天才はサポートなくして活きられない。

今日、彼との電話の中で「天才型と努力型」の話になったんだけど、

わたしは以前から自分でも言っているとおり完全なる天才型。

だからわたしは同じく天才型のイケハヤさんや家入一真さんに惹かれるのだけど、

天才型の人っていうのは、基本的にひらめきや直感で判断したり行動する。

これはわたし自身がそうだからよくわかるのだけど、

そこに理論や理屈なんて存在しないのだ。

いや厳密にいえば、自分の中には自分なりの論理や理屈はあるのだけど、

それをコトバにして(とくに企画書などの文書にして)

他人を説得させる、ということはできない。

(というか、そもそもそうしたことをムダだと思っている)

それに対して努力型の人っていうのは(世の中は、この努力型の人が大半)

直感やひらめきなんて不確かなものじゃなく、もっとキッチリとした理論や理屈があって、

またそうした知識を身につけたり、実際に行動したりと、ものすごい努力をしている。

まぁいってしまえば天才型の人っていうのは、

ふつーの人があたりまえのようにできることがまったくできない。

そして基本的に努力することもできない。

できるとしたら、それはただ「自分がやりたいことをやる」というだけであり、

(たとえそれが他者からみたら努力だとしても、本人にとっては努力じゃない)

そこに特化しているから、特殊な分野で花が開いたり、目立ったりする。

だけど基本的に天才型の人っていうのは、

いってみれば設計図が頭の中にあるような人なので、とてもわかりにくい。

そして往々にしてダメ人間の率が高い。(例外なく、わたしもそう)

だからこそ天才型の人の才能が活きるためには、

世の中の大半の努力型の人のサポートなくしてありえない。

そうしたサポートがなければ、ただの「変わり者・ダメ人間」で終わってしまう。

この世にほんとうの天才型の人っていうのは、ものすごく少ない。

世間から天才のように言われている人も、実際には努力型の人の方が大半だ。

それが「天才型」のように見えたとしても、実際には努力型の人のケースが大半だ。

誤解のないようにいっておくけど、わたしは努力型の人を尊敬している。

なぜなら自分とは対極にいて、それでいてものすごい努力を重ねて、

それこそ血のにじむような努力を重ねて、結果を出しているからだ。

そしてそういう人は、社会人としての「まともな感覚」をちゃんと持っている。

わたしからしてみたら、もうそれだけですごいなって思うし、

そういう視点で考えたら、わたしは本当にダメ人間だなって思うし、

だからこそ、そういう「まともなことができる人」のサポートがなかったら、

わたしなんて、本当にただのダメな人&変わり者で終わってしまう。

天才がゆえの悲劇、っていうのはいっぱいあって、

そこにはもちろん他者からの妬みもふくまれる。

とくに努力型の人からの妬みというのは、かなりめんどくさいものがある。

でもだからこそ、そうした枠組みを超えてわたしを好いてくれたり愛してくれたり、

さまざまなカタチでサポートしてくれる人というのは本当にありがたいと思うし、

そういう人たちがいなかったら、わたしなんて本当にまともに生きていけない。

でまぁ何が言いたいかというと、天才型の孤独っていうのは根が深いものであり、

だからこそ信頼できるパートナーを得ることはもちろん、周囲の人たちもふくめて、

自分は自分一人で生きてるわけじゃない、ってことを忘れてはいけないなと思います。

コレ、元旦那さんと離婚してから1年9ヶ月ちょっとの中で、本当に実感していることです。

天才は、その才能を認めてくれて、かつサポートしてくれる人がいなかったら、

まともにこの世を生きていくことはできない。

だからわたしは一人で生きられないんだな。

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