MODALAVAストーリー:元アパレルプレスかのん(35)の場合(前編)
アパレルのプレスで激務な20代を過ごしたかのん。結婚出産後にかのんが選んだキャリアとは?(前編)

小さい頃からファッションが大好き。テイストを一つに決めきれず、ギャルも原宿系もお姉さん系も全部体験した。ルーズソックスも紺ソックスも気分によって使い分けた。大学を卒業して念願のアパレル企業に就職し、2年の販売研修を歯を食いしばって耐え、愛嬌と要領の良さをフル活用して念願のプレスに異動。それから5年はいつ寝たのかも覚えていないくらい、とにかく服まみれになって仕事をした。
ふと、このまま自分は仕事をして40代になってしまうのかと思うと怖くなり、「Happy Birthday Kanon!」と書かれたデザートプレートの向こう側にいる彼が指輪を差し出してきた時には、嬉しさと安堵とで、人生最高の笑顔でYESと答えた。
NYへ古着のウェディングドレスを買いに行くという口実のハネムーンを済ませ、ヴィンテージドレスに合わせたシャビーシックな手作りガーデンウェディングを企画。幸い、つわりが本格化する前に式を挙げられ、きらめく深緑に女性ホルモンのシャワーで透き通る肌のかのんのウェディング写真が何百枚とアルバムに収まっている。
4歳の娘の明日の服を選び終わり、来月1歳になる息子のバースデーパーティーの風船の発注を忘れないようリマインダーに登録した。リビングの想い出コーナーに飾ってある5年前のウェディング写真を見て、自分でもうっとりする。誰もが羨むほどオシャレで、若くて、輝いていて、そして笑顔が本物の、最高の自分を思い返す、毎晩の癒しの時間だ。
結婚式の準備で仕事を少しセーブした。周りも祝福してくれ、今までの働きもあって、落ち着いたら秋冬ものからまたよろしくね、と言ってくれた。式の直前に発覚した妊娠は、激務の中つわりが本格化して医師から入院を勧められるともう隠すことは出来なくなり、結婚式後もまったく使い物にならなかった罪悪感を抱えたまま、産休に入った。
そのまま長女を出産。1年後に運良く保育所へ預けられ復帰したものの、プレスには戻る事ができず、時短で各店舗の販売レポートをさばく業務に。幸い夫は一人目から子煩悩に目覚めてくれたので、両立に困るということはなかったが、残業なし休日出勤なしでは他部署に移ることは叶わなかった。もともと楽観的なかのんだったので、引き換えに得た気楽さもあり長女が保育園に慣れた頃に第二子を妊娠し、ごく事務的に産育休に入った。兄弟枠で可も不可もない保育園への入園が決まり、来月長男は1歳、つまり、かのんの仕事復帰も迫っていた。

「仕事とキャリアの両立」が声高に叫ばれ、保育園もいたるところにできていた。母親が仕事をしていても、家庭生活が維持できるよう、家事代行も宅食もベビーシッターすら、ネットで予約出来た。会社でも人材不足が問題となり、前のように仕事に時間が割けるのであれば、元のポジションへも戻れそうな気配はしていた。でも、子育てを経て、かのんの気持ちには変化が起きていた…
子育てが楽しかったのだ。もちろん、睡眠不足、母乳が出ない、夫にイライラする、などは一通り体験した。しかし、最初の子供が女の子だったこともあり、着せ替え人形のように服を買い、写真を撮り、それをインスタに載せ、下の子が生まれるとリンクコーデで写真を撮り、インスタで褒めてもらう。子供は並べれば並べるほどかわいい。リンクコーデでふたりがじゃれあう動画は、アップして数分で何百ものいいねがつく。何なら3人目がいたっていい。でも、仕事に復帰して自分の好きな仕事をするとなると、インスタをする時間も、3人目計画も、かわいい服を探すのも、全て諦めなければならないのは明白だった。もう一つの選択肢としては、事務作業を淡々と続けながら子育てにウェイトを置くことだが、家族のためとはいえキャリアとして一歩も前進しない数年をまた過ごすのかと思うと、それも嫌だった。
※本作は事実をもとにしたフィクションです。
