【決断の精度】

ープロデューサーを自認するならー②
決断することに信頼を置かれなくなったらいろいろやる時に本当に困るから、決断の精度“だけ”でも信頼されるようになっておきまひょ。
技術的なことを含めて、助けてくれる人が現れる。多くの事はマニュアル化もできる。手順も考えることが得意な人もいる。でも決断だけはプロデューサーがしなくてはならない。その決断の精度を信頼されなければ、実行されることも哀しいものになる。そもそも結果なんて、現時点ではわからないわけだし。“精度”を信頼されるか、されないかの問題。

Photo by yu-ya sato

決断に信頼を置かれていないなら、プロジェクトをリードする難易度は極端に上がる。決断を信頼されている他の人に譲ったほうが簡単でいいとさえに思えるほどに難しくなる。その点だけに限って言えば……

ただし……プロジェクトを始めるのって基本的には個人の拘りによるところが大きいから、プロジェクトを立ち上げた拘りが強い人間がリードしたほうがいい。達成の難易度うんぬんはあるんだけど、厳しい局面を打開するには、意地がほとんどし……。普通はやりきれませんって。

ということでプロデューサーを自認するなら
-拘り、意地
-決断の精度
を持ち続けて、磨いていきましょう。

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