瞬間的な返答と、本質的な回答


瞬間的に返答していくだけの人間って、「問いの本質的なところを捉えられていない問題」ってどこにもあることなんじゃないかな。投げかけられた問いの大事な部分を全く理解できていない問題! と言い換える事もできる。

Photo by yu-ya sato

言葉を駆使した綺麗事での説得をはじめ、問いを出した人も問いに答えた側もモヤッとすることなんてザラ。その場では解決したように見えるんだけど、その問いが投げかけていたのは本来システムとしての破綻を提示していたはずなのだが、示された答えはいつの間にか根性論へと変わっている。本質的な問題は変わらず残っており、問題をクリアするには根性論であったと認識する精神性だけに変化を与える……。

結局、本質的には同じ問いを孕んだ問題はどこかで改めて表面化する。

問題の簡単な例だとーー
イベント会場でお客さんから「待ち時間が長い!」とクレームが来た。一見すると、具体的な問いであり、瞬間的な返答をするだけの人間なら解決する策はいくつも思いつきそうではある。
このクレームが投げかけている本質的な問いは料金が高いことへの不満なのか、他のお客さんとのトラブルなのか、列の場所が駄目なのか、冷房の調整が失敗しているのか、ただ居心地が悪いのかetc……問いの意味をきちんと考える必要がある。
相手はどんな状況でこれを言っているのか、この問題をどういった立場で発しているのか、どんなことに不満を持っていたのか、どうすれば全員が納得するのかーー

いずれにしても問題が表面化したのであれば、何も変えないまま継続的に進むことはできない。言葉を駆使した綺麗事で相手の精神性を変え難局を乗り越えるか、本質的な問いに気づきシステムを変更するのか。

ちなみに写真の猫はピントが合っていない。ピントを合わせようとしても猫は待ってくれなかった……瞬間的な返答なんて、これと同じ。問題を捉えるピントがまるで合っていない。
問いを出している人間も問題の本質的なところは実際わかっていないのかも知れない。猫も写真を撮られているなど深く考えていないし。

One clap, two clap, three clap, forty?

By clapping more or less, you can signal to us which stories really stand out.