人の為になろうとしない

するな、と言い切ってしまってもいいのかもしれないが、啓蒙的になろうとは思っていない。なぜなら、人の為に書くわけではないから。

人の為になろうとする、ということは、悟りを開いていない限り、いや、少なくとも僕にとっては、見返りを期待することにつながってしまう。虚しいことだ。他人の返報性に期待するということは、他人に依存してしまっていることなのだと思う。よく言われるように、他人と過去は変えられない。真実に近いところを言い当てているように思う。

付け加えるなら、他人の為になるだなんて、おこがましい。

かわりに、自分の為になろうとしようと思う。自分の為に一意専心して日々を生きる。

自分でない何かの為になろうとするなら、僕は自然環境の為になりたいと思う。

ただ、思う。どうするかは、また考える。