モデリングから考える長期的なCOVID-19戦略

Mangoose cat
10 min readApr 9, 2020

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日本でも遂に感染爆発が起ころうとしています。

一昨日2020年4月7日に緊急事態宣言が7都道府県で発令されました。目標は接触を8割減少させること。

筆者はロンドンの大学院で疫学やモデリングを勉強しています。まだ勉強中の身ですが、大学のモデリングメンバーに指導も仰ぎながら日本の状況を分析しています。

発表されている限られたデータを元にしか出来ず、不備もあるかとは思いますが具体的な値というよりは考え方という意味でシミュレーションをした結果を共有してみたいと思います。

4月8日から30日間、8割の接触を減少させることが出来たときの一日の新規感染報告数の推移の予想

青が何も介入をしなかったとき、黄色が4月8日から8割の接触を減少させたときです。

4月8日から接触を8割カットすると、新規患者数は4月17日頃にピークを迎え、その後減少が予想されます。5月8日から普段通りの生活に戻ると再度感染者は増加する。

長期的に見ると

波は横にずれますが、形はほとんど変わりません。ピーク時の1日の新規感染者数が120万人となると到底医療システムが成り立ちません。

ところで、「集団免疫」という言葉がかなり聞かれるようになりましたが、免疫をもつ人が人口のある程度の割合(この割合は病原体それぞれの感染力や人々の接触パターンによりますが)に達した時に、感染拡大は収まります。

逆に集団免疫の状態に到るまでは一時的な措置を取っている間は感染拡大がおさまってもそれをやめると再燃する、というジレンマがあります。

厳しい外出制限をこのまま永遠に(ワクチンが開発されるまで)しなければいけないのでしょうか。

長期的にどうすればいいのか。

いくつかのシナリオで考えて見ました。

シナリオ1:医療資源の限度容量に合わせて感染が再燃する度に外出制限措置を繰り返す。

そもそも医療資源の限度は何によって決まるか。

軽症者は収容施設を整えれば良さそうだが、重症者を治療出来る施設・人員を短期的に大きく拡大することは難しい。

集中治療室の病床数は全国で6298床ある(厚生労働省2017)。

もちろんそこには他の疾患の患者さんがいるので全ては使えないが、約半数3000床をCOVID-19に充てられるとする。(一部地域に患者が集中すればこれに達しなくても医療崩壊は起こるのでこの想定は弱いが。)

集中治療が必要な患者が一時点で3000を超えないように、その都度強力な措置をとるというシミュレーションが以下だ。
※ここでいう強力な措置、外出制限、ロックダウン、とは接触を80%カットする状況とする。

一回の外出制限措置を30日と設定したのがこのシナリオAです。

(なぜICU occupancy(集中治療症例数)のトリガーの設定を1200にしているかというと、外出制限措置を開始してから感染者が減少してくるまでに1週間超のタイムラグがあるため、重症患者数が3000に達してから非常事態宣言をするとピーク時の重症患者数がその何倍にもなってしまう。1200に達した段階で外出制限措置を開始することでピークが丁度3000に収まるのです。)

外出制限措置を短期間で開始・中止を繰り返さないといけなくなります。

そこで、一回の外出制限措置を60日と設定したシナリオBもやって見ました。

シナリオAとBで2021年3月末までに感染者数・死亡者数がどれくらいになるかを試算してみると(CFR3%と仮定)

シナリオA:集中治療室が1200床を越える度に外出制限措置を30日間
シナリオB:集中治療室が1200床を越える度に外出制限措置を60日間

一年の半分以上もロックダウンの状況で過ごさないといけなくなりました。

ワクチンが早く開発されればいいですが、これが1年でなく何年ともなると社会経済への影響は計り知れず、何かいい手立てはないか、、と考え次のシナリオ2をやってみました。

シナリオ2:一旦強力な外出制限措置で感染者数を減らした後に、積極的な接触者追跡・早期診断・早期隔離、加えて軽度の社会的距離を継続する

一旦、ロックダウンなどの強力な措置で感染者数を減らした後に、長期的介入(積極的な接触者追跡・早期診断・早期隔離、加えて軽度の社会的距離を継続しRn=1を保つ*)をした場合のシミュレーションを行った結果がこちら。*どうやってこれが可能か、詳しくは下記プラスαに記載。

シナリオA:30日間外出制限をした後に上記の長期介入
シナリオB:60日間外出制限をした後に上記の長期介入
シナリオC:90日間外出制限をした後に上記の長期介入

R=1をギリギリ保った状態というのは新規感染者数は増えもせず減りもせず一定です。
1年経った時の感染者数と死者数(IFR1%と仮定)

長期的に見ると一旦ググッと感染者数が減った中で、増えないように維持していくほうが長期的には資源消費・死亡者は減らせる。ただ国民全員を1ヶ月、2ヶ月追加で家に閉じ込める弊害も考えなければいけない。

プラスα:そもそも、なぜ無症状・軽症患者に診断をつける必要がある?

私も1ヶ月ほど前までは診断に拘る必要がないのではないか、我々の最終目標は死者を減らすことであって、診断してもしなくても治療介入の必要のない軽症者を診断しても意味がない、PCR検査に多大な資源を費やすくらいであれば別のところに資源を使うべきじゃないか、と考えていました。

しかし、長期的な目線でいうと、この感染症においては無症状者・軽症者をいかに診断・隔離が出来るかが鍵になってくるのではないかと思い始めています。

COVID-19の厄介なところというのは、無症状期の感染伝播があるというところ。そして経過中に症状が全くない、もしくは殆どないという人も一定数いるということが徐々に分かってきている。

厚労省発表のダイアモンドプリンセスの報告(4/8本日現在)ではPCR陽性となった712人中331人は無症状でその後も経過したとあります。これが本当だとすると凄い事です。感染者の46%が症状がない、気づかずに普段生活を送っている、となると彼らからの伝播を止めなければ知らず知らずのうちに感染は拡大する。

無症状の感染者を特定するために接触者追跡が非常に重要になってくる。
感染者を特定出来た場合、その感染者は隔離され、それ以降感染は拡大しない(と仮定する)。診断されない感染者は自然に感染力がおさまるまで他人に伝播させ得る。

つまり診断されなければ2週間もの間ウィルスを伝播し得る感染者を、最初の1週間で診断し隔離すれば次の世代への感染者が半分になる。(もちろん時期によるウィルス量の違いもあるがここではそれを一定と仮定。)

つまり診断をする割合を上げる、そしてなるべく早期に診断隔離することで1人あたりの次の世代への感染者数、つまり再生産数(Rn)を下げることが出来る。

Rn<1となった時、アウトブレイクは収束に向かう。

プラスα2:Rn<1となるための①〜③の条件

詳しくはSEIQRの項に方法は記載しております。
https://medium.com/@mmcat/seiqr-model-evaluate-the-effectiveness-of-contact-tracing-fa58c80f4e5f

①全感染者に占める診断できている感染者の割合(p: proportion reported)
②感染力を持った時点から診断までの日数(Dq)
③普段の生活に対して何%接触を減らすか(軽度の社会的距離)

私が最近の報告数にモデルをフィットさせるとR0が3.5くらいになってしまうのですが、西浦先生はR0=2.5と仰っているので両方でシミュレーションしてみました。

元の生活に比べて人との接触を何%長期間継続して減少させた状態で保つか(Reduction of contact)に関して、10~20%くらいなら可能かもしれません。でもこれが50%になってくると長期的な社会・経済生活への影響は大きそうです。

20%で感染拡大を防ごうと思うと、かなり早期に多くを診断しなければいけなくなる。でもこれが出来るのであれば、社会・経済へのダメージは少なくて済む。

日本の現在の診断状況は?

現在日本で無症状・軽症状の感染者も含めた、感染者全体に対する報告に上がってきている割合はどれくらいなのだろうか。

中国での軽症者の割合からの西浦先生の推定によると44%、ダイアモンドプリンセスの報告の無症状者からの推定で28–50%。

北海道の報告例を調べると、疫学リンクがある人は発症後平均6日で診断されているのに対し、症状ベースで疑われて診断された人は発症から平均8−9日となっている。

積極的な検査・追跡・診断・隔離により再生産数を減らすことが出来る。

一方、感染者数が多い状況で全員の追跡は難しくなる。診断を付けられている割合(p)が下がると感染者数はさらに増加する、という悪循環がある。

今の日本の状況をみていると、感染が制御下にない。最初の3ヶ月接触者追跡がかなり感染制御に貢献してきたと思われるが、今は人員的にも技術的にもこの急増する感染数に対応しきれていない。

直近の東京の検査数と陽性者数の不均衡

東京都の発表によると4月9日の新規感染確認180に対して検査394とあり。

「医療機関が保険適用で行った検査は含まれていない」とあるので実際の数は不明であるが陽性率が上昇しているようであれば報告されていない感染者の割合が増えている可能性はある。

今出来ることとしては一旦厳しいともいえるけれど、人の動きをしっかり抑えて感染を抑え込む。

その後に感染者数が落ち着いたところで仕切り直して、積極的な接触者追跡・早期診断・早期隔離を行っていく。

検査は数が限られている、技術的に難しいのはあるのかもしれないが、目指すべきは検査数の拡充だと思われます。

ご指摘・コメント・ご提案などいただけると嬉しいです。

感染により失う命だけではなく、社会・経済活動へのダメージはそれそのものが命の問題であることを念頭に政策は決めていかないといけないでしょう。ただ、タイミングを誤ると両方の被害が甚大化し兼ねません。

どちらの被害も最小限に出来る策を実行に移していく事が必要だと考えています。

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Mangoose cat

A living animal learning epidemiology, infectious disease modelling & health economics in London