Web・アプリ業界は警察の任意捜査で個人情報提供に協力すべきか

謝花ミカ
8 min readAug 31, 2019

図書館の貸出履歴、Tポイントに残る購入履歴、スマホゲームの位置情報。これらが令状なしに警察に渡ることの問題とは何だろうか?一つずつ事例を紹介したい。

図書館の事例

沖縄で、図書館を利用した人の情報を捜査当局に提供していたことがニュースになっていた。

これの何が問題かというと、法律を判断する裁判所の決定なしに行ったことが問題だろう。警察という組織は一般市民を拘束しうる権限を持っているため、基本的には厳しく法律でその組織が律されている。

そのため緊急時を除いて逮捕には裁判所の許可がいるし、家宅捜索もそうだ。そして図書館の貸出履歴もそうであるべきだろう。なぜなら、日本国憲法には第19条に「思想・良心の自由」が明記されているからだ。これは、国が一般国民に対して「特定の思想の強制」や「思想を理由とする不利益取扱いの禁止」を行えないようにするものだ。

CCCの事例

一方、IT業界ではカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が利用者に無断で捜査機関に情報を提供した例があった。

CCCは問題が明らかになった後、規約を変更し、捜査機関に情報を渡す皆を明記した。

これの問題点は、「何をいつ、どこで買ったか」という情報が、裁判所の判断を待たずして、かなりの精度で捜査機関に渡ることである。

「私は別に大したものを買っていない」「犯罪をする方が悪い」などと思う方もいるかもしれないが、警察とて完璧な組織ではなく、署内で数千万が無くなったり誤認逮捕を行うなど、不祥事には枚挙にいとまがない。

そんな組織が、一担当者の気まぐれで誰かの思想を探ったり、購買履歴を通じて生活を把握したりすることができるということは危険なことであって、そのような「強い」権力を行使するには、法律による厳しい手続きを経てから行わなければならないだろう。

そのために法律を熟知した専門家によるチェックをするために裁判所はあるのであり、これの手続きは軽んじていい問題ではない。

スマホゲームの事例

個人的に一番衝撃だったのがこの事例で、GPS(※GPSは基本的にアメリカのシステムだけを指し、GlonassやGalileoなどを含めたものをGNSSと呼ぶべきだが、一般的な呼称としてGPSとした)情報に基づいた極めて精密な位置情報を捜査機関に渡していた事例だ。

以前、警察はGPS装置を捜査対象の車両につけ、位置情報を基にした捜査をしていたが、これは最高裁でやってはいけない捜査と判断されている。(以下参照)

これの問題は「捜査関係事項照会」という裁判所の令状なしで捜査への協力を要請する依頼で行われたことだ。CCCの問題と同様の問題だが、今や誰でも持っているであろうスマホの位置情報を取得して捜査するという点は重大だ。

しかも、この事例を是としてしまうと、例えば「スマホの音声」だとか「カメラの画像」などを自由に取得できるように拡大解釈されてしまう懸念もある。

プロバイダの事例

プロバイダは基本的には「電気通信事業」による厳しい規制がある業界で、この法律には「通信の秘密」というものが規定されている。根拠は憲法第21条である。そのため、警察であっても(捜査が電気通信事業に抵触するなら、)令状なしには発信者のログなどは取れない。

警察の照会に対して、テック業界はどうあるべきか

LINEの事例

LINEはこの分野において一歩先ゆくものとなっており、捜査機関からの要請についての対応が明文化されている。

どのようなプロセスで行われるのか

当社は、捜査機関等からの要請を受領した後、あるいは緊急避難が成立し得る事態を認識した後、直ちに社内のプライバシー保護組織(法律、セキュリティ、政策)において内容を徹底的に審議し、適法性、ユーザー保護の観点等からの適切性の検証を行います。捜査機関からの要請があった場合の検証において、法的な不備がある場合はその時点で要請を拒否します。

例えば、警察からの要求であっても、法的に不備があれば拒否すると明らかにしている。

このように、「どのような法律に基づきどのような場合に捜査機関に対して情報を開示することがあるのか」「なぜ、捜査機関への対応をするのか」「どのようなプロセスで行われるのか」などを自社のサイトで説明した上で、さらに、捜査当局からの要請をまとめ、「LINE Transparency Report」として公開している。

LINE Transparency Report

Twitterの事例

このような取り組みは海外では普通のもので、例えばTwitterでも同様なレポート「透明性に関するレポート」が公開されている。

情報開示請求 (Twitter)

日本は世界で見てもかなりの水準でアカウントの情報開示請求がなされていることがわかる。

Googleの事例

Googleは同様に「透明性レポート」を出していて、Googleへのアクセスが遮断された国などの情報も掲載している。

Googleへのアクセスを遮断したりする独裁国家やその仕組みそのものよりも、そこに暮らすユーザーのことを第一に考えているような感じを受ける。

Google での政治広告

Googleでは、政治広告のレポートまでもが公開されている。

どうあるべきか?

さて、タイトルに「Web・アプリ業界は警察の任意捜査で個人情報提供に協力すべきか」と設定したが、私としては、「裁判所による命令(令状)がないなら、個人情報を提供しない」という見解になる。(誘拐などで人の生死が関わるなどの緊急時のみ、柔軟に対応しても良いかもしれない)

突然警察から照会があったらびっくりするだろうし、応じてしまうのもわかるのだが、そんな時こそ慌てず法律に従うべきだろう。損はしないし、法律に則っているという建前もある。おまけに、プライバシーを重視しているという印象もできる。警察には、「令状を用意してください」と言うだけだ。裁判所からの令状が出てから、その命令に従うのだ。

テック業界は警察の捜査への対処について、関連法などを調査した上で社内で検討すべきであるし、LINEのように考え方を公に示して透明性を確保することが重要だろう。

例えばCCCの例は最悪で、マスコミによる報道によってCCCの捜査への協力が明るみになり、その上後付けで規約を変更することとなった。CCCは以前からプライバシー周辺で問題視されることが多い企業だったが、今回の件はプライバシーの権利が叫ばれる昨今では最悪の事例といえるだろう。

そのようなことにならないためにも、あらかじめプライバシーに対する態度を示した上で、透明性レポートのように運用面でもアピールすることが重要だろう。

現在の日本国憲法はよくできていて、運用さえしっかりしていれば個人のプライバシーも守れるようにできている。それを守っているというアピールをするだけでユーザーは安心できるし、データを預けようという気になるのだ。

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謝花ミカ

理系と文系の学際的領域から社会学、自然科学、工学分野について記事を書く。