広告クリエイター/シードアクセラレーター/ハードウェアアクセラレータ/デザイナー
自分の不遇なことを他者や世の中のせいにしてはいけない理由は単純で、「人のせいにしても、何も変わらない」からだ。
正しい、正しくないはどうでもいいのだ。我々は有効なことを自らのためにすべきなのだ。
以下は太宰治「正義と微笑」より
もう君たちとは逢えねえかも知れないけど、お互いに、これから、うんと勉強しよう。勉強というものは、いいものだ。代数や幾何の勉強が、学校を卒業してしまえば、もう何の役にも立たないものだと思っている人もあるようだが、大間違いだ。植物でも、動物でも、物理でも化学でも、時間のゆるす限り勉強して置かなければならん。日常の生活に直接役に立たないような勉強こそ、将来、君たちの人格を完成させるのだ。何も自分の知識を誇る必要はない。勉強して、それから、けろりと忘れてもいいんだ。覚えるということが大事なのではなくて、大事なのは、カルチベートされるということなんだ。カルチュアというのは、公式や単語をたくさん暗記していることでなくて、心を広…
人の心をつかむもの、それは「誠実」である。
ビルゲイツ
誠実とは成功のための絶対条件で我執に囚われないということ。
たいてい、自分、自分と自分にこだわるのみっともないものである。
ベクトルを我がでなく彼我に向けよ。自分の持てるものを提供するのでなく、お客様の正確にお役に立つことが事業である。正確に役に立つためには相手のことを考えるべき。
自分らしくなるということはやはり一度自分を捨てたり型にハマるということは大切なのかもしれない。
既成概念にまみれた自分を一度リセットして囚われを外してみる。
これが素直ということではないだろうか。
型を破るにはまず型を知らなければならず。型を知らないのは「形無し」でしかなく徒手空拳、また無駄の多い作業になるのである。
一見同じように見えるものでも、学問から出てきたサブカルチャー(再生産)と体験から出てきたオリジンがある。
サブカルチャーはどこか浅く洗練されてないから最高に美しいものアートにはなるものは少ない。
なぜならオリジナルは行動しtry&errorを繰り返しやってきた中で辿り着いた答えであるからだ。
アートは厳しい中で研ぎ澄まされた洗練であると思うので、賢い人が先人の教えをもとにパッと作ったものはやはり永く残るものでなく一時消費され終わるようなものになりがちなのだと思う。