自分自身が変化すれば、書きたいことは自然と変わる。

わたしは素人時代もふくめると、もう10年以上、ネット上でなんらかの文章を書いている。

とくに「菅野 萌」として活動するようになってからは、そこに音声も加えて、

さまざまなコンテンツをネット上に書き散らかし、話し散らかしてきた。

わたしが「恋愛専門カウンセラー」であることは、おそらく一生変わらないと思うけど、

(なぜならわたしは根っからの恋愛体質であり、男女のことをあれこれ考えるのが好きだから)

そしてそこに占いというツールを使うことも、おそらく一生変わらないことだと思うけど、

ブログやSNSなどで発信するコンテンツは、わたし自身の変化とともに自然と変化する。

また書いたり話したりする内容も、歳月の流れとともに、あたりまえのように変わる。

これってごくごく自然なことで、逆にいったら今もわたしが10年前と同じことを書いていたら、

それってこの10年のあいだに何の変化も成長もなかった、ということになる。

わたしの場合、昨日思っていたことが、翌日には変わるということだってあたりまえのようにある。

それは日々、常にいろんなことを考えているからであり、だからこそそれらを言語化することで、

じぶん自身の頭の中を整理し、また新たなインプットをすることで、思考に変化が生まれる。

人は誰でも歳をとる。

それは自分だけじゃなくて、周りの人も同じように歳をとる。

そして周りは人を年齢で判断する。

これは何をどういっても、事実であり現実だ。

だけどそのことを忘れて、たとえば今のわたしが20代の子のようなことを言っていたら、

それはやっぱり「イタイ人」と周りは認知する。

実際のところ、わたしは子どものまま歳をとってしまった部分があるのは否定しない。

そういう意味では、周囲に「子どもそのものだ」と思われることもあるだろうし、

そこに嫌悪を感じる人もいるかもしれない。

けれども、そんなわたしだって確実に20代のときとは考え方が変わっているし、

たとえば3か月前のわたしと今のわたしにも、確実な変化がある。

それが「生きている」ということであり、それがあたりまえのことなのだ。

だけど人は、それを許さないことも多い。

それは勝手に相手に対して期待をしているだけのことなのだけれど、

相手に何かを期待し、そしてそれを求め、望む人は多い。

そんなとき大事なのは、周囲の期待に応えることのバカらしさを思い出すことだ。

他人なんてのは本当に無責任に、こちら側に勝手な希望や要求をする。

だからこそ、そんな他者のことばに振り回されたり、惑わされたらダメなのだ。

ぶっちゃけ参考になる意見なんてのは滅多になくて、

大半はその人の願望そのものをこちらに要求しているだけだからだ。

その中で一定数の同意見があれば、それは考慮する余地もあるけれど、

だからといって、それに振り回されるのではなく、じぶん自身で判断し、決めなければならない。

自分自身が変われば、書きたいことも話したいことも変わる。

それはごくごく自然なことであり、これからもわたしは他人の期待に応えることなく、

そのそきそのとき、自分自身が書きたいことや話したいことを、これからも発信していきます。

もちろん一定のニーズを無視することはしないけどね。

(でもニーズに振り回されることはしない。コレものすごく大事、ということを経験から学んだ)

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