二人の台所

「昔、お婆ちゃんがね、夕方に子供の声がよく澄んで聞こえると、次の日に雨が降るんだよ、って。」と、母は言います。
「本当に降るよ、雨。」と、懐かしそうに微笑んでいます。

母は嫁ぎ先で父方の祖父母と同居をしていました。昼間働きに出て、家事は祖母がしていました。二人は仲が良く、夕食が終わると、台所に残って、くすくすと笑い、お喋りをしていたのを思い出します。

小さな町で、母は、近所付き合い、冠婚葬祭の云々、父の恥ずかしい過去など、仕事以外の全ての情報を祖母からもらっていたと言っても過言ではありません。

明治生まれの祖母は、独特の知恵を持っています。母はその全てを素直に受け入れているので、私が幼い時は、事あるごとに、二人揃って、不思議な注意をするんです。

夜、口笛を吹くと、泥棒が来るから、止めなさいね。

部屋の仕切りを踏むと、お父さんの頭が腫れてしまうから、止めなさいね。

夕方に新しい靴を玄関に下ろすと、両親の死に目に会えないから、止めなさいね。

思い出せば割と不吉なものが多いですが、当時、二人が真剣に言うので、聞いておくか、という感じでした。

祖母が亡くなってから随分と経ちます。母は今も、

おばあちゃんがね、

と、懐かしそうに、話すんです。

彼女達が毎晩話し込んでいた台所。穏やかに、ひっそりと、暖かく。

夕食後、彼女たちだけの、ほんの少しの自由な時間。私には、その時だけ、あの場所が蝋燭に照らされた小さな洞窟に見えていたんです。

「思い出」という宝物はそこから生まれていたんですね。