【前編】ゴールドマンサックスをやめて起業、ビジネスを確立するまで — 創業者城間インタビュー
「医療×IT」をキーワードに、「大切な人の健康を守るお手伝い」を経営理念に掲げている株式会社メディウィル。
ゴールドマン・サックスで働いていた城間が、どんな経緯で会社を立ち上げたのか、どうやって事業開拓をしていったのかについてインタビューをしました。

―――大学卒業後、ゴールドマンサックスで勤めていた社長。金融会社から医療系へ進んだ理由は何ですか?
もともと自分の父親が心臓外科医でした。親戚にも医者が多く、医療系の家で育った背景があります。そんな影響もあって、小学校の卒業文集には将来の夢は医者と書いていたくらいです。もともとはこうした家庭に生まれ育ったこともあり、小さい頃は自分の父親の病院に連れて行かれて、医局の中で看護師さんに相手してもらったり、病院とか医療が身近にありました。
ただ中学高校でバレーボールに打ち込むあまりに勉強しなかったので方向転換し(笑)、友人の勧めがあってギリギリ拾ってもらえたのが一橋大学の商学部経営学科でした。
一橋大学は、国際的な授業があり、また留学生の友人も多かったことからグローバルな視点を学びました。そうした環境から、自然とグローバルに事業展開している会社に興味を持ちました。ゴールドマンサックスにご縁をいただけたのも、こうした環境の影響は強かったです。
金融業界の仕事では、さまざまな業界を学ばせてもらいました。
自動車産業、電機産業、電力産業、サービス産業など、いろんな業界のお手伝いをしますが、その中でもヘルスケアの産業を見る時にすごいワクワクして 、興味関心が高かったんですよね。それに、医療は国民全員が関わる分野。
特に日本は高齢化していく中で医療費が年々増えていって、今ではもう40兆円を超えています。限られた資源をどのように配分していくべきか、大事なテーマだという問題意識がありました。
成長産業としてもとても興味があるし、社会保障の適正化という観点でも興味があって、ヘルスケア産業でなにか貢献したいという思いが強くなっていきました。
加えて家庭環境の影響からも、できるだけ良いお医者さんを応援したいという気持ちがあって、医療に貢献できる仕事を始めようと思いました。
―――医療系の会社への転職ではなく、自分で企業を立ち上げようと思ったのはなぜでしょうか
一橋大学の OB で楽天を創業した三木谷社長がいらっしゃいます。彼がまだ無名の頃、楽天が創業間もないころに、大学に来てセミナー講演されたことがありました。大学のOB で、起業した人が集まるっていう小さいセミナーです。そこに何となく、面白そうだからふらっと立ち寄ったんです。
その当時、大学2年生でしたが、セミナーを聞いて、将来の仕事の選択肢の中に、会社に勤める以外に起業という選択肢があることを初めて知りました。
三木谷さんは大学を卒業したあと日本興業銀行という、今はみずほ銀行になりましたが、そこに勤めた後にハーバードのビジネススクールに留学されました。
三木谷さんがセミナーでおっしゃっていたのは、「ビジネススクールには世界の優秀な人たちが集まっていたけれど、その中でも一番優秀な人たちが起業していた」というような話です。
20歳くらいの自分は、そのような話に憧れを抱きました。
その後、大学3年生の時にゼミを選ぶのですが、ゼミ一覧の中で、キーワードで「起業」「IT」と書いてあったゼミがあって。面白そうだと思ってそこに入ったというのも起業を考えるようになった理由の一つです。
そのゼミの教授は石野先生という方で、もともとNTTの研究所の所長をされていた、生粋の技術者でした。生徒には「やりたいことをどんどんやれ」というような方針で指導していらっしゃいました。やろうと思えば学生のときからでもどんどん起業できる、ということも言われたと思います。
その当時ちょうど1990年代後半で、インターネットが出てきた時でした。

―――医療とITの組み合わせを思いついた経緯は大学のゼミだったのですか?
ゼミと繋がったこともあるかもしれないです。でも会社をやめて起業する際、医療に貢献したいという軸は決まっていたけれど、ITとの組み合わせにたどり着くまでに三ヶ月くらいかかっているんです。
最初にやろうと思っていたのは、医療×人材事業でした。医師紹介をしてみようと思って、人材紹介と人材派遣の免許もとったこともあります。
だけど、最初の一人を紹介する時に、人を紹介してお金をもらうというのは自分には向かないと思いました。
そのあと、医者の開業支援の仕事をしました。これから開業しようと思っているお医者さんを紹介してもらって、手伝うのでコンサルティング料くださいと言う感じで。
それで最初に着手金をいただいたのが、メディウィルの初めての売り上げでした。でも開業コンサルティングなんてやったことがないし、開業のことも知らない。結果的には役に立つことができず、1か月後には解約となりました。
人材紹介業をやろうと思って、違う。開業コンサルティングをやってみようと思ったけど、全然役に立たない。
そんな時、同級生のお父様で、眼科の菅谷先生が、ホームページ作ってみたいかもというのを雑談しているときにポロッとおっしゃいました。
ホームページは作ったことがなかったけれど、他にやることもないし稼ぎネタもないから、無料で手伝い始めました。どうやって作るかを調べて、自分の妻にデザインを手伝ってもらって、もう一人スタッフにサイト構築を手伝ってもらい三人でサイトを立ち上げました。
今で言うところの、Webディレクターを自分がやって、Webデザインを妻がやって、サイト構築やサポート業務をもう1人がやる形です。
そこで初めて医療× ITになりました。創業したのが2006年2月で、この話が 2006年の5月だからこの3ヶ月間が医療×ITにつながるまで、事業の形をつくるために本当に色々なことに挑戦していた頃です。
いろんな人に会って仕事をくださいと言っていました。
―――ホームページ制作でやっていけそうと思ったのはいつ頃?
初めて作ったサイトがオープンしたのは6月くらい。作ったはいいけど、全然反応がないんですよね。なぜかというと誰も見ないから。ホームページというのは作っただけじゃ誰も見ないから、ちゃんとアクセスを集めなきゃいけない、見られるようにしなきゃいけないということに気づきました。
そこで、どうやったら見てもらえるかというのを色々勉強し始めました。
それが今でいう検索エンジン対策(SEO)だったり、検索エンジンのマーケティングだったりします。2~3ヶ月ほど一生懸命やっていたら、徐々にどうすればアクセスが集まるのかが分かり、それに応じてホームページのアクセス数も上がって来ました。
そんな中、8月の下旬に菅谷先生に会った際、「城間くん、ホームページから患者が増えたよ」ということを言ってくださいました。菅谷先生には、新しく来た患者さんが何を見て来院したかのアンケートの記録をずっととっていただいていたのですが、ホームページという回答がだんだん増えてきていました。
その頃はまだホームページを持ってないクリニックやお医者さん多かった時期で、調べてみたら開業医でホームページを持っている割合は2割くらいしかありませんでした。
そういう状況で、サイトをつくって患者さんが増えるのであれば、このビジネスはいけると思ったのが8月下旬です。
ここにいたるまでは、起業から半年かかっています。
そのあと9月から2~3か月ぐらいは、開業医の先生にずっと飛び込み営業をしていました。インターンの1期生(2017年現在はメディウィルの取締役として活躍している北など)学生4人に手伝ってもらいながら都内、延べ3000クリニックくらいに営業をかけたと思います。
その結果、歯医者さんからはもの凄くニーズがあったんです。歯医者さんは数が多くて、競争が激しいから患者さんの集客に悩んでいました。
そこで、歯医者さんに特化したウェブサイト作りとマーケティングの仕組み、現在の「歯科ピタ」が出来上がっていきました。
メディウィルでは一緒に働いてくれる方を募集しています

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