護憲派も賛成する憲法9条改正案

YOSHIO
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Aug 28, 2017 · 3 min read

安倍首相が5月に憲法9条改正について言明してからメディアでの憲法論議が盛んになったように感じる。

正直なところ、逃げ切り世代の政治家が社会保障問題や抜本的な経済改革を先送りして、憲法改正というレガシー作りに息巻いていることへの白けはかなり大きい。今のうちに政治がエネルギーを割いておくべきテーマは本来違うところにあるように思うからだ。

とはいってもすでに一国のトップが憲法改正に議題設定をしてしまった以上、無関心ではいられない。(今後、憲法改正論議の盛衰がどうなるかはわからないが。)

さっそくだが、以下のツイートが素人として思うところだ。当然専門家ではないのでテクニカルな部分やその他もろもろは分からない。

「憲法9条の改憲は、①自衛隊明記と②平和教育の明記をすれば、好戦的なシビリアンを抑制でき、かつ現実主義と理想主義のバランスが取れるのではなかろうか。戦争の風化を防ぐためにも平和教育は重要だし。ただ憲法改正は個別発議の原則があるのでどちらか一方が通る通らないという場合もあるが。#改憲

https://twitter.com/monsieuryoshio/status/898759864649891841

つまり平和主義・理想主義をはじめ、リベラルな価値観をより深化・具体化するために、より革新的な憲法改正案を提示するのもありなのでは、ということ。(改憲派が革新的に、護憲派リベラルが保守的になっていることは度々指摘されていることだが。)

たとえば「核兵器禁止条約への不参加は唯一の核被爆国としてあってはならない」ということであれば、非核化の理念を憲法に書き込むということも考えられる。またツイートで書いたように、先の大戦の記憶を継承する、平和への想いを後世にも残す、という理念を「平和教育」という文言で憲法に記してもよいはずだ。ただ行き過ぎた平和主義・理想主義が安全保障政策に対する思考停止につながり得るという問題は残る。思考停止は、適確な批判ができず誤った安全保障政策を支持してしまいかねない、という危険性を孕むからだ。実際には理想主義的な対外政策と現実主義的な対外政策を折衷した、バランスのとれた平和教育が必要かもしれない。

ちなみに教育基本法では「平和」と言う目的はすでに掲げられており、憲法に「平和教育」を書き込むことは教育基本法における「平和」というの理念を憲法に格上げすることになる。

他にもリベラルな価値観を憲法改正で問題提起できるものは少なくない。例えば25条の生存権に関する記述についても、その主語を「国民」から「すべての人」にすることで日本で人権抑圧されている外国人の問題も提起することができる。

もちろん改憲プロセスを発動させたくないというのが本来の護憲のあり方である点や、政治戦略的な意味合いがあること理解はできる。だがリベラルな憲法改正案を提案することでより深く議論ができるということもあるのでは、と思ってしまうのだ。

参考

プライムニュース テキストアーカイブ「護憲派・改憲派が激論 憲法9条と自衛隊明記」http://www.bsfuji.tv/primenews/text/txt170613.html

http://monsieuryoshio.hatenablog.com/entry/2017/08/28/200000より転載)

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