「故郷を思えばー」コソボからやって来たジャーナリスト【後編】

こんにちは。巣内です。

このエッセイは2005~2006年に滞在したフランスで書いたものです。10年ぶりに見つけて手を入れました。

よければ読んでいただければうれしいです。どうぞよろしくお願いいたします。

エッセイ:「故郷を思えばー」コソボからやって来たジャーナリスト②

小路

2006年のあの日、コムネンと出会ったのは、パリのマレ地区だった。

古く重みのあるその街並みには、ギャラリーやブティックがたち並び、スノッブな若者やアーティスト、観光客が集まり、夜遅くなっても、その人並みはとぎれることを知らない。

待ち合わせたコムネンは、喧騒に包まれたマレの中にあるのにとても静かな小路に、私を連れて行ってくれた。

建物の間にそっとある路地の先には、小さな公園が見えた。白い花をつけた一本の木が生えていた。コムネンは、10メートルにも満たないその小さな路地、マレの喧騒から離れたこの路地を私に見せたかったのだという。

そんな 60歳を超えたコムネンが生まれたコソボは、長らく続いた旧ユーゴスラビア紛争、その後のコソボ紛争を経て、いまも大きな揺らぎの中にある。

バルカン半島の中でも工業化の遅れたところとされ、貧困にあえいできたとされる。

そこで生まれたコムネンは、長年に渡り故郷の歴史、文化、宗教を西欧社会に伝えてきた。
 コソボと聞き、多くのひとが思い浮かべるステレオタイプなイメージは、内戦とか暴力であっただろう。

しかし、彼は、故郷に起こる暴力の歴史を嘆くことではなく、人々が暮らしを築いてきたコソボを伝えようとしてきた。彼のテーマはコソボに暮らし人々を支えてきた文化であり、宗教なのだった。

コムネンから送られてきたメールには、故郷の山々、川、民家の写真が添付されていることが時々あった。山間にポツリとある民家、枯れ草の大地といったコソボの風景だ。

新聞、テレビで知らされるコソボは暴力の渦の中にあるが、コムネンの写真は拍子抜けするほどそんなイメージからは遠かった。

荒々しい岩肌と荒涼とした大地というコソボの田舎の風景は日本の景色とは異なるものの、それでもなぜだか懐かしさを覚えたものだった。人が生きている空気とにおいが写真からは伝わるようだった。

第二の祖国でのアクション

コムネンはパリに暮らし30年が経つという。フランスでの生活が彼の人生の中心になっていた。

しかし、彼はあのころ、第二の故郷となっているフランスに対し、政治的なあるアクションを起こしたのだった。

その当時の大統領選で、移民政策の転換を図るニコラ・サルコジが立候補し人気を集めていたからだ。コムネンたちジャーナリストのグループは、反サルコジの声明を出すなどアクションを起こした。

しかし、結果はサルコジの勝利で終わった。フランス初の女性大統領になると目された社会党のセゴレーヌはあえなく敗退した。国民はサルコジを選んだ

サルコジの勝利で外からやってきた者たち、移民や外国にルーツを持つ人たちの運命がどう変わっていくのかと、そんな不安さえ感じられた。

そして、フランスがこれまで多くの移民を受け入れてきたことは、反省されること だろうかと思ったりした。

それはフランスに滞在する中で、私が日々感じていたのが移民に対する差別だったからだ。移民に対する就職差別があったり、経済格差もあった。

一方、移民といっても、その多くはフランスに長くすみ、あるいはフランスで生まれ、フランス語を話すフランス人であり、フランス社会の一員である。

移民の第2、第3世代の中にはフランス語しか話せない人も多いという。母や父たちの国の言葉は、わからないのだ。フランスの文化の中で、フランス人として生きているのだ。

そんな中、サルコジが移民に対する厳しい施策を打ち出すことを見るにつけ、それが移民の生きる権利を妨げるものになりはしまいかと、自分も外国人としてフランスに暮らす私は居心地が悪い思いをしていた。

一方、コムネンの故郷はそれでも遠く、彼はパリでのジャーナリスト活動を続けるだろうし、ここが彼に書くこと、発表できる場を与える街であることに変わりはないだろう。この都市にあって自分の足場を少しずつ築きあげてきた彼の取り組みは簡単には終わらない。

さてある日、私はパリでやっていた小さな仕事を失った。

たまたまそんな時にコムネンと会い、お茶を飲んだ。彼のお気に入りのいつものカフェだった。その日は天気がよく、2階にあったカフェの大きな窓からは街の様子がよく見えた。

道を歩く人々をそっとみながら、コムネンは私の話を聞き、心底同情してくれ、静かに「またなにかあるよ」と言ってくれた。

その後、彼は何度か故郷の写真を送ってくれた。美しい山や村の素朴で暖かな様子が伝わる写真だった。

現実の恐ろしさというのも知っている彼は、そうやって美しい故郷を心にとどめようとしていたのかもしれない。彼が言っていた。「僕は夢を見たい。現実は綺麗じゃないから」と。

巣内尚子(すないなおこ)

フ リージャーナリスト、翻訳者。1981年生まれ。Global Press(在外ジャーナリスト協会)メンバー。東京学芸大学在学中に、ドキュメンタリー映画のアシスタントとして、取材、撮影補助などの仕事に従事。 卒業後は日本の業界紙勤務を経て、フランスに滞在。その後、インドネシア、フィリピン、ベトナムにて記者やフリーランスライターとしての仕事に従事し、東 南アジアの経済や社会の動きを取材・執筆。これまでに「WEBRONZA 」「JBpress」「週刊金曜日」「連合」などに寄稿。

海外ニュースを扱う「世界ガイド」にて、「ベトナムのいま」「ベトナムのストリートチルドレンに職業訓練を=Know One Teach Oneを掲げる若者支援団体」を連載中。「世界ガイド」内の巣内尚子執筆記事はこちらです。

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