。

重要なのは考えるだけではなく、実際のユーザーに「興味を持つ」事だと思います。どうしてこういう行動を取るんだろう?どういう要素が決め手になって、判断しているんだろう?そういった疑問を解決するためにリサーチする事が「ユーザーを中心に置く」デザインであり、いい体験を作る第一歩です。

ユーザー中心設計に関しては色々な議論があると思います。この記事に書かれていることは私が自分の体験を通して学んできたことですが、また違う見方もあると思います。ぜひ色々な意見をお聞かせください!またコラボレーションに興味を持った方はぜひustwoまでご連絡ください。

About

Mayu Nakamura

Digital product design lead @ustwo. Believes in UCD. Mindfulness padawan. Music, SciFi, Crime fiction addict.

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