距離をぐっと近くしたい

初心忘るべからずという気持ちから、去年学生スピーカーとして登壇させて頂いたTED × KeioUにて話したことを原稿のままに連ねてみます。

お話しさせて頂いたのは去年の3月8日。約1年と1ヶ月。それからいろいろなことがあって、考えも少しずつ変わってきましたが根っこにあるものは変わってません。「距離をぐっと近くしたい。」そんなテーマで話しました。

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皆さんには、日本の最も多い名字から順に鈴木さん、佐藤さん、田中さん、小林さん、高橋さんという名字の友達、知り合いがいますか?きっと今出た名字の人を一人も知らない友達じゃないという人はあまりいないと思います。

実は、日本における障害者の数は約6%。

日本中の鈴木さん、佐藤さん、田中さん、小林さん、高橋さんを会わせた人数とほとんど同じです。田中さんという友達はいても、障害のある友達はいない。出会うきっかけもなく、良くわからない存在だから。そんなふうに障害者との距離があるということ、タブー化し聖域化してしまうこと、そしてそのせいでその世界に隠れる美しさを知らずにいることは、とても悲しくもったいないことだと思います。

「私の両親は耳が聞こえません」

このことは4歳の私に「この環境で生きる意味」を問いました。今でも、4歳のとき両親が他の人となんだか違うようだと気づいたときのことは忘れません。友人の家に遊びに行ったときのことでした。夜ご飯をごちそうになるということで、友達のお母さんが料理をしながら今日どうだったー?と声をかけてきました。すると、友達は私とおままごとをしているのに、今日はねーと話はじめたのです。びっくりしました。何が起こっているんだろうって思いました。だって、声だけでしゃべってる。当時の私にとって顔をみあわせずに会話することは、後ろ歩きをすることと同じぐらい可笑しなことでした。よくよく色んなことに注目してみると、私の家の中とその外の世界は随分と違うことがわかってきました。

なんて、素晴らしいことだろう。

5歳くらいのとき家族でお寿司パーティーをしている映像

これは私の幼い頃の映像です。

私の両親は、私に特別な体験をたくさんもたらしてくれました。幼い頃、父はその多才な表現力で胸躍るような空想の世界に私を連れて行ってくれました。このように目ん玉を飛ばして隣の家の夕飯、地球の裏側、宇宙の果てまでものぞきにいきました。お父さん、今何がみえてるの?そんな風に聞くと、今ね地球の裏側ではこんなことが起きているんだよ。新聞やニュースのことをわかりやすく教えてくれました。

母は世界の広さを教えてくれました。家には多くの耳の聴こえない外国人が、遊びに来て色々な世界の話をその国の手話で魅力的に語ってくれました。フィジーではこんなダンスをするんだ、フランスにはこんな表現があるんだよ。おかげで私は、長野から出たこともなかったけれど世界は広くてでも近いということを知っていました。ダイビングをしたときには、海の中でも通じる手話に感動をおぼえました。美しい言語を操る両親を誇らしく、そしてなんだか特別な環境にうまれたことを心から嬉しく思いました。

しかし大きくなるにつれ、私の感じる音のない世界と一般的に思われている障害の世界とに大きな隔たりがあることがわかってきました。小学校のとき、学校に母が講演に来ることになりました。お母さんが話すなんてちょっと恥ずかしいよなあって思いながら、心の中ではそっとわくわくしていました。もしかしたら手話で皆と遊べるかもしれないなあ、家でやってる冗談をみんなと楽しめるかもしれない…!母は、耳がきこえないということがどういうことなのか、手話についてをわかりやすく、そして時折冗談も交えながら話してくれました。講演が終わり、1ヶ月ほど経って皆からの感想の手紙が家に届きました。そのいくつかにこう書いてありました。

「かわいそう。」

私が「障害」という言葉を実感するのは、両親が困っている時ではありません。かわいそう、大変だね、そんな言葉のひとつひとつです。家族で手話をしていると、子どもは気になるのでしょう。じっと見つめてきます。そんな時のおかあさんの「見ちゃだめ」そんな言葉です。私がどんなに幸せそうにしていても、楽しそうな話をしても、「本当は?困るでしょう?大変でしょう?」そんなふうに障害をかわいそうなものとしておかなければならないという社会の風潮です。

そんなふうに思う一方で、障害者と接することがとても難しく、怖いことだということもわかります。いつまでたっても、どこまでいっても障害を本当には理解することが出来ない、どう接するかで自分が判断されてしまう。どう接しても正解がわからない。

それは例えば、電車で座っていて、目の前におばあさんがきた。席をゆずったら、ありがとうっていわれるかもしれないけど、失礼な!と怒られるかもしれない。どっちかわからないし、怖いなあ。そんな感覚に似ていると思います。

そして、そうだ!眠った振りをしてしまおう。それが、今の社会における多くの人の障害者への対応なのではないでしょうか。

音のない世界と音のある世界を行き来していた私には、そのどうにもならないような状況がもどかしくってなりませんでした。

どっちの世界もとても楽しく豊かなのに一緒に、楽しめないことが、物理的な壁だけでなく精神的な溝がとても大きいことが、そしてそのせいで様々な誤解があることがとても悲しく悔しく感じていました。

どうしたら、音のない世界の魅力を伝えられるだろう。障害者と健常者の間に共感をつくれるだろう。

大学2年生のとき、テクノロジーとデザインの可能性に出会いました。筧研究室というインタラクティブメディアデザインの研究室です。そして特に、先生の「HABILITATE」という考え方に深く共感しました。「HABILITATE」という言葉は、リハビリテーションという言葉からReを外した動詞です。「今」を基点としてプラスに作用する状態を目指すことを意味します。人間が何もしなくてよくなる未来のためではなく、より人間が進化するために、人間の感覚を拡張するために、人間が成長するためにテクノロジーがあるべきだという考え方です。テクノロジーと表現の力ならば、手話の魅力、音のない世界ゆえに特化した感覚を捉え、表現することが出来るのではないか、障害をなくすためではなく、そこにある魅力を伝えることができるのではないか。そんなふうに思いました。

お互いの共感を作ることで距離をぐっと近くしたい。そんな想いから、Signedという研究作品を作りました。

映像をご覧ください。

これは声にイントネーションや大きさ、らしさがあるように手話の中、手の動きにもらしさが宿る。そんなことから、鏡の前でこんにちはという手話をするとその動きをもとにした大きさ、文字間、形でこんにちはという文字が現れるというものです。そして、鏡を通して何度も手の動きを繰り返すことで、手の動きにおける表現の幅を獲得する、手話という言語を獲得することを目的としました。声が小さい人がいるように、こんなふうに空間を小さく使う人もいれば、こんなふうに空間をおっきく使う人もいます。方言も、とてもはやく話す人もゆっくり丁寧に話す人もいて、私自身おかあさんとそっくりだねっていわれたりします。空間的な感覚の獲得、手の動きを起点として考えるということが出来るようになった時、私たちには今までと全く異なる世界がみえてくるかもしれません。

展示を通して様々な方からメッセージを頂くことが出来ました。会ったことのない聴こえない方から、私のサイトを通して初めて見たし、優しさが伝わってくるほど感動しましたといっていただけたり、聴こえる友人から手話って面白いねという感想を頂きました。

そして多くの方に何より楽しいのがいいよねっていって頂くことができました。

音のない世界についてや手話についてのポスターを作ったり、聴こえない友人と舞台を演ったりもしました。

障害は悪いものである、かわいそうなものである、そんなふうにみているうちはそこにある美しい世界に気づくことはできません。私が一番恐れていることは、障害のある人が周りの目や誤解に負け私の気持ちなんてわからないでしょ、と閉じてしまうこと。そして、障害のない人がよくわからないし今後も係わり合わないだろう、と切り離してしまうことです。そこからは決して何も、うまれません。

私にとって音のない世界は非常に魅力的で豊かな世界です。障害という世界を聖域化、タブー化しておりの中に閉じ込めてしまうのではなく、互いの中により共感を作ることでそれぞれの距離をもっと近くしたいと願っています。そして、距離が近くなったときにお互いが感じる世界、どんな感覚をもつのかということをもっと気軽に話し、共有したい。きっと音のない世界と音のある世界で豊かに発展して来たものが文化や文脈が共有されたとき、そこには全く新しいアイデアや思考、価値が私たちにもたらされるのではないかと思うのです。

距離をちょっと近くする、それだけで世界はもっとずっと面白く、誰にとっても素晴らしい。

ご清聴誠にありがとうございました。

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