トヨタ製品開発システム|組織開発編
本記事は以下の書籍をベースに、リーン開発やプロダクトマネジメントの源流となったトヨタ製品開発システム(TPD)の組織開発編をまとめました。プロセスエンジニアリングの観点も書き足しています。
こちらの記事の続編です。
Table of Contents
原則5 開発を最初から最後までリードするチーフエンジニア制度を作る
原則6 機能別専門能力と機能間統合をバランスさせる組織を採用する
原則7 全ての技術者が突出した技術能力をもつようにする
原則8 部品メーカーを完全に製品開発システムに組み込む
原則9 学習と継続的改善を組み込む
原則10卓越性とあくなき改善を支援するカルチャーを醸成する
原則5 開発を最初から最後までリードするチーフエンジニア制度を作る
Objectives
- 統一した価値基準(顧客基準)で迅速に決定する
- 組織文化を作る(プロダクトの象徴となる)
- マトリクス型組織の弱点を克服する(部門間対立、コミュニケーション地獄)
R&R(Role & Responsibilities)
チーフ・エンジニア(主査/プロダクトマネージャ)
- 顧客に価値を届ける
- 顧客の声の代表となる
- 技術的なスキルと円熟したリーダーシップをバランスさせる
- 技術的ケーパビリティ
・顧客定義価値
・プロダクトコンセプト、プロダクトビジョン
・アーキテクチャ
・目標設定
・全ての機能別プロジェクトチームのビジョン
・価値のターゲット
・スケジュール
・卓越した技術力 - リーダーシップ
・現場現物を重視
・顧客が欲しているものに対する直感的理解
・直感的だが、事実に基づく
・革新的だが、実証されていない技術には懐疑的
・ビジョンがあるが、実務的
・厳しく指導する教師役、励まし役、鍛え役でありながら、辛抱強く人の言うことを聞く
・ブレークスルー目標を達成することに対して妥協しない態度
・卓越したコミュニケーションスキル
・いつでも手を汚す用意がある
・機能間のコンセンサスを生み出すプロセスを引っ張る
Prerequisites
- CEは会社のビジョン、ミッションを深く理解し共感していること
- 重要な決断を全てCEで下せる
- ただし、命令で仕事を進めてはいけない
- 重大な案件は幹部の商品が必要(QCD、Charter変更、リソース調整など)
- 各部門はCEを支援すること
- 会社の理念が言語化され文化となっていること。もしくはそのために実際に経営陣が行動していること
Tools
- Corporate Vision
- Product Charter
- PRD
- OKR
- 記憶探索型インタビュー
- R&R/RACI Matrix
- ミーティングデザイン
Memo
- レクサスのCEは、数グループのフォーカスグループインタビューだけでプロダクトのコンセプトを決めたようです。ユーザー理解については、量よりも深さの方が大事かもしれません
- 販売目標・利益目標を設定するためには、ファイナンスの知識も必須だと思いました。IRRベースで考えたい部分ですし、スタートアップではステークホルダーの都合上、かなり高い目標値を設定することが半ば強制されると思います
CEの責務のイメージ(個人的解釈)
主査(CE)に意思決定権の多くが委譲されている背景には以下のような責務のピラミッド構造があると考えています。
決断して実行する速度を速めるために権限委譲しているのですが、単に委譲するのではなく、以下のような階層が担保されていなければ機能しないのだと思います。
原則6 機能別専門能力と機能間統合をバランスさせる組織を採用する
Objectives
- 機能別の専門能力と機能横断を統合するうまいバランスを実現する
- 機能別組織の深みや効率と製品別組織の顧客志向の統合
- 製品ごとの縦割り組織とマトリクス型組織のいいとこ取り
Prerequisites
- 顧客第一主義(ジョブ理論もリーンキャンバスも顧客起点)
- CEは会社トップが支援している
- ジェネラルマネージャ(機能別部門のトップ)は、顧客のために働き、機能間の協力の重要性を理解している
R&R
ジェネラルマネージャ(GM)
- 専門領域内での技術者の選択、育成
- 配下の技術者たちの人事考課の調整
- 専門領域で蓄積した知識のチェックリストの維持
- 専門領域を最先端に保つ
- プロダクト間の共通化の調整
- 外注先のマネジメント
- CEのプロダクトに技術者の割り当て
RACI考察
- トヨタ式マトリクス型組織(プロダクトマネジメント版)↓
- 上図のトヨタ式マトリクス型組織をRACI Matrixで整理しなおすと以下(↓)のようになります。ポイントは、C/Iが多い点です。デイリー総括会や大部屋、コンセプト書などでコミュニケーション地獄を回避していると思います。必ず言語化することが基本ということです。トヨタのA3報告書は有名なところです
- 上図をさらに、機能別部門のジェネラルマネージャ(部門長)を含めた版のRACI Matrixです。ポイントは、PMが機能ごとのタスクに関与しておらずプロダクト開発に専念できることと、ジェネラルマネージャがプロダクト開発を支援する仕組みになっている点です。改めて書き起こしてみましたが、大変参考になりました(CE制度のRACIは検索しても見かけません)
原則7 すべての技術者が突出した技術能力を持つようにする
Prerequisites
- プロダクト開発は個人の能力に依存する
- プロダクト開発のスピードは、メンバー間の信頼関係に依存する
- 上司は専門的なスキルが十分にあり、部下を指導できる
メンバーの資質
- コミットメント|やるといったことを実行する意思を持つ
- ケーパビリティ|実行するための能力を持つ
評価ツール
- プロトタイピング
- デイリー総括会|毎日の終わりに検査結果、問題点と対策を共有
- 技術チェックリスト
- 期待スキル表
採用基準(求める能力)
- プロダクトや技術者(ITに限らず全職種)の仕事に対する愛着(ビジョン、ミッション、バリューへの共感)
- 技術能力(ITに限らず、マーケティング、リサーチ、CS、営業を含む)
- 創造的な問題解決能力(斬新な発想の思考能力)
- チームワーク(根回し、協力、情報の共有)
- 状況をすばやく、詳細なレベルで正確に把握する能力
- 状況を簡潔に説明する能力
- 常に納期を守るように働く自己規律
- 目標達成に対するモチベーション
- 仕事と会社に対する献身
社員育成
※技術者という言葉はどの業種の従業員にもあてはまると思います。
- 標準化|能力開発の標準の期待スキル表で評価(組織がある程度大きくなってから)
- 学習する組織|管理職は教師となり、技術的な指導を行う(ケーパビリティのない社員を評価しない)
- 人を育成し、知恵を蓄積していく
- 現地現部主義(手を汚す)
- 失敗しても処罰せず、試して体験することが当たり前という学習するカルチャーを醸成する
- オープンな態度で革新の精神を育み、技術者にチャレンジを与え続ける
原則8 部品メーカーを完全に製品開発システムに組み込む
Prerequisites
- 全てを自社で開発できない(リソース、技術的、特許等の観点で)
Objectives
- 長期的に巨額の固定資産を減らせる。部品メーカーに任せることで投資を削減する
- 自社が設計・製造する領域だけに集中する
- 部品のコストを抑えられる
系列制度
- 外注先を分類し、対等に接する=相互に結合した企業の階層構造に近い
- 外注先も教育する
- 相互に利益のある長期的関係を構築する
- 関係を育成する
- 価格が全てではない
- コアテクノロジー/キーコンポーネントの能力・知見・経験は社内に蓄積する
- 部品メーカーに対し敬意を払い、無理強いしない
Memo
部品メーカーとの関係成熟度と製品開発における役割
原則9 学習と継続的改善を組み込む
参考文献
ピーター・センゲ|学習する組織
野中郁次郎|知識創造企業
クリス・アージリアス|”Teaching Smart People How to Lean”
ジェフェリ・フェファ&ロバート・サットン|”The Knowing — Doing Gap”
リーンシステムを取り入れようとして失敗する組織がほとんどなのは、暗黙知の移転ができていないからというのが上述の参考文献からのメッセージだと思います。
- “やりたいことと、できることは違う”
- “理想と現実は違う”
こういった当たり前を素直に受け入れ、経験を通じて少しずつ成熟していく正攻法しかないということだと思います。
“Done is better than Knowledge”
だと思っています(元ネタは”Done is better than perfect”)。これはある意味トートロジーになっています。経験こそ知識(暗黙知)だからです。
Prerequisites
- 問題は成長の機会である
- 問題は製品開発プロセスの自然な一部である
- 問題を早期に発見し、最適解にすばやく到達し、恒久的解決を実施するで知識ベースが強化される
- 問題を解決するためには、シングルループだけでなく、ダブルループまで徹底して行う必要がある
- 無知とは最大のコストである
- 製品開発サイクルを速めることで、速く学習できる
- 暗黙知は真似が困難で、競争の源泉になる
- 暗黙知の移転にはお互いをよく知っていることが大切である
Objectives
- 暗黙知を蓄積し、移転する
Tools & Methods
- 部品メーカーの技術デモ
- 競争相手のティアダウン分析
- チェックリストと品質マトリクス(後述)
- 学習に力点を置いた問題解決|A3報告書
- ノウハウデータベース(後述)
- 反省会議(後述)
- プロジェクトマネージャ会議(CE≠プロジェクトマネージャ/プロセスマネージャ)
- 事業改革チーム(プリウスもここから始まった)
- OJTスキルマトリクスと学習中心のキャリアキャンパス
- 常駐技術者(社内、関連会社)
経験からの学習を阻害する要因
・時間のプレッシャー
・抑圧的な仕事量
・責任回避
・複雑なプロジェクト
反省会
- 事が終了しだい、出来る限り迅速に開催する
- チームのスコープ内の事項に重点を置く
- 批判や正直な言葉に耳を傾ける
- 定期的に開催する
- 標準やプロセスを更新しなければならない
- 個人反省|個人の改善計画を管理職に提出。フォローアップ計画を作成して改善していく
- リアルタイムの反省|A3報告書(後述)によりチーム等で実施
- 事後反省|機能別の代表者が成果を評価、反省、アイデアを報告
意地悪試験
- 車のサブシステムが故障するまで試験する方法(異常状態下で追い込むことで物理的限界を理解する)
- 通常の試験のような合否では経験できない、現在と将来の設計や材料に対して深い洞察を得る
源流での問題解決
- 問題の根本原因を探し出す
- 複数の解決策の影響を評価する
- 再発防止策を見出す
- その後の反省会議で対策状況をトラックする
- ノウハウデータベースになりつつある標準やチェックリストを改定する
- 結果を他の開発プロジェクトに展開する
A3報告書やWhy5回が使われる
クロスチェック
- いくつかのグループに分け、同じ問題をチェックし合う
- 結果が異なる場合は、調査チームは問題を特定し、対策する
毎日のまとめ会議
- デザインレビュー、試作品組み立て、生産立ち上げの際に使われる
- 毎日の終わりに製造現場で実施
- 部品メーカーを含めて実施
- その日に学んだ教訓をシェア
- 各人の宿題を明確化し、リアルタイムに軌道修正していく
ノウハウを育み管理する
- リーン製品開発の最も協力な競争優位の武器
- ノウハウの知識は強力だが、維持・改定していくことは難しい
- 品質は検査で組み込むことは出来ない。プロセスの中で生まれる(デミング博士)
- だからこそ問題が表面化した場合に源流に遡る(真/根本の原因)
原則10 卓越性とあくなき改善を支援するカルチャーを醸成する
カルチャーとは
- カルチャーとは、共通した前提条件を信じていること
- 共通分散がカルチャーであり、個別の分散が個人のばらつきである
- 人が組織に入り動き始めると、組織が何を意識し、何を嫌うかを理解するようになる
- 無意識レベルで機能している
- したがって、ツール(例えばA3報告書)を導入して醸成できるようなものではない(プロセスごと必要)
トヨタの哲学(思想・信条)
- 学習は暗黙的である|深い経験のある指導者の下で密な人間関係があって初めて可能となる(上司は指導しなければならない)
- 実践を通じて学習する|最善の方法だけ実行しても学ぶことは出来ず、可能な解決策を多数試し、失敗を反省して学ばなければならない
- 顧客第一主義(顧客のために各機能間で協業できる)
- 顧客、社会、地域社会に貢献する
- すべての技術者には説明責任がある
- すべての技術者が製品開発の主役である
- 現地現物主義(手を汚す)
- 皆が団結せねば生き残れないという状況からくる協力的精神
トヨタのカルチャーを生むためプロセス
- 標準化とプロセスに従って働く|標準化の重要性を信じ、作成と改善に時間を投資し、厳密に従う
- 計画を守る
- A3式コミュニケーション手法|本質を抽出して検討する
- 根回し|多数の会議を開かず、A3報告書の重要な部分は事前に機能間/部品メーカーを跨る関係者のコンセンサスを得る
- “ほうれんそう”の徹底|管理職が毎日CEに実施
- セットベース・コンカレント・エンジニアリング
- 技術者が経営する会社であり、技術的な階層になっている
- 大部屋でコミュニケーションを促進する
技術的卓越性を生むトヨタのカルチャー
- チームの一体性
- ほうれんそう経営
- 技術的卓越に対する尊敬の念
- 新しい手法をそのままではなくテーラリングして取り込む(自分たちに合わせる)
- データ中心主義
- 科学的な手法を使って技術をマスターする
- 日常的改善
- プロセスの規律、勤勉と愛社精神
- 経験から学ぶ、学習するDNA
カルチャーを生み出す流れ
- 会社の哲学がすべての土台となる
- 哲学がプロセスを生み出す(なのでツール、F/Wの導入もテーラリングが前提となる)
- カルチャーはプロセスに支えられ、プロセスは哲学に支えられる
- カルチャーはプロセスを強化し、プロセスは哲学を強化する(逆向きにも働く)
- リーン組織になるには順番がある|哲学→プロセス→カルチャー
- カルチャーは暗黙知の移転が必要であり、人から人でしか移転できない
- カルチャーは常にアップデートし、新陳代謝していく(内容の改定、人から人への伝搬)
- CE(主査)はカルチャーアップデートの旗手である