君はなにを体験して人生を使うのか?

そんな体験だらけで人生大丈夫か?

(なにも調べないで頭の中のアイディアだけで書いています)

今朝(2017/02/22)思いついたのが

うわっ...私のIT消費、
高すぎ…?

ということなのである。

別にこんなにカネと時間をつっこまなくても対人的な充実感は変わりないのではないか???

という疑いである。

生産のための投資と、消費は、分けて考えた方がいいハズである。

消費行動は、消費をしたことによって何らかの悦びとか満足とか充実とか、まあ、そんなものを感じ取るために行われているはずなのだ。

蒐集癖やら技術的なナニカをクリアするぜ! という「消費」によって「溜飲が下がる」という満足感は、なんらかの脳内処理ステージを経て「根源的な充足」につながっているはずだ。

実は生産のための苦労という奴も、「根源的な充足」につながっているはずである。

しかし、我々はそんなにクリアに「充足の流れ」という奴は見えていない。少なくとも私は見えていない。

さて、生産のための投資が、そもそもは幼児期・青年期の消費活動の延長に乗っていたりする場合は、生産のための投資的な時間消費と、消費するための時間消費との切り分けが難しくなるのである。

その投稿、本当にあなたの人生を充たす結果につながっていますか?
そのゲームやアイテムは、人生を充たす結果につながっていますか?
都内のカレー屋を回って、人生を充たす結果につながっていますか?
憤りや感動で反射的投稿、人生を充たす結果につながっていますか?

よく考えないと、時間や金銭、交友関係、脳の処理パワーといった、手持ちリソースは有限なのに、常に充たされない感覚に追い回されて、「本質的な打ち手」を打たずに、不満なまま大半の時間を過ごしてしまうことになる。

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