丁寧に欲を満たしたい。

粗悪品はあなたの飢えを促進するだけ

今日、白いシャツを買って帰った。

仕事帰りに渋谷に寄り、いつもの道を歩き、おなじみのファストブランドのお店へ。

なんとなくぶらっと回って、これなら似合うかなというものを2〜3着に手に取り、試着室へ。

これはあり、これはなし、とありかなしだけで試着を終え、そのままレジへ。所要時間は10〜15分ほどだろうか?

お会計は2600円ちょっと。

なんともまあお安い。

買ったのは、よくあるテロっとしたとろみの白のロングシャツ。

私は自他共に認める買い物中毒者で、買い物以外に楽しいと思えることがあまりない。それなのに、今日の買い物はちっとも楽しくはなかった。

明日の展示会のお手伝いの為の、ドレスコードが黒パンに白シャツ。

だから私は持っていない白シャツを、わざわさ買いに行ったのだった。

以前の私ならば、300円均一のシュシュひとつ買うことですら、喜びを感じていた。かわいいなと思うモノが、自分のモノになる喜び。一種の独占欲である。

300円の価値を独占するだけで嬉しいのだから、きっと私の依存癖がものすごいことはお分かり頂けるだろう。

依存はビョーキだ。

依存はビョーキ。だから、治した方がよい。

去年、私はそう告げられた。

ビョーキなのか。それじゃあ治そうかな。

買い物中毒を10年近くやってきて、はじめて素直にそう思った。

依存癖を克服する為に、私はとても大掛かりな断捨離を行った。

断捨離は想像はるかに超え、辛かった。服を捨てるたびに沢山涙を流しながら悲しんだ。

でもちゃんと捨てた。

ほぼ全てを捨ててしまった為、代わりになるものも結局欲しくて欲しくてたまらなくなってしまい、なかなか依存癖を断つのは酷だった。

今も依存癖は、まだまだ残っていると思う。

でも、前よりも少しは諦めがつくようになった。と、自分では思う。

・・・。

依存の話がいきすぎてしまったので、少し話題を変えますね笑。

私は普段、ご飯をよく食べます。

丼飯や、ラーメンなど、体積が大きく、味の濃いものが大好き。とにかく、おなか空いたという欲求を満たしてくれるものが好き。

でも、ごはんを全く食べなくても全然へっちゃら、でもある。

朝も夜も食べない、なんてことはザラで、1日1食でも全く問題はない。

丼飯も、ラーメンも、美味しいから食べるわけではなく、おなかがすいたという欲求を満たしたいが為の行為でしかない。

だから、本当の美味しいから満足、という満足は丼やラーメンでは得られない。どんなにおなかを膨らましても、心ゆくまでご馳走様、という風にはならない。

それを私はよく知っている。だから、沢山かきこんで食べる行為もするし、食べないでいてもへっちゃらなのだ。

本当に美味しいと思うものは、最後まで食べきれないことが多い。最後の一口が食べれない、そんな風に残すことだってある。いつもなら平気な量が今日は食べられない。

そんな時は、身体が、心からの満足を感じている証拠だ。

ごはんをかきこむのではなく、一口一口勿体無いなあという具合に丁寧に口に運び、食べ進めていくから、噛んでいる間に満腹中枢が刺激されてお腹いっぱいに感じる。というしくみ。

これはね、

これはきっと。服を選ぶときにも同じことが言える。

安くって、その辺にありふれたファストブランドの服じゃまず満足できるわけがない。

チープな素材に、粗悪なつくり。見せかけのトレンド感。

着ているうちにすぐ飽きてくる。

もっとここのカットが、くびれが、デザインが、もっと美しければ…とあくなき欲がどんどん私を飲み込んでいく。

だから買うのを止められない。

そんな私を救うただひとつの方法。

それは極上の美味しさを、食べて、知ること。

極上の服を着てみればいいのである。

今をときめく優秀なブランドの、仕立ての良い服、素材の良い服に触れること。

「何が良いものなのかをまず知らないとね」

これは私の師匠(勝手に呼んでるだけ笑)の格言。

私もはじめこそ、何が良いのかわからず、イライラしてばっかりだったが、今ならファストブランドで満足できるわけがないということくらいはわかる。

ジーンズならジーンズの、シャツならシャツの、靴なら靴の良さがある。

餅は餅屋。

その商品を拘りを持って作っている、そんなブランドの服を着てみよう。

私は今、金欠で、急遽明日必要になった白シャツの、良質なものを揃える余裕がなかった。今後すぐに飽きて着なくなるであろう、明日の為だけのトレンド服。それを買う行為。

私は、それをちゃんと理解しているから、大好きな買い物も全くときめきがなかったのだ。

物欲、食欲、性欲、仕事欲。

人間にはいろんな欲がある。

私も人一倍、欲は強い方。

でも、

私はどの欲に対しても、良質を知ろうという努力など、したことがなかった。

あり合わせで。自分の手に入る範囲で。

そうやって選ぶから、もっともっと心は貧しくなっていくのだ。もっともっと、お腹が空いてしまうのだ。

簡単に得られる満足は、決して満足ではない。満腹なだけ。

私は欲しいものが、ときめくものが、前よりずっと少なくなった。沢山食べなくても、満足できるようになってきているのもしれない。

あなたは今の服に、今の生活に。満足できているだろうか?

満足を知る為の努力をする。物事に、丁寧に、全力で取り組んでみる。

なかなか人間らしくて面白いなと私は思うのです。

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