「二時間だけのバカンス」とスルーライン

宇多田ヒカルの「二時間だけのバカンス」を何回も繰り返し聞いている。

以下、歌詞を分析する話なので、歌詞を分析してしまったりするのが気持ちにそぐわない方には、先に謝っておきます。ここで、そっと閉じてください。あと、書いた後でウェブを見ると、全然違う解釈をしている人がたくさんいる。正解のない詩の解釈の面白さだ。

「クローゼットの奥で眠るドレス 履かれる日を待つハイヒール」という極めて映像的なイントロから始まる歌詞の「スルーライン」はグングンと突き進んでいく。
スルーラインとは何か。〔一つひとつの物語の要素をひとつにまとめる一貫したテーマのこと〕(TED Talks)とクリス・アンダーソンは書いている。

「物語」はすでに終わっていると歌われる。日常に埋もれそうな「私たち」が歌われるとき、リスナーも同じ位置に並ぶことができる。二時間だけのバカンスで、海に行く。ランデブー。いろんな二人の姿が描かれて、これはあなたの物語なんだ、と繰り返し伝えられる。でも、「楽しみは少しずつ」と遠慮がち。「なぎさ」とか「車とばして」、海のイメージは、繰り返される。敢えてステレオタイプな海。
なぜなら、宇多田ヒカルと椎名林檎は、リスナーの「私たち」と同じところに立っているから。
〔話し手が、聞き手に一緒に来てほしいなら、どこに行くかのヒントを上げなければならない。そして、その旅の目的地に一歩一歩着実に近づかなければいけない。(中略)その道程がスルーラインだ〕(TED Talks)

やがて「スリルが私を求める」「 全ては僕のせいです」という展開。
リスナーは、そっと後ろから押される。
つい、口をついて出る言葉が「 教えてよ、次はいつ?」

そして最後には 「頭の奥がしびれるキス」とか「一生忘れられない笑顔」までリスナーが導かれるまで 4分40秒。
そこで、曲の冒頭を振り返ったあなたは、なんて遠くまで来たんだろう、と思うことになる。
実に鮮やかなスルーラインの実例。

クリス・アンダーソンの言葉を借りてしめくくろう。「最後に観客は美しい新天地に運ばれる。」

クローゼットの奥で眠るドレス
履かれる日を待つハイヒール

物語の脇役になって 大分月日が経つ
 忙しいからこそたまに
息抜きしましょうよ いっそ派手に

朝昼晩とがんばる 私たちのエスケープ
思い立ったが吉日 今すぐに連れて行って
二時間だけのバカンス 渚の手前でランデブー
足りないくらいでいいんです 楽しみは少しずつ

お伽話の続きなんて誰も聞きたくない

優しい日常愛してる けれどスリルが私を求める
家族の為にがんばる 君を盗んでドライヴ
全ては僕のせいです わがままにつき合って
二時間だけのバカンス いつもいいとこで終わる
欲張りは身を滅ぼす
教えてよ、次はいつ?

ほら車飛ばして 一度きりの人生ですもの
砂の上で頭の奥が痺れるようなキスして

今日は授業サボって 二人きりで公園歩こう
もしかしたら一生忘れられない笑顔僕に向けて

朝昼晩とがんばる 私たちのエスケープ
思い立ったが吉日 今すぐに参ります
二時間だけのバカンス 渚の手前でランデブー
足りないくらいでいいんです
楽しみは少しずつ