学芸大学界隈2014春
学芸大学の兆八が潰れてから1年半近く。普通の割烹だが、毎日、経木(きょうぎ)に墨でメニューを書き、お通しはお吸い物。特別に変わった料理はないが、長年、普通に修行した人の料理は、味わい深く、うちのかみさんも大好きな店だった。学芸大学は、こういう個人の人生を反映した古いお店がたくさんあって、新興の新しい店との組み合わせを楽しめるところが気に入っていた。

アベノミクスで為替差益や株高で、大企業の利益は高水準で、倒産件数は減っている。しかし、廃業数は戦後最大である。黒字だけど跡継ぎがいない、お店の大黒柱が病気で倒れた、など事情はいろいろと想像できるが、町に進出している店舗は、個人店舗ではなく、大企業のフランチャイズによるサラリーマンや派遣社員の店舗ばかりが増えている。町から、人の表情や人生の匂いが消え、システムの冷たいレジスターの音だけが残る。
この巨大な組織とシステムの津波の中で、組織に与することなく、個人はどうやって生き延びられるのだろうか。個人の商店、個人の工場、個人のメディアなどが、どうやって、システムに流された都市の荒野の上で、新たな息吹を発せられるのか。その気配だけを、じっと待ち続けてきた30年であったような気がする。
最近、ケンタッキーの上の洋食屋、三沢堂も潰れた。この昭和の洋食屋も、出来た当時は時代の最先端だったのだろう。小学生の頃、生まれてはじめて食べた新宿・伊勢丹の食堂のハンバーグを思い出す味だった。四川料理の天悠が廃業するのはよく分からない。季節の素材を使ったコース料理が食べられる店で、マスコミにもよく取り上げられていて、まだ賞味期限が過ぎていないだろう。何か事情があるのだろうか。
やはり数年前に潰れた、学大十字街の中華料理「金華」は、近所の年寄りの社交場みたいになっていたが、何度か連続して訪問すると、おばちゃんが気に入ってくれて、食べ終わったら「あんた、コーヒー飲んでいきな」とコーヒーを入れてくれた。インスタントコーヒーでまずかったが、無理して飲んだ。店と客を単なる契約関係以上のものを作りだしたかったのだろう。旦那さんが厨房で料理していたが、晩年はもうろくして、よく注文を間違えたりして、おばちゃんが怒鳴ってた。何か、そういう風景も、個人商店の魅力だったりした。
肉屋がやっていたレストランの「福よし」も、時間の問題だろう。それでも、和気優さんの「農民カフェ」や、日本そばの「みぞれ」のような、若いチャレンジャーたちのお店も増えてきた。みぞれは、ガード下の端っこの方で、手打ちの越前そばを作っていたが、中心部に移転して、店内も広くなり、メニュー開発も熱心になってきた。先日、はじめてカレーそばを食べたけど、おいしかった。
大資本とスケールメリットによる仕入れの価格設定で展開する大手のチェーン店に対抗して、個人で飲食店を経営するのは、大変な努力がいると思う。僕も、学芸大学の王将にはよくいく。願わくば、どちらの方法論が他方を制圧するのではなく、うまく住み分けてくれればと思う。グローバリズムと、ナショナリズムは、対抗するものではないはずだ。
しかし、学芸大学にはないが、吉野家のすき焼きをはじめて食べたが、もう食べない。砂糖いれすぎだよ。個人商店で、おいしい牛丼を作る店が学芸大学にあれば、行くのにな。