言葉の意味を取り違えると大変です。

ときどき、人と話していて話が通じていないって思うことがある。そこで、その定義について質問してみる。自分の言葉のイメージと違うことを言われると、「あ、やっぱりズレてる」って確認ができる。

現実の世界ではそんなこと聞けないことも多い。なんとなく流してしまって、コミュニケーションが破綻する。男と女で求めるものは違う。同じ幸せでも、その主観的意味が、家をしっかり守って仕事をして収入を入れてくれる妻と暮らす(男性)と、専業主婦をさせてくれて気楽に習い事もさせてくれる夫と暮らす(女性)だとしたら、悲劇が始まる。

言葉はコミュニケーションにおいて重要。でも、昔ほど辞書の意味に縛られていないので、ちょっと解釈が間違っているなんてことによく出会う。

ITの世界にいた頃は、辞書チームなるものがあって、プロジェクトで使う用語の定義をとりまとめていた。数百人が同じ言葉で話をするための工夫。でも、数人だとそんなことはないから、言葉の意味をわざと話すようにしている。自分はこういうニュアンスで言葉を使っていると伝える。基本は辞書で、なるべく辞書の意味で使うようにすることで行き違いを押さえることができる。でも、言葉は変わって行き、辞書が追いつかないなんて事も起こっている。そうすると、相手はわかってくれるという期待、つまり甘えを持たずに、言葉を使うことを選ばないといけない。

言葉の辞書的意味が基本ではあるけれど、コミュニケーションの過程ではそれを再確認しながらやっていった方が事故は少ない。自分一人の勝手な解釈で、言葉の意味を拡大解釈、歪曲してしまうと、それぞれの都合が加味され、都合良く受け取られがち。それが続くと人間関係をも破綻させてしまうので、確認という動作が必要になる。

今、何でも基準を言わないといけない世の中になってきている。以前は当たり前のことも明文化して伝えなければ、伝えない方が悪いと言われる。相手に期待し、自分の都合で解釈すると、そこに相手の反応はない。だから、コミュニケーションは破綻する。人とコミュニケーションを取っているという意識、相手がどう思うかを勝手に想像しないで確認をするという手間が人間関係を保つ術になる。