ANTIPORNO に若者の窮状を観た(β)

園子温監督の映画、『ANTIPORNO』を公開初日に新宿武蔵野館で観てきた。βバージョン

ざっくりいって、己の存在に吐き気しか催さない若い女が、怨嗟を吐き出すというところの映画だった。年長者には勝ちようがない。気になったのは、映画のメタ構造自体が、何者でもない若い女の、ベテランに対する優位性が身体的若さしかないという、ある意味身も蓋も無い「窮状」を浮き彫りにしていて観ていて辛かった点だ。

主人公の若い女が寝ている。目覚めた彼女は己に関する自信のなさ、己の性的な商品価値に吐き気を催すというようなコトを延べつづける。妹は死亡しているようだが、主人公にはYAMAHAのアップライトピアノを弾いている妹の姿が見える。イヤに芝居めいた演出。これは芝居なのか?
鏡の破片が、あるカットでは出現したが、次のカットで消滅したり、心象風景を重視した物理的な存在が出たり消えたりする曖昧な世界である室内が続く。
入口のチャイムが鳴り、同時にいままで背景音で鳴り響いていた胎児が聞いている心音のような換気扇の音も鳴り止む。「マネージャー」が入口から登場する。年嵩の女性。主人公はその瞬間から横暴な王者に転じる。マネージャーに居丈高に接する。壁においてあった巨大なアートボード4枚がなんであるかも語り出される。本日の予定として、世界有数のマスメディアの数々からのインタビューが告げられる。主人公は高い注目を浴びているアーティストであるようだ。
入口のチャイムが鳴り、1番目のメディアの編集者が、写真家とそのアシスタント3名を伴って現れる。編集者の口から、主人公の業績が、小説の執筆であることが明かされる。ただし、登場人物を事前にアートボードに描き、それらに囲まれて執筆するようだ。小説発売後に個展としてアートボードの展示を行うという。相変わらず横暴な王者として振る舞う主人公。マネージャーを全裸にして首輪をつけ、「わん」と何回も吠えさせる。手首を切って血液をペイント用に差し出せ、お前の犬の血では汚い、などと暴虐を尽くす。ディルドを身につけた写真家のアシスタントと性交しろとまで強いる。
「カット」という声が鳴り響き、部屋は映画撮影現場に戻る。芝居めいたセリフの連なりはなくなり、主人公は「新人女優」、マネージャーは「ベテラン女優」にもどる。監督やベテラン女優からのダメ出しの連打でボコボコにされる主人公=新人女優。

新人女優の過去らしきシーンなどが描かれ、性的暴行を受けた過去のようなモノも明かされていくが、なにが事実でなにが虚構かが曖昧な映像が続いていく。

高校の教室から主人公が扉を開けると、先ほどのベテラン女優が「作家」として迎え入れ、主人公は「マネージャー」になっている。最初の芝居と比べると、ベテラン女優は圧倒的な演技力である。ここに至るすべてのシーンで、主人公は特定の個人にしかみえなかった。学芸会かよという演出だった。

主人公が撮影現場だと思っているところも、実は撮影隊はおらず、カメラが一個だけおいてあったり、という演出がなされており、主人公の己の在り方の危うさが冷酷に描けていた。

この文章を書きはじめて、もう一度観なければいけないかなと思い始めた次第。

おっさんからいわせれば、淡々と達成を積んでいけば、何者かには成れると思うよ。若いんだから。

Like what you read? Give n12a 廣田伸彦 a round of applause.

From a quick cheer to a standing ovation, clap to show how much you enjoyed this story.