在宅生活で実践している事 〜心理学、脳科学の視点と実感している効果〜

Nobuhisa Ata
18 min readMay 13, 2020

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2020年4月7日、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、政府は緊急事態宣言を行いました。人との接触を80%以下にする目標が設定され、外出自粛が呼びかけられました。私は5月中に海外の研究所に籍を移すことになっていましたが、残念ながら渡航は延期になりました。次の研究テーマに関する参考文献をまとめたり新しい言語を勉強したりしながら渡航のための準備をすると決め、在宅生活をスタートさせました。

時は遡って2018年9月、私は次の研究環境を探すために大学を休学しました。休学前は研究室で寝泊りするような生活で疲れを感じていたので、休学すれば蓄積してきた疲れが取れて思考が回復し、好きな勉強に集中力と時間を割けるようになるかなと予想していました。しかし待っていた実際の休学生活は、生活リズムを保てなくなったり、ぼーっとして集中力が散漫になったりと、予想外にストレスフルな日々でした。
2019年8月、University of California, Berkeleyのサマースクールに参加した際、思いがけない転機が訪れました。修学ビザ発行に必要な単位数を稼ぐために受講した社会心理学の講義で、私たちはどのようにしてストレスとうまく付き合い、高い集中力を発揮できるようになるのか、その知識を学ぶことができました。それは当時の私にとって必要な学びであっただけでなく、これから博士号を取得し、研究者として自立していく中で待ち受ける様々な困難にも対応できる能力も養ってくれた講義だったと思います。今、私はこの講義で学んだ事を応用して、友人と共に在宅生活を楽しんでいます。この記事では在宅生活がスタートしてから今まで、どんな新しいことを始め、その背景にはどんな理由があったのかを纏めてみます。

はじめに、UC Berkeley summer session, PSYCH 6 “Stress and Coping”にて、膨大かつ緻密な準備の上、素晴らしい講義を行い、私の人生を6週間で変えてくれたProfessor Andy Martinezに感謝の意を表します。本文では、Professor Martinezの講義資料の一部を引用します。

1、定期的かつ気軽に話ができる場所をつくる

これは今流行りの“Zoom飲み”というやつです。休学生活の経験から、在宅生活になり人と話をしなくなることでストレスが生まれることは予想していましたので、緊急事態宣言が行われた週末の4月11日から毎週土曜日に開催することにしました。私には東京工業大学、エンジニアリングデザインコースで築いた素晴らしいネットワークがあります。コースの同期や後輩、先生方に呼びかけ、「出入り自由」というルールの元、毎週末集まってたわいもない話をしています。

机の上におつまみとお酒を用意して準備完了。おつまみの用意も楽しみの一つ
学生中心で始めが定期Zoom飲みですが、今では先生や事務の方々、社会人学生の方も参加してくれています。(プライバシー保護のため画像処理をしています)

毎週土曜日に入れ替わり立ち替わり人がやってきて話していくうちに下記のトレーニングセミナーや越境型ゼミの開催に発展したり、リモート協奏を試みているプロのピアニストの方々と演奏環境づくりをしたりと、自宅時間ながら刺激的な日々を送れるようにもなりました。参加者の中にはZoom飲みの会話をBGMにして読書や仕事をする人もいます。
社会的な繋がりがストレス軽減になることは社会心理学の分野で研究が進められています。

人の行動は周りの人と環境で決まる〜初期の社会心理学〜

Berkeleyの授業でキーパーソンとして登場したのが社会心理学者の祖、 Kurt Lewin(1890~1947)です。彼はユダヤ系のドイツ人で、1933年にアメリカに居を移しました。彼は大学生時代に医学や生物学を学んでいましたが、1911年に心理学者に転向したという一見風変わりな学者人生を歩みました。1936年、彼はLewin’s equationを提唱しました(引用論文)。

B=f(P, E)

B: the individual’s overt, publicly observable behavior, P: all the causal factors that reside within the individual person, E: all the causal factors that reside in the world outside the individual

未熟な説明をすると、人間の行動は個人に関わる全ての人間と周囲の環境によって決まるということです。この分野の研究は私の理解が追いつかないほど進んでいると思いますので、詳しい理解を求める方はこちらや、最新の論文を読む必要があると思います。
ここで注意しなくていけないのは、「では全ての個人に対するBを最大化するPとEが存在するのでは!」と思う方がいるかもしれませんが、そうではありません。なぜならこの方程式の中身は個人によって異なるからです。「個性」について心理学的な側面から研究を行ったGordon Allport (1897~1967)は“Affiliation is the source of all happiness”という言葉を残しました。一方で人間関係というのはストレスの源となることも経験的に確かです。Allportと同時期に活躍したフランスの哲学者Jean-Paul Sartre(1905~1980)は“Hell is other people!”と言っていたようです。大事なことは、それぞれの人がより善い行動を行えるようになるには、自分でPとEを振ってBの最大値を自分で探すことです。

どんなグループで、どんな話をすればZoom飲みが盛り上がるか

社会心理学において「グループ」とは次の4つに分類されます。(以下の分類は講義資料から抜粋。日本語訳は筆者によるもの)
・Intimacy Groups (e.g., Family, Friend, Romantic partner)(例: 家族、友達、恋人)
・Task Groups (e.g., a work team, a jury) (例:仕事仲間、陪審員)
・Social Categories (e.g., Women, Blacks)(例:女性、黒人)
・Loose Associations (e.g., People who like classical music, people in line at a bank)(例:音楽が好きな人たち、銀行の列に並んでいる人たち)
私が作りたかったのは4番目のLoose Associationsです。土曜の夜になんとなく集まって1週間の出来事であったり、これから先の事を話す事で自然と話ができるグループでありたいと思っています(決してTask Groupにはしない!)。だからこそ、「出入り自由」のルールは大事だと考えています。
また会話を楽しむ際に、私は以下の事を心がけています。それがUC Berkeleyで今も活躍しているProfessor Arthur Aronが提唱する“Self-Disclosure creating Closeness”です。

この方がProfessor Arthur Aron。この動画も面白いですよ!

Self-Disclosure(自分の内面をさらけだす事)は仲間同士の関係がより近密になるために重要な一つの行動パターンであり、持続的、発展的かつ相互的である事が大事です。さらにProfessor Arthur AronはSelf-Disclosureをすることによってより親しみのある人間関係を保つには二つの状況が不可欠だと述べています(以下、講義資料より抜粋、日本語訳は筆者によるもの)。
・Reveal core emotional (not just factual) information about themselves.
(自分の奥深くにある感情的な情報を(時に不正確でも)相手に見せる)
・To a responsive partner (feel cared for, understood, validated).
(しっかりとした反応を示してくれる(気にかけてくれて、理解してくれて、信頼のおける)相手)
注:実際の講義の際、講師のAndyは「相手は賢く(Wisely)選ばなきゃならない」と言っていました。いかなる人にも無条件にResponsiveであることはストレスを生みます。

オフラインよりも情報量が少ないオンラインの場であるからこそ、どのような姿勢で画面の向こうの友人と向き合うのか考えることが大事だと思います。オンラインよりも少し不便なコミュニケーションツールを使う今だからこそ、私はProfessor Aronが唱えた二つの条件を頭の片隅に置いて会話を楽しみたいと考えています。

2、週3回以上、有酸素運動を行う

私は自室で行う自重筋力トレーニングと屋外でのランニングの両方をそれぞれ週3回行っています(ランニングはソーシャルディスタンスを考慮し、人気の少ない夜9時ごろから行っています)。上記のZoom飲みでこの話をしたところ「自分も一緒にやりたい」という声がありました。そこで私はZoomを使って週3回(火曜20時、木曜20時、土曜11時)、一回35分(20分:フォームの説明、確認とウォーミングアップ、15分:サーキットレーニング)のトレーニングセミナーを開催しています。私は高校1年生の時からウェイトトレーニングを行ってきました。そのノウハウを元にメニューを組んで、仲間と一緒に続けています。これまでに7回のセミナーを開き、今では10人以上が参加するグループになりました。参加者のほとんどはトレーニング初心者なので、ダンベルの代わりに水を入れたペットボトルを使ったりと、誰でも参加できるための工夫をしています。

有酸素運動が脳に与える影響

私が受講したUC Berkeleyの社会心理学の講義の最終課題は、「講義で紹介したストレスの低減手法の中から2つを選び、それぞれ実践してどちらがよかったか、参考文献を添えてレポートをまとめること」というものでした。その手法はこちら(以下、講義資料から引用)

・High-arousal: Physical Exercise (Effects: Self-esteem/mastery, Controllability, See yourself improve, Positive distraction from worry and rumination, Mood/serotonin boost, Opportunity for social contract)
・Low-arousal: Meditation (Emotion-focused therapy, Cognitive-behavioral therapy, Mental time travel, Introspection, Self-evaluation, etc)

私はレポートの題材として「座禅」と「有酸素運動」を選択しました。座禅を選択した理由は、なんとなく日本人らしいし、鎌倉の建長寺で座禅会に参加した経験があったからです。有酸素運動の方はこちらの動画を見て決めました。

Professor Wendy Suzukiは運動と脳の関係について研究している、ニューヨーク大学の神経科学者です。彼女の話は非常に面白いので上の動画は是非一度見てみてください。私がレポートで引用した論文はこちらです。
Professor Suzuki曰く、週3〜4回、30分以上のトレーニングを積んでいる人は判断、集中、注意、性格を司る前頭葉皮質と、長期記憶の蓄積に重要な役割を担う海馬の体積が大きくなり、集中力や記憶力の向上はもちろん、活力がみなぎり、認知症やアルツハイマーの予防になることがわかっているというのです。
海馬とストレスの関係をもう少し詳しくみてみましょう。

この動画からは、ストレスレベルが慢性的に「高すぎる」と海馬がダメージを受けその機能が低下していくことがわかります。

これを現在の状況に当てはめると、在宅生活で人との接点が無くなったり生活リズムが崩れたり、屋外でショッピングを楽しめなかったりと、ストレスを低減できない状況が続くと、次第に集中力や記憶力が低下して仕事や学習において高いパフォーマンスを発揮できなくなります。だからこそ習慣的に有酸素運動を行う事で、海馬と前頭葉皮質を在宅生活由来のストレスから守ることが大切です。

「行うは難し」な在宅トレーニング

いざ自宅でトレーニングしようと思っても「どうやっていいかわからない」「モチベーションが保てない」「自分のやり方で効果があるのか疑問」と言った心理状態に陥り、運動習慣を身につけるのは難しいと思います。だからこそ一人教える人がいて、お互いの成長を報告し合いながら定期的なトレーニングできる場を作り、「自分は着々と成長している!」と実感しあう事が大切だと考えています。加えて、グループで同じチャレンジをすることはモチベーションを保つのに効果的です。

トレーニングにまつわる余談

UC Berkeleyでは早朝にトレーニングして研究室や授業に向かう学生や教員、Berkeley Labの研究員が多く、学内のジムは朝6時から混んでいます。朝7時には出勤前のBerkeley Labの研究員が150kg担いてスクワットしてたりします。私もほぼ毎朝早朝から1時間ほどトレーニングして、シャワーを浴びて売店でコーヒーを買って授業や図書館に向かうという生活をしていました。その頃はかつてないほどに脳がしなやかに動いているのを感じました。ジムでいつも同じ時間にトレーニングしていた人が声をかけてくれて仲良くなり、その人のツテで会いたかった先生と偶然にもアポが取れたりしました。アメリカで活躍されている先生が「アメリカでは筋肉が最強のコミュニケーションツール」と私に教えてくれましたが、本当にその通りでした。

3、越境型ゼミを開く

エンジニアリングデザインコースの講義を受講していた美術大出身の学生から提案があり、スタートしました。それぞれ1週間ないし2週間で学んできた事を10分ほどで説明できる資料にまとめ、発表しようという自発的なゼミです。参加者は機械工学が専門の私と、経営に精通している社会人、IoTやCloud Edgeについて詳しい社会人ドクター、メディアデザインを研究している修士学生と知覚と認知について研究している修士学生です。私はこれから始める研究のために量子力学を学び直しているので、これを発表しています。

このゼミを始めた背景

このゼミを始める直前の頃、私は学びに対する意欲を失いつつありました。工学部の人間にとってインプットとアウトプットのバランスが崩れることは苦痛です。例えば自宅で面白い過去の研究を調べても、それを再現したり、そこから生まれる新たな発想を実際に試してみたりできないことは強いもどかしさを感じ、研究の準備に対する意欲が削られていきました。ところがこのゼミを通して学ぶ事に対する意欲が戻ってきました。

私の発表資料の表紙です(笑) 説明は本気でやってます

Berkeleyの授業では、試験前に友人と一緒に勉強する事が推奨されました。その理由としてはモチベーションが上がる事と、自分の学習に欠けている部分を互いに指摘できるからだ、との事でした。試験勉強だけでなく、この越境型ゼミを通じても他人と共に学習するという意識は学習にたいするモチベーションを高めるだけでなく、時に自分一人では思いつかなかったような新しい知見を得ることがあります。

越境型ゼミをやって良かったこと

このゼミを通じて良かった事が2つあります。

一つ目は、異なる専門性を持つ人に自分の専門について理解できるように説明することは効果的な勉強方法であるということです。アインシュタインの名言にこんなものがあります。
「6歳の子供に説明できなければ、理解したとは言えない。」
私の場合、予備知識のほとんど無い人に量子力学教えなければいけないのですから、より注意深く予習して発表にのぞまなければ越境型ゼミ特有の「素朴な疑問」に答えられませんし、せっかく私の発表を聞きにきてくれた人の時間を無駄にすることになります。なにより、自分の発表に対して「面白い!」と言ってもらいたい。だからこそ深く勉強します。さらに素晴らしいことに、ゼミ発表のあと量子力学の教科書を広げると(そこには発表に登場しなかったベクトル方程式がずらりと並んでいますが)、不思議とすんなり理解できます(ベクトル空間が以前より見えます)。高いモチベーションと深い理解が両立するのですから、この学習方法は一石二鳥です。今週の私の発表テーマはシュレディンガー方程式です。微分方程式を学んだことが無い人もいますので、そこをどのように説明するか色々考えながら準備している時間が日常の楽しみのひとつです。

二つ目は、様々な分野の知見との間に時に共通点が見つかるということです。一つの例を紹介します。先週、私の発表テーマはコペンハーゲン解釈でした。おそらく、初めて量子重ね合わせや不確定性原理を学ぶ人の多くは常識とかけ離れた現象の理解に頭の痛い思いをすると思います(私も例外ではありませんでした)。しかし知覚や認知を研究している芸術系の学生が「コペンハーゲン解釈は、かの哲学者が唱えた説とほとんど同じだからすんなり理解できた」と言うのです(!)。確かに彼女の言を聞くと私が発表した内容をしっかり理解していることがわかります。彼女は前の週にキュビズムについて教えてくれて、それがなんとも面白い。私には、キュビズム誕生に至るアートの歴史は、物理現象の理解のために様々な実験をして新しい発見をしてきた物理学者の歴史と多くの共通点があると感じました。この共通点の発見は、将来的に自分の思考の独自性につながるのではないかと期待しています。

このゼミは私に知的成長を感じさせてくれます。これから始める研究のための準備に身が入らなかった時期もありましたが、私はこのゼミのおかげで研究に対する知的好奇心が回復しました。モチベーションを維持する構造は第二章の筋トレと同じですね。

よくある誤解に対する補足

ストレスは「全悪」ではない

1908年に生理心理学者であるRobart M. YarkesとJohn Dodsonはネズミを用いた実験でYarkes-Dodson lowを発表しました(引用論文)。

Wikipediaより

もし何か難しいタスクを解決しようとしている場合、程よいストレス(Yarkes-Dodson lowではArousal:覚醒と表現されます)はパフォーマンスを最大化させます。一方、全くストレスが無い状態やストレスをかけすぎだ状態ではパフォーマンスは低下します。ストレスを感じた際に分泌される副腎皮質ホルモンの量とパフォーマンスの関係を調べた研究でも、Yarkes-Dadson lowと矛盾しない結果が得られています(このホルモンに関する詳細のはこちら)。ストレスホルモンとパフォーマンスの関係は「在宅トレーニング」の章で紹介したTedEdの動画にも登場します。

心理学の研究成果は単なる経験論ではない

多くの心理学の実験結果には統計解析が用いられています。社会心理学の場合、多くの研究は心理学部等に所属する学部生の協力を得て実験を行い、結果は統計解析を用いた上で考察され、発表されます。例えばAmerican Psycologist Accociationは心理学の論文ににおける統計処理の方法について指針を明記しています。また立命館大学の荒川歩先生は心理学における「科学っぽさ」の濫用により結果を恣意的に操作する事はあってはならない(引用論文)と述べています。すなわち現代の心理学は研究者同士のチェック(査読)を経て研究成果が発表されますので、信頼性のある学問です。

最後に

私は社会心理学が専門ではありません(専門は機械工学です)が、ここでは昨年夏に受講した社会心理学の授業の内容の一部や私が在宅生活で実践している事をまとめました。この記事が生活の一助になれば幸いです。

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