
闘うフェーズはもう疲れたの@わたしらしく生きる、ということ。
今までわたしは自分自身を鼓舞する意味もふくめて、
ずっとずっと闘って、そして走り続けてきた。
だけどもうさすがにそういうのに疲れたというか、
本来わたしは、そういうのを持ちあわせていないんですよね。
いやもちろん、そういう時期があったからこそ「今のわたし」がいるのは事実だけれど、
基本的にわたしは「平和主義」「博愛主義」「理想主義」の
三拍子がそろっているのですよ、こーみえて。
でも本来のじぶんのままじゃ勝負に勝てないって思って、
ずっとずっとじぶんを鼓舞しつづけてきたし、実際それが必要だった時期もある。
でもねーやっぱりそういう生き方って疲れるんですよ、
なによりじぶん自身がそういうのを本来、もちあわせていないから。
で、そろそろ限界がきた。
もうね、走りつづけるの疲れちゃった。
もうなんかそういうのいいかなって思うようになっちゃった。
それはたぶん、わたし自身がなにより求めていることで、
闘いつづけて走りつづける生き方は、じぶんにムリが生じる。
だから疲れて消耗する。
☆
いやもちろん、ほんとうにじぶんにとって「それは違う」って思うことがあれば、
それはじぶん自身の意見として発信するけれど、本来はそういうの好きじゃない。
もっとゆったりのんびり穏やかに生きていたい。
必死に生きるのって、すごく疲れるんですよ、あたりまえだけど。
で、そういう生き方ができる人って、基本的にイヤなヤツが多い(爆)
まぁだからこそイヤなヤツほど結果を出したりするのも事実なんだけど、
なんかわたしはもうそういうのいいや・・・ってキモチになってるんです。
☆
たぶんわたしがほんとうの意味で素で戦える場所って恋愛市場なんですよ。
とはいえ、そんな殺伐としたものではなくて、
それこそ「平和主義」「博愛主義」「理想主義」の精神をもって闘うので、
それは全然、消耗しないんです。
結果、世の多くの男性の愛情をもらうことができる(笑)
またその中で、とびっきり極上の愛情を注いでもらうこともできる。
そういう生き方こそが「わたしらしさ」だなぁって気づいたんです。
☆
じぶんで言うのもナンだけど、
わたしは「恋愛をするために生まれてきた」というよりも
「男性から愛されるため、というよりも男性を愛するため」に生まれてきたと思うんです。
だから結果として多くの男性から愛情を注いでもらうことができる。
それってこの世に女性としての生を受けて最高のよろこびだと思うし、
最高の役目を果たしているともいえる。
だからわたしは闘うことをやめる。
そもそも闘うのは男性の役割だよ(笑)
女性はそんな男性を癒し、愛することで、男性から守ってもらえる。
それが「わたしらしさ」であり、一人の女性としてはもちろん、
「菅野 萌」としても、そんなふうに生きていきたいし、そういう発信をしていきたい。
といっても、ただ単になんでも「いいよいいよ」って甘えを受け入れるつもりはないし、
じぶんなりの哲学は、これからも順守していくことに変わりはないけれど。
ただ一つだけ思うのは、ただやみくもに走りつづけていたら、
いつかどこかで必ず限界がくる。
そんな生き方だけはしたくない。
そんなふうに思うのです。
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